幸せになるために
自己啓発本や
スピリチュアルな本では
様々なハウツーを
表現しているし、
散々
本を読んできたけど
“幸せ”になるどころか
逆に
苦しみは増えていくし、
スピリチュアルスポットと
言われている
有名なセドナに行って
人生変わったという人もいるけど
少なくとも
私は
“本当の幸せ”を
感じることはできませんでした。
この1年間だけを
振り返ってみても
帯状疱疹ができたことや
2回のコロナ感染の体験は
【自分を知る】ことについて
深い深い気付きへと
繫がっていきました。
帯状疱疹...
教師時代に
特に
小学部の児童に
よく見られた症状で
私が
担任していた限り
帯状疱疹に罹った児童は
100%
病院を受診していました。
じゃあ
私は?
私は
病院も医者も薬にも
一切
頼ろうとさえ
思いませんでした。
私は
帯状疱疹が起こったことは
神からのメッセージと受け止め
普段通りに
過ごしていきました。
時々
痛みや痒みがありましたが
痛みや痒みを感じるのは
私の意識が
まだまだ身体にあることを
気付かせてくれていました。
いつかは
身体は【死】というものを
迎えるときが
必ず必ずやって来る...
そして
身体から
私の意識が
離れていったら
身体は
ただの肉の塊。
私は
肉の塊じゃない...。
私は
意識を
胸の奥の奥の方へと
向け続けていました。
そうすると
痛みや痒みは
そう感じなくなっていくことを
体験し
気付くと
帯状疱疹さえも
消えていました。
4月
初めて
コロナ感染しました。
コロナというものは
テレビで言われるほど
驚怖に値するものでは
無かったことを
確信しました。
テレビは
コロナ感染し
その中でも
特に
重症化した症例に
焦点を当てて
ニュースとして流し
国民を
不安や恐怖に
導いていることを
観ていました、ずっと。
そのやり方は
第二次大戦前の
戦争へと突入していく様と
全く変わりませんでした。
人を支配するに
最も
効率的なのは
情報を操作し
驚怖や不安で
自分の本当の姿を
気付かせないようにすること、だと
私は
知りました。
コロナ感染は
怖くはありません。
北朝鮮のミサイルも
怖くはありません。
中国のことも
食糧危機も
怖くはありません。
怖いのは
ニュースや
スマホなどからの
情報を鵜呑みにし
自分自身で
考えることもせず、
いつしか
鵜呑みにした情報を
自分自身の考えの一部として
恐怖を感じながら
生きていることが
1番怖いんです。
そして
恐怖を感じながら
生きている人は
“自分”を守るために
食料を必要以上に
備蓄したり、
本当は
打つ必要も無い
ワクチンを
自分自身の安心のために
自分や我が子に打ち、
逆に
ワクチンを
打たない人を
言葉や
心の内側で攻撃したりする。
私が
聞く限りでは
ワクチン打っても
ワクチン打たなくても
コロナ感染する人は
ちゃんと
感染していました。
だとするならば
ワクチンを打つ意味は
どこにありますか?
また
今は
どうかは
分かりませんが
一時期は
ワクチンという文言が出たら
すぐに
ネット上から
削除されていたのも
事実です。
一体
これは
何故なんでしょうか...。
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