男に生まれたら良かったのに
数え切れないくらいに
親や周りの大人や教師から言われた言葉。
男に生まれたら良かったのに
ケンカっ早く
負けず嫌い
やると言ったら
何があってもやっていく、
いじめっ子がいたら
自分が力なくても
歩み寄っていき
逆に
泣かされてきた数々。
逆に
弟は
こう言われます。
お姉ちゃんと
性別が逆だったら
良かったのに
高校時代の部活の担当だった
教師にさえ
姉である私と弟を目の当たりにし
こう言ったと言います。
「お姉さんと性別逆だったら良かったな」
しかし
気性がどうであれ
この肉体は
成長と共に
否が応でも
女性として生きざるを得ない身体を
表現していきました。
胸の膨らみだけではなく
毎月やって来る生理。
心理的に
苦しかったのは
男に生まれたら良かったのに
という
周りの言葉だけでは無く
女性とか
男性とか
身体的な部分のみで
役割を強制してくる
社会の意識の在り方と
それを良しとできなかった私の気持ち。
ところが...
私は
自分というものを
知れば知るほどに
この肉体とは
単なる
服のような衣装に過ぎないことを
実感するのです。
それは
私が
コロナになり
一時的ではあるものの
心肺停止と
脈拍停止
目は開いたままでの
意識を失っていた時に
私は
ただただ
光を観ていた意識そのものだった、
という体験も
後押ししています。
また
私が
日々日々
生きていく中で
出逢う方々は
フランス人や
イギリス人や
中国人...
様々におられますが、
その方方と
時間を共にすると
国なんて無いと感じるし
男も女も無いな、と
思うんです。
大切なことは
そんな所を越えて
全てを
受け入れ
愛せる自分自身であるか、どうか
ただ
それだけ。
自分自身が
肉体的に男か女かは
さして
大切ではなく
意識の在り方を
ただただ
美しいものであるように
努力し続けることだ、と
教えてくれたのは...
国を超えて
わざわざ
日本に来て
そして
出逢った方々...
特に
台湾から来られた
尼さんの
力強いハグとキスは
私の胸の奥の奥に
届きました。
もう
言葉も
必要ないんですね、
本当に幸せな世界には。
熊本県合志市野々島
なぎの木整体
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