4月に
初めて
コロナになり、
「誰にでも起こる症状なんだ」と
実感しました。
家族で
コロナになったものの
一人一人
症状が
微妙に異なることも
分かりました。
テレビやマスコミが
流す情報を鵜呑みにせず
自ら体験することは
何よりも
自分自身に対する
信頼へとなります。
2回目のコロナになる前に
姪っ子が
2回目のコロナに なったと
聞きました。
そもそも
コロナの存在が
認識されなかった頃から
この時期は
“プール熱”なる夏風邪で
休む児童は
かなりいました。
なので
姪っ子が
2回目のコロナにかかっても
「風邪だからね」と
私は
言ったのです。
しかも
「誰でもなるからね」と。
言葉通りでした。
その話をした
翌日には
体調が思わしくなく
さらに
翌々日からは
明らかに
不調になったときに
家族の2回目のコロナが
判明しました。
2回目のコロナからも
学びは
大きいものでした。
私は
自分自身の言葉が
単なる
“音”ではなく
“具現化させる力”だと
感じています。
だからこそ
自分自身の発する
言葉が
100%真実の想いから
発していく“責任”があることを
身を以て学びました。
私は
どんなことも
結果として
物事が起こると
解釈しているので、
コロナになったこと自体も
私自身の思いの結果で
それさえも
私の今の意識が
さらに
前進するためには
どうしても必要として
神様が
与えて下さった
ギフトだと
思っています。
コロナになったからこそ
私は
人の無限の優しさ、あたたかさ、思いやりを
観ることができました。
人は
本来
“愛そのもの”なんだと
思えるのです。
そうでなかったら
偽我が
「私がやってる」
「私ばかりがやっている」と
勘違いしていたことでしょう。
今日も
神様と共に
一歩一歩
進んでいきます。
熊本県合志市野々島
なぎの木整体
MOE