その冒頭に

このような

ことわりがあります。




視野の狭い物質主義にとらわれ、

学者の人権である

「研究の自由」さえも

保証されないこの国では

唯物論・唯脳論

(すべては脳のいたずらにすぎないと

 前提する仮説)

に反する情報に触れると

アカデミック・ハラスメント

(主義主張の違う研究者に

 悪質で過激な攻撃を加える

 集団的いじめ)を

受けてしまうからです。







飯田史彦氏が

大学の経営学を

教える方とは

知りませんでした...。


てっきり

ドクターか

心理学者かと

思っていました。



思い込みとは

凄いものです...。


それくらいに

本文は

目に見えないことを

体験してきた私にとっては

“しっくり”来るものだったのです。




主義主張の違う研究者に

悪質で過激な攻撃を加える

集団的いじめ






この1文を

私は

特別支援学校で

感じていました。

知的障がい児に対する

教育内容について

私は

違和感を持ち続けていましたが、

それを口にするのは

はばかられる雰囲気でした。

私は

孤独でした。

しかし、

諦めませんでした。

熊本県の特別支援学校の教育内容は

全国的に

大きな遅れを取っている...

そう感じたのは

きっと私が

山口県や長崎県でも

学校現場の経験が

あったからかもしれません。

私は

全国の特別支援学校の

教育内容のデータを

夏休みをかけて作り

当時の校長に提示しました。

そして、

熊本県の特別支援学校にも

教育内容の変革期が必要だと

提言しました。

校長は

当たり障り無い返答でした。

熊本県の特別支援学校の

教育内容が変わったのは

その次の代の

校長になってからでした。

校長が指針した

教育内容は

私がイメージしたものに

近いものでした。




その時

現場は

一転したのです。




まるで

戦前から

戦後に変わったくらいの

変貌ぶりでした。



この国は

権力者に対して

何て

卑屈になるんだろう...。


私が

かつて

表現しても

全く受け容れられなかったことが

校長が言えば

誰も否定しない...。





この時

強く思いました。

地位や肩書き

そんなものでしか

相手の意見を

聞かないような

学校なら

子ども達に

多種多様な

教育内容は

提供は

難しいだろう...と。






唯物論・唯脳論でしか

判断しない生き方も

やはり

生きづらさを

感じるのだと

思います。




あらゆるものが

この世界には

存在しています。

亡くなった方の想いも、

大いなる存在も、

生まれ変わりもあれば、

石や木や花との話も可能です。



これからの時代に

“生きがいの創造”をするなら

大切なことは

いかに

違いあるものを

受け容れられるか、だと

感じています。







あなたが

今日も

笑顔で

ありますように✨✨✨




熊本県合志市野々島

なぎの木整体

スピリチュアル気功師MOE