人には
ボディ(肉体)
マインド(思考・感情など)
スピリット(魂・光・神など)
と
言われるものがあり
それらの1つでも欠けたら
この場所では
存在していません。
生きていると
ボディに
主導権を握られることも
少なくは
ありません。
お腹が空いて
争いが起こる、
眠たくなって
不機嫌になる...。
ただ
ある程度
年齢を重ねたら
ボディからの欲求による
行動も
コントロールできるように
なったりもします。
(できない人もいますが...)
マインドは
かなり
手強いです。
特に
“頭では分かっているけど
気持ちがついていかない”
ということは
年齢を重ねても
続いていく傾向に
あるようです。
私の人生のほとんどは
この感情に
主導権を握られていました。
しかも、
感情に
人生の主導権を握られるとさえ
気付いてはいませんでした。
そもそも、
人が生きていくにあたり
ボディ
マインド
スピリットが
あるということさえ
意識したことも無く
ただ
ただ
生きづらさだけを
感じていたように
感じます。
感情に
人生の主導権を握られていた頃は、
他者の言動に腹を立て、
自分を傷つけた者に対して
言葉で反撃したり
時には
暴力という形で
殴りにかかったことも
ありました。
空手をかじっていたのも
妙な自信となり
力尽くで
叩きのめそうとしていました。
相手が
「ごめんなさい」と言えば
自分が
“勝った”と感じ
一時の優越感に浸りました。
しかし
それは
本当の幸せでは無く
私の心の奥底に
“何か”が
ずっと
くすぶり続けました...。
両親からは
「血の気が多い子だ」
と
よく言われていました。
男女関わらず
自分に対して
不当に言いがかりを付ける者に
立ち向かっていきました。
しかし、
相手が多勢だと
時に
屈してしまわざるを得ない状況にも
なりました。
怒り、憤り、納得のいかなさ...
心地良くない感情が
次から次へと
溢れてきました。
相手を負かしても
自分が負けても
共に
心地良くない世界が
マインドに
主導権を握られた世界でした。
そもそも
比較、競争、争いの考え方が
マインドから派生しています。
寂しいから
パートナーに対して
構って貰いたくて
「どうせ私なんて好きじゃ無いでしょ」
という行動も
感情が主導権を握った故の
現れです。
あるいは、
自分を高める努力をしないままに
周りの人が
どんどん輝き始めたとき、
自分だけが
置いて行かれた感じがして
「あの人は大したことないし」
と
非難、批判する行動も
やはり
感情が主導権を握った故の
現れです。
自分の感情の不快感を
正当化するための
様々な行動は
感情に主導権を握られています。
その時こそ
スピリットの存在に
気づけると
誰でも無い
自分自身が
苦しみから
解放されていきます。
相手を打ち負かしても
心の奥底で
“何か”がくすぶっていたのは
スピリットの想いに
合致していなかったから...。
スピリットは
愛でも光でも神でも宇宙でも
表現はできますが、
目には見えない
大いなる存在です。
そして、
スピリットを感じ始めた人は
徐々に
マインドにも
変化が現れてきます。
さらには
ボディにも
変化が現れてきます。
スピリットに
焦点を当てると
周りの出来事を
俯瞰できるようになり
感情によって
心が波立つことが
少なくなってきます。
どんな事も
体験を通して
“学び”を得ていると
感謝できるように
なってきます。
そして...
自分に対して
一見
不当に見える
攻撃さえも、
相手の
悲しみや怯えや怒りが
背景にあったことが
分かります。
そこまでして
相手が
守りたかったものは
何か...。
幼少期に傷ついたことが
原因かもしれません。
もしかしたら、
過去生からの
その人のテーマ...
“周りの人との調和”を
体験を通して
学ぶためなのかも
しれません。
いずれにしても
スピリットの存在を
意識し
スピリットと
コンタクトが
取れるようになれば
感情が人生の
主導権を握っていた
生き方から
卒業することが
できます。
そうすると
自分の見方が変わるので
自分の周りの世界は
どんどん
変わり始めます。
時代は
急速に
変わってきています。
今までにない
速さで
変化していっています。
意識の変化...
これから
ますます
変化が起こっていくように
感じています。
あなたが
今日も
笑顔で
ありますように✨✨✨
熊本県合志市野々島
なぎの木整体
スピリチュアル気功師MOE