もしも、

坂本龍馬が

父親の言うとおりに

生きていたら、

日本の歴史は

変わったかも知れません。

坂本龍馬が

脱藩するときに

龍馬に刀を渡したという

母親代わりをしていた

お栄姉さんは

刀を渡した後

その罪を

一身に背負い

自害しました。

龍馬は

いついかなる時も

前だけを向いて

歩み続けました...。

当時の彼の行動は

大衆から見たら

理解を超えた

言動でした。



吉田松陰にいたっては、

幕末期に

海外を知りたくて

黒船に乗り込もうとして

その身を

捉えられています。

しかし、

彼の人柄は

高杉晋作や久坂玄瑞など

おおくの若者を魅了し、

新しい時代のリーダーを

創造していきました。

吉田松陰の

辞世の句は


身はたとえ

武蔵の野辺に朽ちぬとも

留めおかまし

大和魂



吉田松陰も

最期まで

自分の生き方を貫きました。

もしも、

彼が

親からの抑圧が

あったとしたら、
 
日本の歴史は

変わったかも知れません。



親は

自分の思うように

子どもが進んでいくと

安心する傾向にありますが、

それで、

子どもが

幸せになれるか

どうかは、

また

別の話です。



私自身も

幾つになっても

親から認められたい、

親を安心させたい想いが

いつも

根底にありました。

だから、

親が想像もしない

新しいことに

チャレンジするとき

罪悪感があったのです。

そして、

私は

疲れ果てていました。



だからこそ、

できる限り

私は

子どもがやりたいことは

見守りたいと

強く思うのです。

私には

想像できない未来の世界を

生きる

次の時代の

子ども達を

私が思うように

動かそうとするのは

私のエゴだと

私は

感じているからです。

自分の未来さえも

想像できないものなのに、

子ども達の未来を

私が思うように

できるはずもありません。



これからの時代は

江戸時代から

明治時代へ

変わった以上に

大きな転換期を

迎えているように

感じています。






あなたが

今日も

笑顔で

ありますように✨✨✨


熊本県合志市野々島

なぎの木整体

スピリチュアル氣功師MOE