私の父は
自衛官でした。
小さい頃から
自衛隊官舎に住んでいました。
父の職場から近かったからです。
私がいつくらいからかは憶えていませんが...
父が出勤するときは
気合いをいれるかのような
雰囲気を感じていました。
家の玄関を開けるときに
「えいっ」と力を入れるような感じです。
父は強面ながらも
お茶目な一面がある人で
自分のことを
冗談で
「ジョリーちゃん」
と言っていました。
ジョリーとは
テレビで出ていたアニメに
出てくる犬の名前です。
社会人になってから
2年間ほど
実家でお世話になったことがあります。
その時
毎朝
父は
「ジョリーちゃん、仕事行きたくないな」
と玄関で言いながら
職場に向かっていきました。
私が
熊本県で本採用教員となり
毎朝
職場に出勤するようになって
改めて思いました。
相当な気合いを入れないと
学校の雰囲気の中では
自分を保つことはできないな、と。
学校の子ども達のために
教師達は一生懸命なんです。
でも
諸々の会議や
保護者対応
膨大な提出すべき書類
授業のための教材研究
やることに終わりがありません。
休日も
自宅で教材を作ったりしていました。
また
チームで仕事をするので、
職員間の人間関係が
そのまま
児童へ影響してしまうことが
多々あります。
心身共に疲れ果てている教師に
ゆとりはありません。
児童への指導も
感情的になっている姿を
何度も見ていました。
自分が望んで就いた仕事でした。
しかし
私は
自分が教師としてやりたいことと
学校組織としてやらねばならぬこととの
距離感を感じ、
徐々に
「自分が本当に
やりたいことは何だろう」
と思うようになっていきました。
息苦しさを感じながら
教師を続けていたのは、
守るべき家族がいるから。
幼い子ども達が
自立するまでは
何とかやっていかなきゃ...
と考えていたのです。
しかし
うつ病
原因不明のめまい
など
病気に度々襲われました。
当時の私の
基本的な姿勢は
お金とは
苦労した先に
与えられるもの
というものでした。
ふと
気付いたのです。
私の基本的姿勢は
まさに
父の後ろ姿
そのままを現していました。
「ジョリーちゃん、仕事行きたくないな」
その言葉が
ありありと聞こえてきました。
私の仕事に対する取り組みの姿勢は
無意識ながら
父と全く同じだったのです。
だからといって
力を抜くわけでは無く、
むしろ
身体を壊すほど
無我夢中で仕事に取り組みました。
自分に自信が無いから
周りからの評価を求めていたのです。
自分の力量を
客観視できませんでした。
当時の私は、
学校組織から
離れることが
凄く怖かったのです。
私の根底には
組織の中にいたら
大丈夫という
組織への依存心でした。
自分に自信が無かったから
苦しくても
そこから
離れることが
できなかったのです。
私が
退職を決意したのは
自分らしく生きたいと
そう思ったからでした。
人を癒やすヒーラーとして
残りの人生は
生きていきたい...。
でも
やはり
勇気が要るのです。
我が子を思うと
なかなか決断できません。
すると
不思議なことが
立て続けに起こるのです。
交通事故
望みの叶わぬ人事異動
勤務条件の変更届も管理職から拒否
さらに
おみくじでは
大吉ながらも
「勇気を持って
新たな1歩を進まねば
未来への扉は永遠に開かぬ。
時は流れゆくもの。
今こそ、行動の時。」
極めつけは
沖縄の精神科医である
越智啓子ドクターの
セミナーに行ったときに
過去生療法の
デモンストレーションとして
壇上にあがりました。
デモンストレーションに
選ばれるのは
奇跡的な確率です。
そこで
越智啓子ドクターから
こう言われたのです。
「ヒーラーへの
扉が、今、開かれました」
2018年4月
新年度が始まってすぐに
私は
校長室に行き
4月いっぱいで退職する旨を伝えました。
校長は
新年度早々の退職の話に
驚いたようでしたが、
退職願はすぐに受理されました。
すべてが
流れるかのように
ヒーラーへの道が
拓かれたのです。
ここで大きな学びを得ました。
親の仕事に対する姿勢が
無意識に子どもに対して
多大な影響を与えると言うことを。
私が父の姿を見て
「お金は苦労の対価として
与えられるもの」
と解釈し、
父と同じような姿勢で
仕事に取り組んでいたこと。
だとするなら
私の仕事への
取り組む姿勢は
我が子にも
影響をあたえる。
ならば
自分は
楽しみながら
人を幸せにする
仕事をしよう。
そう決意しました。
今、
私は幸せです。
お客様とのセッションで
お客様が感動して泣かれたり、
自分自身の立ち位置を知り笑顔になったり、
私自身が感動して
泣きそうになることもあります。
「お金は
自分自身を知り
自分が本当に
やりたいことを
勇気を持って
取り組み始めた時、
感謝のエネルギーとして
自然と集まってくる」
今の私は
そう思っています。
そして、
今の私の後ろ姿を見て
育つ我が子達は、
自分の生き方について
正面から向き合っていけると
信じています。
最後に...
私は
定年まで自衛官として
職務を全うした父を
心から
尊敬しています。
私が
教師になれたのも
全て
父と母が
最大限の愛を
注いでくれたからだと
そう思っています。
これからは、
児童の教育からは離れるけども
人を笑顔にする仕事を通して
この世界に
光り輝く未来を創っていきます。
あなたが
今日も
笑顔で
ありますように✨✨✨
熊本県合志市野々島
なぎの木整体
スピリチュアル氣功師MOE