もうすぐ寝る時間だな、と思いながらお風呂上がりのmarcoに打ち明けました。

「うちねぇ、アメリカに引っ越す事にしたわ」

 

marco、絶句。

 

 

エイプリルフール、大成功でした。

marcoは「んもーう!」と笑っていました。

 

ん?「んもーう」って、他の男の子も言うのかな。

marco、ジャニーズが好きなのです。(私は全く興味なし)

まぁゆっくり好みは人それぞれ。様子を見てゆきましょう。

 

さて、進級いたしまして。

そんな中親子揃って風邪をひいていたので病院へ行ったところ、marcoに初錠剤処方がされました。

「マッズーイ」と言いながら噛んで飲んだ様でして。いいのかしら。

 

私の方が症状が悪かったようで、私も初めての鼻からスコープ。

ホゾーッと入ってゆきますね。

 

今年はがん検診も受けよう。

カルテット観てました。グレーでいいじゃない?って話もたくさん見ました。

が、表題の件は我が家の問題。

 

最近、marcoに「お母さんが○になったらお菓子あげる」と言われました。

つまりは、普段は×というわけであって。

 

正直、色々な事が出来ていません。

病気のせいで必要最低限の事も出来ていないし、それこそ他のお母さんと同じ事なんて絶対出来ず、あんな料理やこんな料理を作ってあげたくても作ってあげられません。

母親なんて言えない状態で、×が何個もつきます。

 

何を以てmarcoが○とするのかはわかりませんが、必死にこらえて来た物がドッと押し寄せてきました。

でもこれはもしかしたら、思春期とか、反抗期とかになったら親はもっと大変な経験するんじゃないのかな。

 

と思ったら、私は所詮、どう足掻いても限りなく×に近い△にしかなれないなぁ、と諦めてしまって。

諦めたらそこでおしまいなのでしょうが諦めも肝心。潔くいるしかない。

 

なので今朝、marcoに△について提案してみました。

marcoは○になれないって言葉にブンブン首を振っていたけど。

私なりに申し訳ないって気持ちは消せないしね。

また、近々marcoと話します。

障害者枠で働いています。

なぜだか、妊婦さんと一緒に働く事が数回ありました。

 

もちろん皆で妊婦さんの負担を減らそうねってなるのですが、そしてもちろん私も大賛成だのですが、いかんせん体がどうにもなりません。

 

繊維筋痛症は、常に体が痛いので、生きる事もつらい病気です。

でもシングルですし子供もいるので、働かなければいけないので気力だけで働いています。

気力が途切れない様にと自分に言い聞かせる様に、笑顔を絶やさない様にして。

 

そういう状態は他の人にわかってもらうのは不可能だという事も知っています。

質問してくれて答えても、きちんと理解してもらおうとは思いません。

病気は全て病気自体に個性があって、なってみないとわからないものなので。

 

ただ悲しくなってしまうのは、妊婦さんと障害者が存在した時、妊婦さんは絶対的に皆に手厚く守ってもらえるけど、障害者はできない事をできないと言っても「でもやって」と言われる事。

 

悲しくなるのは、自分が妊婦時代も大事にされず、むしろシェルターがあればよかったなって状況だったからかな。

 

でも妊婦さん本人からは心配されるんです。

今日も、産休へ入っていく彼女に「本当に体だけは大事にして」って言われて、その後膨大な資料の中で泣けました。

 

何を一番に生きてってるんだろう、みんな。