→吉原幽霊噺 其ノ十二

 

急な態度の軟化と妙な申し出。

成程―――漸く合点がいった。

此れまで如才なく立ち回り、遣り手とも巧く折り合いを

付けてきたが、とうとうつけ込む隙を与えしまったという事か…

高砂は思わず零れそうになる苦笑を押し殺した。

「その裲襠、鳶田屋あたりにでも払い下げる算段で

ありんすか?」

千花は顔を上げ小首を傾げる。

”鳶田屋”は吉原京町にある古着屋だ。

 生活費に困った 端女郎が、自分の裲襠を持ち込み

金子に替えているという話を聞いたことがある。

「花魁はわちきの話を聞いていなかったのかぇ」

「いいえ。よっく聞こえていんした。

わっちは地獄耳でおざんす。座敷持ちとはいえども、周りを

襖で囲まれただけの事。外の声も自然と入ってきんす」

高砂は澄まし顔でお勝を見遣った。

「身揚がりや仮病を見逃す代わりに、差し出させた裲襠を

古着屋に売りつけて、小遣い稼ぎをしている事、わっちが

知らぬと思いなんすか」

「なっ…なに言ってやがる。わちきがそんな真似する筈が‥」

「花里さん、朝霧さん、琴菊さん―――

もっと挙げ連ねた方がようおざんすか?」

「変な言いがかりを付けるのはやめとくれ」

お勝が唸るような声をあげる。

「言いがかりかどうかは、彼の妓らを此方(こなた)に呼んで

問うてみんしょう。なんなら、楼主(おやかた)にも立ち合って

もらいんすか?」

お勝の顔色がさっと変わる。

妓楼にとって楼主は最も恐れるべき存在。

それは気随なお勝にしても例外ではない。

形勢逆転。先程までの傲慢な態度はすっかり也を潜めた。

「わちきを『加賀美屋』から追い出す気なんだね…

後生だからそれだけは勘弁しとくれよ。

わちきには頼る宛てが無いんだ。ここを追われたら

野垂れ死んじまう」

お勝は哀れに見悶えた。

その姿に、女郎の将来(さき)が重なって見えた気がした。

花の色は儚くも移ろいゆく。

今が盛りの吉原一の大傾城と持て囃されたところで

晴れ晴れと大門の外へと解き放たれる引当てなど

どこにもない。

 

高砂は物憂い視線を腰高障子へと投げ掛けた。

縦横に交わる桟はまるで檻のようだ。

わっちらは、綺麗な羽を持っていても飛べない鳥。

 

籠目、籠目…籠の中の鳥は、いついつ出やる―――――

 

そんな懐かしい童唄が甦ってきた、