約3年前の2020年1月、西川氏は共犯者とともに名古屋地検特捜部に逮捕された。
レースにおいて故意に着順を落とし、共犯者が舟券を購入する手法の「八百長」を認めた西川氏は懲役3年の実刑判決を受けこの刑務所に服役していた。
1日の摂取カロリーが厳格に制限されている刑務所では、受刑者たちの多くが体重を落とすことになる。だが、競艇選手だった西川氏は50キロ前後まで体重を絞っていたため、ムショ暮らしでむしろ増量することになったという。
未決の期間と合わせ、約3年間を「塀のなか」で過ごした西川氏が、獄中で経験した特異な出来事について語った。
あれは昨年4月、世間が大型連休に入ろうかという日の事。
午前8時半、わずか3畳の独居房で暮らす俺に「呼び出し」がかかった。
「西川、調べがあるんでちょっと来い!」
その日は平日だったが、俺は仕事がない免業日だった。
刑務所内の食堂である「炊場」に配属されていた俺は、工場の奴らとは異なり土日も仕事がある。
そのかわり、シフトを組んで代休を平日に取ることが許されていた。
実は、事前に「この日は休みを取ってくれ」と指定してきたのは刑務所側だった。
すでに服役生活は1年半が経過しており、俺は密かに仮釈の審査のための面接がやってきたのではないかと期待していた。
ところが面接どころか「調べ」だという。
この期に及んで、別の悪事がめくれてしまったのか――。多少、心当たりもあっただけに、俺は絶望的な気分になった。
「わざわざ東京から、何の御用ですか」
俺は、何の悪事がバレたのか知りたかった。場合によっては再逮捕もあり得ると思い、俺は身構えた。
「ボートレーサーについて、調べていましてね」
年配のインテリ風が話を続けた。慇懃だが無礼ではない語り口だ。
刑事が打ち明けた「驚きの意図とは❓️」
「競艇の選手というのはずいぶん派手にお金を使うんですね?
選手間でカネの貸し借りをしたり……」
しばらく聞いていたが
回りくどい話でなかなか核心に迫らない。
ジャブを打ってくる刑事に俺はストレートを繰り出した。
「何が聞きたいんですか。
俺のことですか?」
刑事は、俺をなだめるような口調でこう言った。
「まあまあ………、○○○○選手と○○○選手を知っていますか?」
いきなり選手名が出て驚いた。両方とも強い選手だ。
「もちろん知ってますよ。
どちらもA1級でしたから。
ただ東京の選手なんで俺との交流はないです。」
刑事が初めて驚くようなことを言った。
「実は、彼らの不正について捜査しているんです。」
多くの選手の「不正」の詳細を知っている俺だが
NとTについては初耳だった。
だが、NとTは同期で関係が深いことは知っていた。
NとTにはいくつか「共通項」があるのだが、それをひとつでも明かせば、業界の人間ならすぐに分かってしまうだろう。
この2人の交流関係は幅広く、もし逮捕までいけば、無傷では済まなくなる人間が業界の広範囲に及ぶことが想定できた。
「捜査に協力してほしい」
ともあれ、刑事たちが自分を再逮捕しようとしているのではないことが分かり、俺はかなり気分が楽になった。
刑事の話を総合すると、NとTの間のカネの流れや、不正が疑われるレースの特定作業はすでに済んでいるという。不正の実行主体は基本的にTで、NにはTから恒常的にカネが流れているという構図だ。
Nは共犯か、Tに多額のカネを貸している形跡があるらしい。
「何かご存じのことはないですか?」
刑事たちはNとTについての情報を求めてきた。
「俺は、裁判のときも他の八百長選手の名前は一切出してないんです。
これからも競艇界のガーシーになるつもりはありませんから!
でも、ここから1日でも早く出してくれるなら、いくらでも捜査に協力しますが。。」
すると、刑事は心底申し訳なさそうに言った。
「いやあ西川さん、それは管轄が違うので我々には権限がないんだ。ただ、本件の捜査には、何とか協力してもらいたいと考えている。」
「何をすればいいんですか」
「レースに関する資料で、見てもらいたいものがある。」
俺は、刑事の申し入れを了承した。
いますぐ見せられるのかと思ったが、資料を用意して改めて出直すという。
後で聞いたが、受刑者に対する捜査というのは警察と検察の間で非常に面倒な手続きが必要らしい。
八百長を見極める「テスト」
刑事たちが再び刑務所にやってきたのは2ヵ月後のことだった。
彼らがカバンのなかから取り出したのは、約50枚の「オッズ表」だった。
選手名やレース名は記載されておらず
120通りの3連単オッズだけが記載されている。
「これを見て、
おかしいと思うレースを選んでくれないか?」