たくさん悟りの本も読んだし、YouTubeとかも見ました。



今も好きな本や動画はあります♪



それは情報より、言葉を超えて伝わってくるもの。静寂や至福が求める前に伝わってくるもの。



でも外側の情報を得てわかった気になるよりは、正直に自分の方を向いて「わからない」にとどまるようにしようとか思います。

(YouTube色々見てぐったり疲れたのでw)



情報が大事じゃないわけでもなくて、頭の中でぐるぐるしてることを「そういうことだったのか」ってわかることも大事指差し


ヨガの哲学の本を読むと、こんなに昔からはっきりしていたのかとびっくりしますひらめき



占星学を知った時は、人と人が生まれ持った星の輝きでここにいて、考え方が同じ=わかり合えるじゃなくて、みんなそれぞれ違うから、わかり合えたり、わかり合えなかったりでいいんだ。がわかってホッとしたし。


情報が必要な時もある。






今は特にYouTubeやサブスクで本が読めたり、情報がいっぱい。





でもわかりたいのは、その人の体験や情報ではなく自分のこと。




みんな自分がどうやったら幸せになれるかってことが知りたい。



それがわからなくて苦しい〜 


それにとどまる。



そしてまたわかりたい衝動でスマホを開く泣き笑い


でも全ての情報は、答えではなく、答えを指し示すもの。


それが答えだと握りしめるのではなく、それが指し示すとこにとどまる。



そんなことを繰り返して、もしかして、ここにしか答えはないんじゃないのかなと段々とわかりはじめる。



そのために、その前段階でたくさん本を読むとかいいと思う。



ただ情報を知って頭でわかってもできないことっていっぱいある。





誰がやってるのかってとこに向かうしかない。



ヨガのポーズや呼吸は身体をゆるめて、自分をゆるめて、今ここの瞬間を感じるためにある。





知識 じゃない 答え。

言葉 じゃない 答え。



それはいつもここにある。