マンハッタン88丁目の窓から、ニューヨークの日々の生活をお伝えします。

マンハッタン88丁目の窓から、ニューヨークの日々の生活をお伝えします。

ニューヨーク在住20年を超えた自称ニューヨーカーの筆者が、ニューヨークの生な様子をニューヨークの風にのせてお届けします。

桜咲く。桜散る。昔は合格発表の合否にも使われた桜。やはり桜の頃の東京は格別です。着いたすぐはちょっと冷えましたが、その後は快適に過ごしております。今回、娘の春休みがたまたま長めなので、それに合わせて長めの滞在を満喫しております。

ティーンエイジャーの食欲につられて普段食べないようなものもがっつり食べてます。ニューヨークに戻ったら、体重もがっつり増えていることでしょう。

 

これは、イチゴチョコレートクロワッサンとフレンチトースト。さらに抹茶ラテとアップルジュース。

更に、てんやで天ざる。亡き我が父は天ぷら揚げの達人だったのですが、それに匹敵するくらい美味しかった。

 

家でお留守番してくれているこの子もやはり気がかりではありますが、でも、ちゃんと世話をしてもらっているので大丈夫なはず。

東京の春を引き続き満喫することと致します。

 

 

 

 

 

「ストレンジャーシングス」を作ったダッファー兄弟プロデュースで、新しいホラー番組が始まりました。

一人ではとても見られないので、ホラー好きの14歳の娘を誘って第一話だけ見てみることにしました。RAというレイティングで、本当は子供には向かない、という番組です。でも、子供たちが夢中になっていた「ストレンジャーシングス」にしてもRAでしたし。

 

ネタバレになるといけないので多くは語りませんが、恐怖が次々と積もっていくような設定のお話になっています。何が出てくるのかわからない、という怖さがじわじわと迫ってくるのです。「ストレンジャーシングス」でも、最初の何話かは何が起こるのかわからないけど怖い、という感覚でしたが、その恐怖の盛り上げ方は似ています。

 

レイチェルという女の子が主人公なのですが、若いのに怖がらない。ずんずん突き進んで行きます。綺麗だけどしっかりした顔立ちで、体格もしっかりしている女の子で、この役を演じるのにぴったりな気がしました。

 

私は第2話は見るかどうかわかりませんが、ホラー好きの14歳はすっかり気に入ってしまって、絶対続きも見る、と言っています。

 

 

AIは、もっぱら家でチャットGPTのお世話になっているくらいでした。送られてきたメールの内容がてんでわからないので解説してもらって隠れた意図にびっくりしたり、猫のキャットフードで何が一番健康的か、反抗期の娘をどう扱うか、などなど。

 

そして、とうとう私の仕事にも、遅ればせながらじわじわとAIの波は押し寄せてきました。今まで使っていたAIのその上を行くものが次々と導入され始めました。

 

私は数年前、3ヶ月、週2回6時間ものクラスをとってSQLというデータベースのランゲージを学んだのですが、今や、基本も何もわからなくても『2021年から2024年までに発行された請求書の総額を国別に出せ」と文章で入れると、AIがSQLクエリを書いてくれ、それを回せば、答えが出てきます。びっくり 

 

先週、書いたSQLクエリから表を作り、それを棒グラフにしてみたのですが、上司のインド人が第一声

「なぜ自分で棒グラフを作ったのだ?なぜManus AIを使わなかったのだ?」

 

そして、今度は手順やらチェックリストやらを書面化しろ、と6、7部のドキュメントを作らねばならなくなりました。

それなら、とManus AIを使ってみるや、キーワードを入れて簡単な言葉で文書の作成を依頼するだけで、ものの2、3分でそれっぽいフォーマットで文書が出来上がってくるではありませんか。しかも、著者:Manus とまで書いてあります。爆  笑

 

”Do more with AI"とインド人の上司からやんややんやと言われ、毎日Manus AIと一緒に仕事をしています。かつては、ウェブ上からみつけたものを引用すると、なんだか後ろめたかったものですが、今では、反対に物を考えたり手作業で何かすると効率が悪い、と怒られ、なんだか頭を使ってはいけないような風潮になってきました。

 

大昔、早稲田の学生街にある古本屋のいりぐちに”テレビは文明の敵だ”と張り紙がしてありました。その後、おそらくインターネットが文明の敵だ、と古本屋は言っていたかもしれません。でも、2026年、AIが人類の考える力を奪う、と言うところまで来ているような気がします。中高年の呟きでしょうか。

 

 

 

 

 

日本の父や母に何か送るときには今まで大抵楽天を使っていたのですが、急ぐときにはやはりアマゾンの方が早いのに気づき、今回入院中の母にアマゾンから日常品を送りました。その際間違ってプライムを申し込んでしまい、あ、しまった、と思ったのですが。。。

 

日本のアマゾンのプライムは600円。私はドル決済なので、ドルに直すと3ドルとちょっと。アメリカのアマゾンプライム料金はというと、14ドル。激安ではありませんか。更に、その3ドルちょっとでアメリカのTV番組も映画もたくさん見られるし。

 

良いことが少ない日の続いている私にとって、ささやかな喜びとなりました。折角やっと本を読む気力も出てきたのに、これでまた本も読まなくなってしまいそうです。

 

ちなみに、今読みつつある本は、Ian McEwan の "Atonement" BBCが昨年、イギリス人作家が書いたベスト100の本に入っていたので図書館で借りてみました。決して読み易い本ではありません。ショボーン のめり込めばきっと素晴らしい世界が開けてくるのでしょうけれど。

 

 

 

 

我が家の下の階には、赤ちゃん連れの若いカップルが住んでいます。まだ会ったことはないのですが、頻繁に赤ちゃんの泣き声が聞こえてきます。私が住んでいるアパートは1960年代に建てられたもので、通常その頃に建てられたビルはもっと頑丈にできていて防音もきちっとされているものが多いようなのですが、うちのアパートは、安普請なのでしょうか?上の足音が聞こえることもままありますし、赤ちゃんの高い周波数の声は本当によく聞こえてきます。

 

赤ちゃんが泣くのは仕方がないし、ま、我慢もしますが、昨日の晩は腹に据えかねました。子供をあやそうと、お父さんかお母さんかどちらかが歌を歌い始めたのです。真夜中に。サウンドオブミュージックの中で歌われた曲「エーデルワイス」

確かに静かで綺麗な曲ですから、きっと子供も泣き止むと思っての選曲でしょう。でも、真夜中に誰かが繰り返し繰り返し「エーデルワイス」を歌うと、本人が意図しないとはいえ、それはもう嫌がらせです。ムキー

 

映画「ゴースト」の中でパトリック・スウェイジがウーピー・ゴールドバーグ扮する霊媒師を説得しようと、’Henry the 8th"を繰り返し歌い続けた、あのシーンに近いものがあるかもしれません。爆  笑

 

どうか今晩は誰も歌ったりしませんように。もしまた歌い始めたら、一緒に合わせてエーデルワイスを歌ってしまいましょうかね。

 

 

思いがけずも”相続争い”というものに巻き込まれてしまったらしいのですが、ふともしポール・マッカートニーが死んだら、あのうちの相続争いたるやどうなるのかな、と。我が家のささやかな財産でさえも争いが発生しているらしいので、ビリオネアのマッカートニー家は一体どんなことになるのだろうか。

 

余計なお世話ながらちょっと調べてみました。

 

ポールの総資産はドルに換算して1-1.3兆ドル。恐らくその半分は現在の妻、ナンシーに、残りは5人の子供に行くようです。5人の子供のうち一人はリンダ・マッカートニーの最初の結婚で生まれた子供で、ポールが養子縁組をしています。養子縁組でも、実子と同じ権利を持つのでしょうか?そして、もう一人は、2番目の妻、長い離婚裁判沙汰でかなりのお金を勝ち取ったらしいヘザー・ミルズとの子供。ポールが死んだ時点でその子供がまだ未成年だったりしたら、ヘザー・ミルズにお金が行くのかしら、それは面白くないだろうな。人のうちのことだからどうでもいいですが。

 

最近、ポール・マッカートニーのドキュメンタリフィルム ’Man on the run"を映画館で見てきました。ビートルズの解散からウィングスが成功するまでのお話で、よっぽどポール・マッカートニー好きでなければ面白くないような映画です。なので、文芸映画を中心に上映している映画館で、土曜日の7時、とゴールデンタイムだと思うのですが、かなりガラガラでした。本当は一人で密かに観に行くつもりだったのに、夫が行くと言い出し、「スクリーンの中には君の好きなポール、座席の横には愛する夫。こんな素晴らしい映画鑑賞はないだろう」とのこと。爆  笑 

 

最近、パリのファッションショーにステラ・マッカートニーが出展するために同行したらしいポールの写真をあちこちで見ましたが、永遠の美青年も、やはり84歳でした。元気に長生きしてね。

 

 

 

 

 

あまりに強い出来事で、どうしても気持ちを外に出さずにはいられず、書いています。

母のいる施設で、入院をめぐってかなり緊迫したやり取りがあり、それをリアルタイムで電話を通して体験してしまいました。その場の空気の異様さだけで十分で、恐怖で心臓が激しく鳴り、体が震えて止まりませんでした。

少し時間を置いて気持ちを落ち着かせようとしていますが、それでも考えてしまいます。どうしたらこの状況から距離を取れるのだろうか、と。

長い間関わっていなかった人が再び関わることで、こんなにも状況が不安定になるのかと戸惑っています。誰かを責めたいというよりも、ただ、これ以上巻き込まれずにいたい、静かな状態に戻ってほしい、そう願っています。

関係を断ちたいとさえ思ってしまう自分に驚きながらも、それほどまでに怖かったのだと思います。

豆まきをすればすべてが収まるような、そんな単純な話ではないことは分かっています。それでも、何かをきっかけに、この緊張がふっとほどけてくれたらいいのに、と願わずにはいられません。

眠れない夜は、まだしばらく続きそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカではハロウィンが近づくと、もうそろそろホリデーシーズンで、11月の感謝祭、そしてクリスマス、ニューイヤー、とほぼ延々2ヶ月に渡ってホリデー気分が続きます。なので、1月が明けるや、その虚脱感たるや。

クリスマスの主人公とでも言わんばかりに街のあちこちで売られていたクリスマスツリー。側を通ると木の良い匂いがしたものでした。でも、ホリデーシーズンが明けるや、もはやかなり乾いたクリスマスツリーは、単なるもみの木、となって道端に積まれてゴミ回収を待っています。毎年のことですが、クリスマスの翌日にもすでにツリーを捨てる人もいて、あまりの気の早さに呆れ果てさせられます。

 

我が家では、ツリーを捨てるのを嫌がる人がいて、確か12月5日ごろに買ったのですが、今日1月10日にやっとツリーを片付けました。

 

そして、今日は一日雨。冷たい雨ならまだ潔いのですが、気温は中途半端に暖かく、気分までなんだか中途半端になります。

気が抜けてしまう、脱力感、無気力。灰色のニューヨークの空の下、1月はなんだか虚ろな月です。

 

 

 

 

 

ニューヨークは今12月31日の朝11時半。今年は、振り返りたくもないような年になってしまいました。

日本には、8月以来、延べ1ヶ月弱滞在しました。1998年にニューヨークに渡って以来、これほど長く日本にいたことはありません。

 

8月は毎年恒例の娘との夏休み中の帰省でしたが、その後、我が父の健康状態が急激に悪化し、もはや母と二人ではとても暮らせないところに到達してしまい、10月には緊急で帰国となりました。

 

ことの発端は認知症の発症でした。せん妄と呼ばれる錯覚を見るような厄介な症状がでて、入院した病院で窓ガラスを割る、と普段の父なら思いもよらないような行動を取ったのです。後で聞くと、刑務所に入れられて、出なければならない、との説明でした。

父は、外に買い物に行ったり、食事の支度をしたり、掃除をしたり、と中心的な役割をはたしていたのですが、これをもって、もう父に頼ることができないのが明らかになり、二人とも早急に施設に引っ越しさせねば、という事態に。二人ともかなり高齢なので、もうすでに1、2箇所、施設の目星だけはつけてはありました。でも、こんな急にことが進むとは!

 

10月13日に、施設の見学に両親を連れて行き、渋々ながらもしばらくはそこに住んでみる、ということで合意をもらったのですが、ここで問題が。せん妄のために暴力を振るってしまった父は、そのままでは施設に引っ越させてもらえず、認知症のクリニックで治療を受けねばならないというのです。東京医科大学の認知症病棟で一旦は入院の手続きを取ったものの、いきなり電話がきて、病棟は満員で11月末まで空かない、と。往診訪問をしてくれていたクリニックに手伝ってもらい、すぐにも入院できるクリニックがみつかり、10月18日には父が入院し、10月20日には母の荷物をまとめて施設に引っ越し。そして、10月21日の晩、私は羽田空港で一息ついてソフトクリームなど食べてニューヨークに戻ったのでした。一仕事済んで、やっと安堵していたのでした。

 

ところが、それだけでは終わりませんでした。

 

6週間もに及ぶ認知症クリニックでの治療を終え、薬漬けになって一日の大半は眠っているような状態になり、父はやっと施設への引っ越しが認められました。それが12月4日。

「薬が強すぎますから、今後は減らして行く方向で検討しています。」

と施設から説明を受けた矢先、今度は肺炎と心不全で救急搬送されてしまい、1週間で退院といわれていたのが、あっという間に12月13日に逝ってしまいました。

 

従弟から危ない、と電話がきたのは12月11日のニューヨーク深夜。翌12月12日の午後1時の飛行機で日本に向かいましたが、間に合いませんでした。

 

お葬式は12月20日。母を施設に連れて行き、2晩一緒に過ごし、ニューヨークに戻ったのは、12月24日クリスマスイブの朝1時。 

 

いまだに、朝起きると母はどこにいるのだろうか、自分はどこにいるのだろう?と奇妙な目覚めで一日が始まります。そして、もう2025年も終わり。何も考える余裕のないままに2026年がやってきます。

 

さてさて、2026年はゆったりできる年となりますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日はアメリカは感謝祭でした。この日をもって、アメリカは公式にホリデーシーズンに突入。街中のショーウィンドウはクリスマスの飾りつけで綺麗です。テレビではもちろん、ウェブ上も、ブラックフライデーだ、クリスマスプレゼントだ、買え、買え、と言わんばかりの広告で満ち溢れ、地元のスーパーでもじゃんじゃんクリスマスソングのBGMがかかっています。爆  笑 車のコマーシャルで、車のトップに大きなリボンをつけてガールフレンドやら夫を感激させる、というコマーシャルも多々あるのですが、クリスマスにあんな高いものを贈る人は、一体どれだけ年収があるのだろうか、と毎年思ってしまいます。(写真はウェブから借りてきました。)

 

 

そして、我が家はどうしたかと言いますと。。。。

 

朝サンクスギビングパレードを見に行くも、あまりに遅く行ったため、2、3個のバルーンしかみられず。これなら、テレビで見ればよかった。

 

そして、家に帰ったあとは、ターキーがオーブンに入る前に、まずはアップルパイ。この2、3年恒例になった我が家の14歳、反抗期真っ盛りのこの人。私は不器用で綺麗に格子模様にパイ生地が編めないのです。爆  笑

 

そして、今年は12ポンドのターキー。食べる人の人数によって何ポンドのターキーが必要か、の計算するウェブサイトもあるのです。ご興味のある方はこちらから。今年の焼け具合はちょっと鼻高々。綺麗に焼けました。前の晩から、ブラインという、塩と砂糖、ハーブの入った液に漬け込みましたから、2時間焼いてもお肉はしっとりラブ

 

今年は、カービングのやり方をYouTubeで調べてね、とお願いしたところ、そこまでやってくれました。巨大ターキーと格闘して

まずはウィングから、と切ってくれているところです。この姿をみて、親バカな中年母は、この子は外科医に向いているかも、と思わずにいられませんでした。爆  笑爆  笑

 

 

そして、昨日のうちに焼いておいたパンプキンパイとアップルパイ。

Food coma という言葉、聞いたことがありますか?もう動けないほどお腹がいっぱいな状態のことで、昨晩の

我が家の3人はまさしくそれでした。その後”Strange Thing ”のファイナルシーズンのエピソードをもう一つだけみました。

クラウス教授だけは、平常と変わらず論文を書いていましたが。