いつの間にか8月。
小学5年の娘は私の実家に避暑
で、久しぶりの3人家族
夫と息子の男同士はいろいろ適当でも仲がいい
なんだか平和
兄弟でもけんかするんだから
友達とのいざこざはしょうがない
飼っている生き物だけは世話してね
いつの間にか8月。
小学5年の娘は私の実家に避暑
で、久しぶりの3人家族
夫と息子の男同士はいろいろ適当でも仲がいい
なんだか平和
兄弟でもけんかするんだから
友達とのいざこざはしょうがない
飼っている生き物だけは世話してね
ずいぶん前のことだけど
ネパールに住んでいたことがある
とても貧しい国であったけど
自然が豊かで人が優しかった
日本語学校の教師として行ったのだけど
お世話になった下宿先にはいつも沢山に人が訪れた。
お茶を飲んだりパーティーをしたり時には宿泊していく人もいた
お客さんで遊びに来る方たちが帰るときに
「沢山ごちそうになったしお礼がしたい。」
と言われると
その下宿先の先生が
募金箱を指差して
「お礼なら私はいらない。ここに寄付金として入れてくれればネパールの子供たちに役立てます。」
といい、ほとんどのお客さんが募金箱に寄付をして行った。
そうしているうちに
ストリートチルドレンを助けている施設で働いている女性が
そこにやってきて
私たちは彼女の施設を見学に行った。
そこには家のない子供たちが集団で生活していた。
しばらくして、下宿先の先生がその施設を支援しようということになり
今までの募金箱のお金をもとに
NGOを立ち上げた
下宿先の先生は
日本でもずっと教員をされていて
ネパールに文房具などを送っていたので
NGOを立ち上げた後は教え子やその父兄など
沢山の会員が集まり会は少しずつ大きくなっていった
私も帰国してから会計の仕事を任され、第1子を出産するまでお手伝いをさせてもらった
NGOは15年たった今も活動は続いている
ネパールから仕入れたものをバザーで販売したり
ヒマラヤのツアーを会員で行ったり
お金を集めるだけでなく会員自体もつながったり助けあったりしながら
支援を続けている。
私は少しの会費と寄付をして会報が届くと必ず目を通す。
私にとってきっかけはボランティア、というかお世話になった人たちにお礼をするという感じだった。
誰かのために何かをしたい。
だれもが持っている気持ちの一つだと思う。
今回の被災地の支援も遠くから続けていけたらと思う。
支援物資を届けるお手伝いをしてきました
自分がかつて見た景色の変化をただ見に行くのは申し訳ないので
支援物資を運んでいる方に少しでも手伝いができればと思って
GWの帰省に岩手県にお邪魔しました
あの日以来続いているテレビと同じ情景が
日本の太平洋岸で数百キロ続いている
その光景に
2ヶ月たった今も
学校の体育館などで生活し家も流され
これからの生活も見えない中
それでも
辛抱して生きている人たちがそこにはいました
自衛隊の車が沢山いて、
ひとくくりに被災地と言われても
いろいろなことがあると思います
支援物資を運んだ避難所で対応してくださった宮古市の職員の方は
大変でしたねと言うと
東北のほかの地域に比べたらいいほうですと
言われました
宮古市の市役所は一階部分が津波でドアをなくし2階以上で機能していました
まだ若い職員さんで今後公務員としてずっと公務を行う立場の人でした
これから何ができるのか
岩手も宮城も
福島も
茨木も
千葉も
それ以外の地域の人も
長い長いトンネルをあせらずに進んでいけたらと思います
何をどうしたらいいかわからなくて時間が過ぎてしまった
東北から遠く離れて生活している私が
できることと言えば
少しの募金と節電くらい
青森の実家は何度か停電したり
小さな甥や姪の幼稚園が休みになったりした
電池や野菜を送ったりしたけれど
本当に心に引っかかっていたのは
岩手県の小さな町の人たち
宮城や福島の人口の多い街は大きく報道されるけど
東京から離れた岩手の小さな町の人たちは
今も寒い中じっと我慢しているのかもしれない
と思ってしまう
自治体の単位が小さいので対応も難しい
津波の」被害はどこも一緒でも
首都圏から遠くて人口が少ないとマスコミには出にくくなる
同じ東北で我慢して暮らしている人を
どうにか手助けしたいと
思っています
GWに被災地に直接行きたいと思っています
何ができるか考えながら情報を集めています
飽きっぽいのか習い事が続かないタイプの私
学校の部活とかはやめてはいけないと思ったのか続いたけど。
試験は終わりがあるので、資格の勉強なんかは設定すると
一応できる。
が、絵を描く本とか、写経のノートとかはほとんど白いまんま
できないことを無理にやるのはつらいからか
好きなことは続くもんね
でも、今年は通信講座でボールペン字を習うことにした
学生のころから字が下手なのがコンプレックスで
手書きがいやだからこそパソコンやワープロを人より早く覚えたといっても
過言ではない。
年齢的にも字が汚いと恥ずかしいので
今年はちょっとがんばってみようと思う
今日はどこもかしこも雪が降っている
子供たちは数センチ積もるとうれしそうに外に出た
昨日から予測された事態なので
食料は大量に買い込んである
・・・ので、今日は家でやりたいことをやる日にした
ずっと買ったままだった布で
ストールと枕カバーとシュシュを縫った。(直線縫いのみ)
ガトーショコラを焼き、たまったアイロンをかけ、
大根のサラダを作り
冷凍庫の牛筋を煮込んでいる
晩御飯はカキフライと一口カツとサラダとぶりの照り焼きの予定
まだ明るいのに、お風呂に入っている家族
出かけられないとわかっていて準備もしてあったので
あわてたりイライラすることもなく
まったりと過ごす休日になった。
書き出してみると結局リビングとダイニングで家事をやって たってことか。
この様子だと明日の朝は車が使えなそうなので
朝の電車の時刻表を調べなきゃ。
結構な年齢になったのに
いろいろな迷いや悩みがある
それが人生なのねって
思えるのが成熟した大人かしら
情報が多い中で
選択も必要だし
ある程度の勇気も時には必要
子供も大事
自分も大事
生きていくって
家庭が基本だと思うから
自分だけでも駄目だよね
子供が生まれてから
夏休みに仕事があることで罪悪感がある私
仕事はあるけど
子供は休み
なので保育園とか学童保育にお世話になる
それはそれでもちろん楽しいだろうと思う
本音は子供たちをのんびりさせてあげたいけど
長い休みを一緒に過ごすことは難しい
社会は回っているからね
自営業の家庭で育ったので
夏休みはそれなりに子供で遊んだと記憶している
っていうか、今より大人も自由時間があった感じかも
今は時代が違うので
子供に自由時間を与えるのも
親の責任とか監視がちょっといるかも
自由な夏休み
どれだけの子供が
該当するんだろう
夏休み、ほしいなぁ
夏休みになり、姉を遠くに送ったので
一人っ子になった息子
初日から「ねぇね~。」と泣いていた。
当のねぇねは田舎暮らしを満喫中で
早く帰る気持ちはさらさらない。
連絡もしてこない。
子供の自立って早い。
今日は息子は夫の実家に行った。
来週ある町内会の盆踊りの準備で私はバタバタしている
子供の役員は初めてだけど
毎年メンバーが変わるってことは
経験者がいないってことで
効率が悪い気がする・・・。
仕方ないけど。
いろいろあって、なんだかすごく沢山の仕事を引き受けてしまった
書類作って、写真現像頼んで、ポスター作ってメールして。
息子は今ごろおいしいものをたくさん食べて
何か買ってもらっているのだろうか。
学校生活が始まって4か月の間に少しずつだけど成長している
学校が、先生が望むような生徒でなくても
私にとってはかけがえのない一人の息子だ
どんなにトラブルがあっても
学校の友達みんなが好きで
特定の子供じゃなく、
みんなと仲良くできるのは
息子のいいところでもあると思う
自分が許せないことは6年生にでも向かっていく無鉄砲者
集団生活は大人だって疲れるので
長い夏休みに心の栄養を補給してやろうっと。
いろいろあって、毎日怒っている感じ
何が問題なのかは明確なのに
トラブルが嫌で見て見ないふりをしている周囲も腹立たしい
声の大きな人だけの意見が通る社会はおかしいけど
大きな声を出さないといけない時もあるのかもしれない
私の基本は平和主義なんだけどなぁ
一人で爆弾しかけるのも勇気がいるなぁ
正義だけじゃ生きていけないけど
犠牲だけでも悲しいし空しい
思ったことをはっきりと言ってすっきりと暮らしたい