院長様 … 神様は、どうしてこんなイタズラをなさるんですか …
よりによって今一番、逢いたくない人が … せっかく働くのが決まったばかりのコーヒーショップに来るなんて …
ど、どうしましょう … やっぱり、お水を持って行ってオーダーを取りに行かないとダメかしら …
ううん … スンドンさんは、食器洗いをしろって言ってたし … このままトボけて無視してれば …
あれれ … スンドンさんは、カウンターの中から出て来ようとしない …
お店の中にいるのは、カウンターの席に座ったワンさんと … 反対の壁側にある2人がけのテーブルの一番奥のイスにいる、あの人だけ …
… って事はアルバイトの私が、お客さんであるあの人へ、オーダーを取りに行かなきゃならないのよね …
う~ん、お水、お水は …
あ、カウンターの端っこにグラスが逆さまになって置いてあるトレーが …
その隣に、レモンの入ったお水のポットがあるから … あれをグラスに入れればいいのかな …
チャポ、チャポ、チャポ …
スンドンさんは、ワンさんと笑って私を見てる … これでいいって事なのね … コ・ミニョ、頑張ります …
コトン …
「あ、あの … お水です」
「あ、ああ … 」
何よ、目を逸らして … 少しでも私に悪いと思うなら、ちゃんと謝って …
ううん、貴方とキスをする前のコ・ミニョに戻して、今日は逢わなかった事にして欲しい … もう遅いけど …
「あの … 何になさいますか … 」
「いつもの … 」
何で、そんな言い方するんですか … 私は今日から働き始めたのに『いつもの』なんて分かる訳ないです …
もしかして、また私にイジワルしてるつもりなんですか …
それに …
メニュー見てるフリしてるけど、逆さまですよ … わざとなのかしら …
「あ、あの … メニューが … 」
「ああ、だから、いつものだって言ってんだろ。スンドンのオッサンが知ってる。早く持って来いよ … 」
な、何よ、何よ、エラそうに … さっきは私に、あんな酷い事したクセに … まるで平気そうな顔して …
貴方にとっては、誰にでもする当たり前の挨拶でも … 私にとっては一生に一度の大事なものだったんです …
でも今は『コピ』のお客さんだし … 公私混同はダメですよね、院長様 …
「かしこまりました … 少々、お待ち下さいませ … 」
クルッ …
『いつもの』を出してしまえば、カウンターの中で食器洗いが出来ます … 我慢、我慢 … これは、仕事です …
「スンドンさん、あのお客さんが『いつもの』って言ってるんですけど … 」
「そうさなぁ、これを出してくれ」
は、早い … もう、あの人がオーダーする前に作ってんですね … スンドンさん、さすがです …
さあ、仕事なんだから笑顔 … は無理でも、せめて膨れっ面にならないようにしなきゃいけませんね …
コトン …
「お待たせ致しました … 」
「あ、ああ … 」
それと … ワンさんと約束したお礼を言わないと …
「あの … マーカー、有難うございました。とても分かりやすかったです」
「えっ、ああ、まあな … 俺ぁ、今は3年だし … あれぐれぇなら学部が違っても教えられるさ。一般教養科目は、大体どの学部も同じだからなぁ」
あ、そうなんだ … この人、3年生で同じ学部ではないんですね … でも何で、そんな事を言うんでしょう …
別に私は、聞いてもいないのに … 貴方の学年や学部なんて興味ありません …
「そうなんですね … では、ごゆっくりどうぞ … 失礼します … 」
「あっ、おいっ … 俺ぁ、チャンだ」
「えっ … 」
「俺ぁ、芸術学部演劇科のチャンだ、覚えとけ … いいな … 」
なっ、何で … 貴方の名前なんて覚えなきゃいけないんですか …
貴方の顔も … 今日の出来事も … 忘れてしまいたいぐらいなのに …
でも芸術学部と音楽学部は、校舎が一緒だったはず … いくら3年生でも廊下ではスレ違うかも …
「はい … チャンさんですね … 」
「フン … 忘れんじゃねぇぞ … 」
何よ、エラそうに …
で、でも … チャンさん …
私が名前を口にしただけなのに … どうしてそんな嬉しそうに笑うんですか …


