~ 馬車での散歩にて ~
「あっ、テギョン様、湖が見えます」
馬車の窓から見える景色を、少女のように喜ぶミニョが可愛く、マテを胸に抱いたテギョンは得意気に鼻の下を伸ばした。
日中、馬車で二人を連れ出すようになった事で、マテの夜泣きは落ち着き、何よりミニョの機嫌が良く … 夜の秘め事の反応もすこぶるいい。
多忙な執務は相変わらずで、数十分しか外出できない事もあるが、それでもミニョとマテの様子から満足しているのが分かる。
「ここは初めてだろう、この奥に … 」
「はい、お花畑があるんですよね … 」
ミニョはあまりに楽しく浮かれ過ぎていて、今の言葉でピクリと眉尻が動いたテギョンの顔に気づいていない。
「お前、何で … この奥に花畑があるのを知っているんだ、ん … ?」
「えっ、シ、シヌ様と前に … 」
「それは初耳だな。コ・ミニョ、その話、詳しく聞かせてもらおうか」( → ※1参照 )
窓に手をかけていたミニョの背中に、ひんやりとしたテギョンの視線が刺さる。
ミニョは『余計な事を言ってしまった』と後悔したが、もう遅い。
テギョンのヤキモチの引き出しは自由自在。過去から現在に至り、未来まで … ミニョに関する事は日付まで入って中身をすぐに出せる。
「あ、あの … まだオッパの代わりに男のフリをしている時、シヌ様に一度連れて来て頂きました … 」
ミニョも小言以上にテギョンのヤキモチには、ほとほと困り果てている。
最初の頃は自分に対する愛情を感じていたがテギョンのそれは少々、見境ない。
「いつか … シヌの上着を着せられ、ビショ濡れで城に戻った時だな」
「えっ、よ、よく覚えてますね … 」
「フン、お前が忘れっぽいだけだ」
「あれは、私が湖の藻に足を絡ませて沈みそうになったのを、シヌ様が助けて下さったんです … 」
「ほう … それで … 」
さすがに鈍いミニョも、テギョンの視線が鋭くなったのに気づき、チラチラと横目で見ながら怖じ気づいている。
「そ、それでって … 風邪を引くからって、シヌ様が私に上着をかけて下さっただけです … 」
生まれて初めて感じた、あの時の焼き付くような胸の痛みをテギョンは今でも忘れない。
ミニョと出逢わなければ … こんなにも愛してしまわなければ … 誰にも心を開く事のなかったテギョンが、それまで味わう事のなかった嫉妬の感情。
シヌとの仲を疑い始めた事をきっかけに、ミニョへの想いを自覚して行ったテギョン。
「お前 … ファン国城に来たばかりの頃、シヌの部屋に居たよな … 」
「はい … テギョン様に女とバレたら追い出されるからって … 」
確かにその頃、コ・ミナムと名乗ったミニョが女だと知ったら、迷わずテギョンは城から追いやっただろう。
それはテギョンも、この場で言い返す事はできない。
「そ、それはそうだが … 何でシヌだったんだ … 」
「シヌ様には、すぐに女だと分かってしまったんです … それからずっと庇って下さいました」
シヌだけがミニョを女だと知っていた … もう過去の事だとしても、あの
身体の芯から焦げ付くような苦しさが甦る。
「お前、シヌの事 … 好きだったのか」
「そんな … 」
「以前から、お前に聞きたかった … 正直に言え … 」
「私は … 」
湖の前で停まった馬車の中で … テギョンはマテを抱きながらミニョを真っ直ぐに見た。
シヌのミニョへの気持ちは、テギョンも知っている。今でも完全には、ミニョを忘れられてはいないだろう。
それを証拠に、シヌは周辺国からの婚姻話も片っ端から返事を濁している。
断りもしないが、引き受けもしない。王族や貴族の出逢いの場である華やかな舞踏会でも、近寄る姫君達を適当にあしらうだけだ。
『ミニョも、シヌが好きだったのかもしれない』 … その疑問は、テギョンの心にずっと燻っていた …
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※1参照 → シヌとミニョの湖のシーン




