竹内文書とは
(引用:anemone編集部)
地球に最初に降りたった神々から現代までの
天皇・皇后をすべて合祀する「皇祖皇大神宮」
(現・茨城県)の管長職を務める竹内家が、代々継承してきた古文書。
原典は神代文字で書かれ、宇宙開闢(かいびゃく)
から、太古の神々が治めていた神代、
そして現在に繋がる日本の歴史や地球で起こったことが、天皇の代ごとに記されています。
年代の記録としては、3000憶年前まで遡るものです![]()
竹内家の祖は、第12~16代まで5代の天皇に仕えて政務を補佐し、
優秀な審神者(巫女に乗り移った存在が高貴な正しい神霊か、
低級な邪霊かを見分ける役目)でもあった武内宿禰(すくね)です。
明治時代、壱円札の肖像にもなった宿禰
『日本書紀』『古事記』に記されている人物
第12代から第16代までの天皇に仕えた
古事記・日本書紀の原典でもある
仏教勢力は拡大し続け、豪族たちは秘匿された文書類を公開するように天皇にせまりました。
第22代雄略天皇は、ついに力負けし、武内宿禰の孫の平郡真鳥に、
一部を除いた文書を漢字かな混じり文に書き改めさせ、豪族たちに下げ渡します。
この下げ渡した文書がもとになり、のちに改変・再編集されたのが、古事記・日本書紀です。
その後、神代文字で書かれた竹内文書の原典や
神宝は、開かずの壺(神籬立瓶)に収められ、地中深くに埋められました。
真鳥はのちに「竹内」姓に改め、皇祖皇大神宮の神主に。
以後、竹内家の人々が、幕府や反勢力の弾圧に苦しみながらも「時至らば皇室に奉還すべし」と、
命に代えて秘守してきたのが竹内文書なのです。
京都府 鞍馬の山奥で
神々から神代文字を教わる
竹内巨麿は、竹内家の養子であるため、竹内宿禰の血を受け継いではいませんが、
実父は宇多天皇の子孫である源重胤で、
実母は伊勢神宮の祭主である中臣光貞の娘の奈保子でした。
が、実母は暴漢に襲われ自害。
その仇討のため、巨麿は武者修行として鞍馬山に入ります。
200日目で一人の仙人に会い、鞍馬山の奥にある大悲山での修行をすすめられます。
千日行の間、巨麿は神霊と交流し、武術や呪法のほか、夜空を黒板代わりにして、
神代文字の読み方や神代の歴史についても伝授されるのです。
その解読法にて古文書を読むと、それはまさに神霊が教えてくれた太古の叡智そのものでした。
イエスの版木
占星術でみると、2020年は激動の年!
作年12月、約700年ぶりに木星、土星、冥王星が山羊座に集合
今年12月、水瓶座1度で木星と土星が重なります。
山羊座「土:物質」の時代から、水瓶座「風:精神性」の時代へ移り変わります。
全く経験したことがない、時代の移り変わりを経験します。
「地位」「お金」が重視された時代から、「精神性」を大切にする「自由」な時代へ。
日本人の遺伝子が発動する![]()
竹内文書
その氣宇壮大な内容



