「姉様」
「なにかしら妹様」
「そろそろ、雲がお城にかかってしまいそう」
そう言って、妹のオディールは指先で城の行く先を指し示した。
そこには雷を伴った雲がごろごろと、近づいてきていました。
「あら、それは大変、高度を下げましょう、出来るわね? オディール」
「手伝っては下さらないの?」
「仕方ないわね、手伝ってあげるわ」
「ありがとう、優しい優しい姉様」
姉のオデットが右掌を雲に向け、妹のオディールはその掌に自分の左掌を重ねた。
薄紫色の淡い光が二人の重なった掌から滲み出たかと思うと、二人の住むお城はほんの少しずつ高度を落とし始めた。
無事に魔法が成功したことを感じ取った妹のオディールは安心して、姉のオデットに話しかける。
「皆は元気に過ごすかしら?」
「オディール、そうなってもらわなければ困るわ、じゃないと」
「じゃないと?」
「私達の頑張る番が早まってしまうもの」
「それもそうね姉様」
「それもそうなのよ妹様、それに」
「そう、それに」
「お父様とお母様が死んでまで頑張った甲斐がなくなってしまうわ」
そう言って、オデットはオディールの髪をなでた。
姉のオデット、妹のオディール。
二人はとある王国の偉大な二人の大魔法使いの間に生まれました。
両親の魔力を立派に受け継ぎ、特にさしたる努力もせず若くして大魔法使いの称号を手に入れました。
双子の姉妹を心から愛していた両親は自分のことのように喜び、父が姉を、母が妹を抱きしめた時、世界は滅びました。
空は黒く染まり、大地は白く染まり、花々は枯れ果て、生命は腐り落ちました。
悲しみはありませんでした。
切なさも、怒りも、苦しみも、寂しさも、なによりも、悲しみはありませんでした。
それほど一瞬で、圧倒的で、人間がそれらを感じるには、あまりにもそれは、世界の決断過ぎました
命あるもの全てに寿命があるように、この世界、この大地そのものの寿命がやってきてしまったのです。
空気を、大地を、生きてゆく棲み処を借りているだけの人間は、それを返す時がきた、それだけなのです。
ですが、人間はワガママです。
あともうちょっとだけ生きていたかったのです。
オデットのオディールの父親から命が消えうせた時、一つの魔法が発動しました。
自分の命が霧のように空を舞った時、時間をほんの少し巻き戻す、そんな魔法を父親は自分の体に編み込んでいたのです。
そうして、世界のおしまいの前に戻ってきた父親は母親と二人で一つの決断をします。
時間はありません、巻き戻したとはいえ、ほんの少しの時間だけ、あと1分後にはまたおしまいの時はやってきます。
二人は縋りつく双子の娘を引きはがしました。
自分達の命と引き換えに最後の魔法を解き放つ。
それは、王様から直々の命令で研究していた魔法、そのオマケで出来た魔法でした。
命令通りにいかなかったので、封印した出来損ないの大魔法です。
そうしてオデットのオディールの両親は二人に少しの言葉を託すと、魔法を唱え、死んでしまいました。
オデットとオディールは泣き叫びました。
いかないで、いかないで父様
そばにいて、そばにいて母様
そんな二人の後ろで、鳥は鳴き、空は晴れ渡っていました。
二人の偉大な魔法使いの命と引き換えに、世界はおしまいになりませんでした。
正確には、おしまいになる時間をほんの少し伸ばしたのです。
たった、5秒だけ
二人の大魔法とは、この世界の時間をそっと狂わせることだったのです
人間も動物も草花も水も空気も、世界ですら、狂わせました。
残された5秒をいっぱいいっぱい伸ばす、それが二人の大魔法でした。
だから、これはたった5秒後に終わる物語。
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二人の姉妹は泣き疲れて眠った後、王様に事情を話しました。
世界のおしまいのこと、父様と母様が自分達に言った言葉、全部を話しました。
そして、王様は亡くなった二人の大魔法使いに敬意を示して、残された二人の娘に何かを与えようと思いました。
何をあげようか
迷って迷って、迷った末に、王様は自分達の住む大地を、この世界をあげることにしました。
どこへなりと羽ばたくことを許そう、二羽の鳥よ
世界を見ておいでなさい、そしていつでも戻っておいで
私は、君たちに世界を与えよう、君たちが決めなさい
王様からの言葉を賜ると、二人の娘は自分達の城に帰って支度を始めました。
旅の支度です。
父様や母様の友達や、自分の友達、色々な人に別れを告げました。
そして次の日、大勢の国民に万来の拍手と笑顔で二人は見送られました。
姉のオデットが手を振るうと、大地が割れ、妹のオディールが杖を振るうと、大地ごとお城が浮かび上がりました。
城のバルコニーから姉妹は手を振ります。
どんどんと皆の姿が小さくなっていきます。
白いドレスを着た少女のオデット
黒いドレスを着た少女のオディール
国の皆はその名前を忘れることはないでしょう
そうして、皆の姿が見えなくなった頃
静寂に包まれたお城の中で、姉妹はまた少し泣きました
それが、最後の涙でした
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「姉様」
「なにかしら妹様」
「大変よ姉様、大変なのよ」
「何が大変なのかしら」
「蛇口から紅茶が出るわ」
「どうしたの妹様」
「さっき高度を下げた時の影響かしら、何かあって蛇口からアッサムティーが出るわ、出続けているのよ」
「それは大変ね」
「ええ、大変よ」
「急いでティータイムの用意をしないと、当分紅茶には困らないわね」
「わかったわ、私はクッキーを焼くわ、急いでね」
「エブリタイムティータイムね」
「それはよくわからないわ」
空を飛び立ってからしばらくして、双子の姉妹はそれなりに今の生活を楽しめるようになりました
空を飛び回り、人を、世界を見て回る長い旅
いざやってみれば、それはそれなりに楽しく、それなりに面白いものでした
だって一人じゃないから
姉には妹が、妹には姉がいたからです
だから、この旅をまだまだ終わらせようとは思いませんでした
例え、この旅の先で自分達が死ぬことになろうとも
「…………」
バタバタとクッキーの準備に向かった妹の背中を見送って、姉のオデットは窓から空を見ました
ふと、前に父様と母様が自分達に託した言葉を思い出しました
オデット、オディール、よく聞きなさい
これから父様と母様は命を使ってこの世界の終わりを食い止める
だが、それでも食い止めるだけだ
お前たちの寿命より早く、この世界の寿命が来てしまうだろう
だから、お前たちで決めなさい
お前たちの体の中には、この世界の運命を歪めることの出来る大魔法が眠っている
命を失うかわりに、この世界のおしまいを変えることが出来る
だから、お前たちで決めなさい
旅をしなさい
色んな人を見て、色んな風を感じ、色んな音を聞いて、この世界は自分の命と引き換えに救うに足ると思ったら、その時はその魔法を使いなさい
「……父様、母様、オデットにはまだわからないわ」
「何か言った? 姉様」
いつの間にか、大量のクッキーが乗ったお盆を持ってオディールがそばにきていました。
「いいえなんでもないの、なんでもないわ妹様」
「へんな姉様」
訝しむ妹の頭を撫でると、オデットはバルコニーの椅子に腰かけました
それを見て妹も腰かけます
暖かな陽気の中、二人はティータイムを始めます
バターの香りと、紅茶の香り
とても幸せな気分でした
そう感じることが出来るほどには、姉妹は強くなったのです
しかし、まだまだ、決断を出来るほどには強くありません
二人の少女の命と、世界の命
考えるまでもありません
ですが、姉妹はちょっとワガママです。
あともうちょっとだけ生きていたかったのです
城の中、暗い暗い奥の部屋で父様の形見の時計がカチリ、と音を立てました
だから、これはたった4秒後に終わる物語
白鳥と黒鳥が空を飛ぶ、とても不思議なおとぎ話
