今日は10月31日。つまりはハロウィン。俺としてはクリスマスとバレンタインに次ぐ最悪なイベントの日だ。
 何故か――なんて、訊かなくてもわかるはずだ。

 ほら、もう妹が俺の背後を取って、宣戦布告を告げようとしている。

 俺の部屋だというのに妹は居着き、起きた当初はベッド……もとい隣で添い寝していた。
「ねーねー、おにぃちゃん」
 耳元で、よく聞こえるようにゆっくりと声をかける妹。すぐに立ち上がるが、俺が逃げることを考慮していたのか、羽交い締めをしてくる。
「とりっくおあとりーとっ!」
 無邪気に、そして高らかに叫ばれた。
 どうせこいつにとってハロウィンは口実。本当の目的は俺に対するイタズラ三昧なのだ。
 拘束を解かれ、晴れて自由の身となった俺は妹を見た。
 俺とは似ても似つかぬ美貌の持ち主で、光沢のある黒髪をツインテールに縛っている。服は先折れ帽子に裾の長いローブという、古典的な魔女のコスプレ。
 何よりこの妹は、天音というかわいらしい名前にそぐわぬ、超ドS娘なのである。
 ――しかーし!俺もただされるがままなわけじゃあ、ないっ!
 枕元にこっそりと忍ばせていたあめ玉の袋を天音に突きつける。
「……で?」
 心底冷たい眼差しで心が折れそうです……。
 今にも涙が溢れそうな目を擦り、めげずに天音に立ち向かう。
「あめ玉もお菓子だ。黙って受」
「やだっ♪」
 清々しいまでの即答ありがとうございます……。兄ちゃんは威厳というものについて深く考えてみようかなぁ……。
 思わず窓に手をかけて部屋を飛び出したい衝動に駆られた。
 夢はやっぱり、独り暮らしだな。天音がいない場所で静かに息を潜めて暮らすのがいい。
 現実逃避する俺に呆れたのか、大きなため息が天音の口から漏れた。
 さっきまでの甘えんぼな態度から一転、上から目線の仁王立ちとなる。
「ろくに装飾を施していないお菓子を、私がただで受けとると……?」
 中学生のくせに生意気なやつだ。
 ……でも、俺はそんな女子中学生の尻に敷かれる高校生だったり。
 ただでさえボサボサ頭だというのに、天音はさらに俺の髪を乱す。
「毎年のことだからわかると思うけど、ルールの確認」
 凜とした表情で天音に問われ、記憶の底からハロウィンゲームのルールを掘り出す。

 ちなみにこれは中学校で流行っていた独自の遊びだ。

 天音は急かすことなくやたら手を動かしている。
「ルール1、包装されたお菓子の贈呈成功か、日没まで続く」
 このルールによりさっきのアメは無効だった。
 ちなみに日没を過ぎた場合、仕掛人の方が挑戦者に好きな命令を下せる。
「ルール2、イタズラは限度を考えるものの、大ケガに至らなければ良い」

 これのせいで俺らと同じ中学だった人は、ハロウィンに対して恐怖が募っているのだ。

「ルール3、逃走及び捜索範囲は家に限定する。ルール4、両者仮装の義務」
 一部内容を変更したルールを言い切ると、天音がニマニマと不敵な笑みを浮かべた。ちなみに本来の捜索範囲は学校だ。
「わかってるならいいのよ」

 急に大人びた口調になったけれど、天音の性格が二面性なわけではなく、思ったままの魔女のイメージを演じているだけだ。

 嫌々ながらも俺も吸血鬼らしき仮装をした。

「おい、天音」
 今にも吹き出しそうなほど笑いを堪える天音。すっかり天音の術中にはまっていたことに、今さらながら気がついた。

 あちこちに糸を張り、さりげなく物で道を塞がれている。

「あなたが時間に囚われている間に、他の場所にも大量のトラップを仕掛けさせてもらうわ!」
 つまり、すでに戦いは始まっているのである。
「と、いうわけで……」
 天音は大きく伸びをすると、箒で本棚を崩し、脱兎の如く部屋を出た。
「あっ……!」
 天音に逃げられた以上、俺はお菓子以外の捜索対象が増えてしまった。
 唖然としながら自分の部屋を眺める。
 はためくマントを邪魔だと思いつつ、落とされた本を棚へと戻していく。
 なんとか10分ほどで片付けは済み、ホッと胸を撫で下ろした。
 風で弱々しく揺れたドアが開く。そこから部屋を覗き込む影に反応し、そっと顔を上げた。
「朝っぱらから、お前らなにしてんの?」
「いや、もうおやつの時間でさえ過ぎてるんだけど……」
 実に迷惑そうな表情をしているのは長女の彩歌。今はハンバーガー屋のアルバイトをしているフリーターだ。
 ダボダボなシャツに引きずるほど長い裾のズボン。寝癖だらけの頭。情けない格好だが、寝起きなのでしかたない。
「あー……彩歌が卒業した後に、中学で流行ったハロウィンのゲームだよ」
 かくかくしかじか、とルール説明。
 彩歌は何故か満面の笑みで頷き、自分の部屋へと帰っていく。