種子島宇宙センターの大型ロッケト発射場を望む(ロケットの丘展望所)
日時:9月25日~29日
ルート:羽田~鹿児島~種子島~鹿児島~成田
内容:
鯉太郎が今年の4月から種子島南種子町にある、茎南小学校に1年間の留学をしているが、その小学校で運動会があるというので、娘の義理の両親と合同で種子島を訪ねた。種子島を以前といっても50数年も昔に屋久島の帰りにフェリーで立ち寄った(西之表港)ことがあったが、今回は初めての上陸であった。
茎南小学校は、宇宙センターに最も近い小学校で、今年は12名の留学生を受け入れているが、それでも全校生徒の数は合わせて30名とのこと。一般の町民も参加するその名も「第70回茎永地区公民館・南種子町立茎南小学校合同大運動会」。プログラムは町民参加の内容がいっぱい。まるで70年前にやった故郷の小学校の運動会にタイムスリップしたようで、昔を思い出してすっかり興奮してしまった。例によって、町の役員達の長い挨拶も昔のまま?用意されていた「上ノ町」のテントは我々一同と同じ家にホームステイしている子の名古屋からの一家でいっぱいになった。同席した名古屋の皆さんは、両親と3週間前に生まれたばかり赤ちゃんを含め4人の子供たち。ホームステイ先の方が作ってくれた豪華弁当を食べながら、大人と子供が入れ代わり立ち代わり出演するプログラムを楽しんだ。
茎永地区棒踊り
中でも、3年生以上の児童が踊る種子島伝統の「棒踊り」は圧巻であった。勿論鯉太郎も堂々と踊っていた。薩摩示現流の剣術を彷彿させられた。
運動会の前日(26日)は、二家族で「種子島宇宙センター(TNSC)」を訪ねた(写真上)。センター内の敷地は広大で、JAXAが用意してくれた施設案内バスで見て回った。テレビによく登場する総合司令塔にも入れてくれたがそこは意外と狭く、発射を見られる大きなでデイスプレーが設置されていた。
センター見学の後、二家族は別行動となり、我が家は鯉太郎を入れて4人で島の南部を一周(他家は北部を)、種子島の最南端、門倉岬に行き、鉄砲を持ち込んだという、ポルトガル船が最初に漂着した場所を見た。そこからは、宇宙センターも目の前に見れ、太平洋の広がりを堪能した。その後、島の西側を北上し、大川漁港から、雲の中の屋久島を望んんだ。九州最高峰の宮之浦岳は雲の中であったが、「海のアルプス」と言われる屋久島の山群が見れて感激した。
屋久島・三岳、宮之浦、永田、黒味の山塊が洋上に聳えている
更に北上した先は、ロケットが製造工場される名古屋から種子島に海上輸送され、陸揚げする「島間港」の広大な岸壁を見学。ロケットが運ばれる国道58号線に沿って、宿のある茎永に戻った。巨大なロケットを深夜運ぶ際は、国道は全面通行止めにされ、道路にはみ出した信号灯は回転させて、路上を空けるとのことだった。時速4キロ、茎永を経て、宇宙センターのある竹崎射場までしくしくと進む様はさぞ壮観であろうと思いを巡らせながら、宿に向かった。
天女ケ倉山(238M)より、西を望む
種子島最終日は、夫婦で島の北部を目指した。どうしても外せない「鉄砲館」(伝来記念館)をゆっくり見物。ポルトガル由来の鉄砲を心血を注いで開発した先人の苦労を学んだ。偏に、鉄砲をわがものにできたのは「ねじ」の伝授であった。
鉄砲館の後は、前々日に行って良かったというT家のお勧めで、天女ケ倉山に向かった。後で調べたところ、そこは国土地理院が認める種子島唯一の山で、三角点が設置されているという。島の最高峰は「廻峰」282Mだが、種子島の中心地、西之表市のそばにあるので、面倒なので三角点をこちらに決めたのか?山頂は円形の展望所が設置され、特に、島の西側の海の展望が良かった。今工事が進む「馬毛島」も目の前であった。鉄砲館のすぐそばに、「戦艦大和沈没箇所を望む所」として「夕輝が丘」公園があり、薩摩半島の「坊ノ岬」同様、「大和関係」の遺族が訪れるそうだが、天倉ケ倉山からはもっと近くに見れるのではないか思った。尤も、そこまでのアプローチは大変だが。
アカナの刺身はおいしかった
今回は4泊5日の旅で、最終日は娘がとってくれた鹿児島の城山にある一流ホテル「城山ホテル」に泊まった。そこは、九州地震復興の割引付きクーポン付きで二人4万円のところ1万6千円で泊まることができ、久しぶりに超豪華な旅となった。 (10月9日 記)





