理佐side



この歳になっても、まだ早寝早起きを続けている私。


別に、続けようと努力しているわけではない。


ありがたいことに、私が働いている会社はホワイト企業だからだ。


いつものように今日も定時帰り。


でも、最近はスマホを片手に夜遅くまで起きている。







それは、会いたい人がいるから。







"ピコンッ"






1通のLINEが届いた。






"今暇?"






彼女は、いつもこの言葉で私を呼ぶ。


もう、ストレートに言えばいいのに。






"うん"


"終電なくなっちゃったから、送ってくれない?"


"いつもの居酒屋?"


"うん"


"今から行くから待ってて"






やりとりも、いつもと一緒だ。


たまに飲んでいるお店が違う時もあるけど、ほとんど一緒。


私の家からその居酒屋までは近いけど、彼女の家は真逆の方向にあるので、車でも結構遠い。


終電がなくなったくらいで人を呼ぶな、と言いたいけど、私は彼女に会えればなんだっていい。






1度だけ、タクシーを使わないのかと聞いたことがある。


彼女の返答は、運転手との会話に困るという大人っぽい見た目とは裏腹の可愛らしいものだった。


なぜ私なのかと聞くと、数少ない友人のお願いなんだからいいじゃんと軽く流された。







「数少ない友人じゃなくて、たった1人の好きな人のお願いだから聞くんだよ……」







私がもっと自分に自信があったら、こんなこと簡単に言えてた。


でも、今の私には1人で呟くのが精一杯だ。











いつもの居酒屋の前に車を停めると、顔を少し赤く染めた女の子が近づいてきた。






「やっほ〜」


「…相変わらず人使い荒いね」


「そっちこそ相変わらず暇だね、1時半にLINEして来てくれる人なかなかいないよ」


「誰かさんのLINEで起こされるんで」


「ふーん…その割にはすぐ来てくれるよね」


「…夜中に1人で置いておく訳には行かないでしょ、変な人に捕まったら困るし」


「…え、もしかして心配してくれてるの?」


「…」


「…はいはい、冗談ですよ〜」






本気に決まってるって言ったのは心の中の私で、口に出すことはできないし、出そうとも思ってない。


この距離感で、いい。


この距離感に、まだ甘えていたい。






彼女の家の方向まで走らせていると、道路工事をしているらしく渋滞になっていた。






「うわ、渋滞だね」


「…せっかくだし、ドライブしようよ」


「ドライブ?」


「うん、夜中にドライブするのちょっと憧れない?」


「…全然」


「理佐はそうかもしれないけど…私はやってみたいことトップ10ぐらいには入る」


「結構高いね」


「10の中の1つを達成する瞬間に立ち会えるなんて、理佐さん光栄だと思いませんか?」


「…」






なぜか自慢げに誘われた。


このタイミングで、明日は会社が休みということを思い出した。


オールしても問題ない。


ずっと彼女と過ごせる。






「…分かったよ」


「やったー!」


「…」


「今、子供だなって思ったでしょ?」


「うん思った」


「そこ即答しないでよ」


「じゃあ海沿いとか行こうかな」


「はい、話晒した〜」


「ふふっ」






「ちなみにさ、由依のやってみたいことトップ10って、他には何があるの?」


「んー……幸せに暮らしたいとか」


「へぇ…」


「今もそこそこ幸せだけど、大切な恋人ができたらもっと幸せだろうなって思う」


「……由依ならすぐできるよ」


「ううん、なかなか上手くいかないよ」


「好きな人…いるの?」


「…うん」






傷つかなかった。


むしろ、恋人がいないことが不思議だと思う。


彼女が可愛くて美人だってことぐらい知ってるし、素敵な人が近づいてもおかしくない。


きっと彼女のタイプの人が現れて、惹かれたんだろう。


どうせその恋は実るだろうし、そしたら彼女は幸せになる。


だから、傷つかなかった。











傷ついてない、多分。











「海もうすぐ?」


「あぁ…うん…」


「……あ、見えた、見えたよ理佐!」


「…ふふっ、そうだね」






失恋したはずなのに、隣でそんなに楽しそうにされたらこっちまで笑顔になっちゃうじゃんか。






「ねぇ!ちょっと降りようよ!」


「え?」


「海で遊ぼう!」


「こんな時間に?」


「こんな時間だからだよ!」


「はいはい…」






「海綺麗…」


「季節外れだけどね」


「細かいことは気にしない!」


「はーい…」


「………ねぇ理佐?」


「ん?」


「私のしたいことトップ10の1位教えてあげようか?」


「うん…何?」











「理佐を彼女にしたい」











「………え?」


「好きだよ、理佐」


「え、さ、さっき好きな人いるって…」


「理佐のことだよ」


「…ほ、本当に?」


「理佐に会いたくて、終電の時間まで飲んで、迎え来てもらってた」


「…」


「渋滞って言われて、これはチャンスかもって…いつまでもこの状態続けるのは申し訳ないし」


「そっか…」


「それで、その…」







「…はい、私を彼女にしてください」







「…いいの?」


「由依じゃなきゃ、1時半にわざわざ迎えに行かないよ」


「え…理佐も私のこと…」


「……うん」


「信じられない…理佐って優しいけど冷たいから振られるかと思ってた…」


「…どういうこと?」


「LINEの返信は早いけど、車の中で話すのは私ばっかりだから…」






「好きな人が助手席に乗ってるんだから緊張するに決まってるでしょ!」






真夜中の海辺に、私の声が響いた。






「…」


「あ、いや、違う、くないけど…」


「…ふふっ、嬉しい」


「……じゃ、帰るよ」


「え、待ってよ〜」






再び2人で乗って、車を走らせた。






「これから…どうするの?」


「…乗ってれば分かるよ」











私は、彼女の家の真逆の場所に目的地を設置した。