硝子越しに月を眺むること幾星霜、我は未だ一度として、その輪郭の曇りなきを見しことなし。
されど、それは天の気紛れにあらずして、我が心の靄の顕現に相違なきこと、近頃になりてようやく思い当たりたる次第に候。
昔、京橋の裏長屋にて書生生活を送る折、夜毎に仰ぎ見し月も斯くの如く、やや蒼白にして、その姿は硝子障子に映り、ただ静かに我を見下ろし候。
友人Kは曰く、「月は詩人の魂を映す鏡なり」と。
されば我が見し月の歪みは、即ち我が心の歪みなりしや。
友人Kは、生涯にわたりて幾度か我が部屋を訪ね来たりしが、その度ごとに煙草の煙を燻らせながら、硝子越しの月を眺めては、何事か口の端に浮かべておった。
ある晩、殊に静かな春の夜、彼はいつになく真面目な面持ちにて、ぽつりと曰ふ。
「君、月というものは常に遠く、我々の手には届かぬものだと思うか。」
我は、返答に窮ししながら、ただ硝子に映る己の顔を見つめていた。
確かに、月は常に彼方にあり、ただ視ることは出来ても、触ることは叶わぬ。
Kは、それが人生における理想や幸福の象徴であるとでも言いたきようであった。
「近づけば歪むのは、月か、それとも我々自身の眼か――」
その言葉は、以来、我が胸に深く残りし一節となりぬ。
月が歪んで見ゆるのは、硝子の曇りのせいか、はたまた己の心が未だ清澄ならざるがゆえか。
書物では答え得ぬ問いに、我は幾度となく思索を重ねた。
やがて、Kは疎遠となり、ついには消息さえ絶えぬるに至れり。
我が部屋に残されしは、古き煙草の匂いと、硝子越しの月のみなり。
今宵もまた、その月は黙して我を見つめ、我もまた、何の答えも得ぬまま、それを仰ぐばかりに候。
月の見ゆる夜は多くあれど、Kと共に語らいし月は、幾歳経てもなお、記憶の内にやはらかく灯りてありぬ。
そんな折、一通の書簡が我が手元に届きたり。
差出人の名は見覚えなきも、文の調子に、どこかKの面影を覚えた。
我は畏れ多くも封を切り、筆致を辿るうち、ある一節にて手が止まる。
「先生、貴君と語らいしあの春の月が、我が父の人生を変へたり。
あれより父は心の硝子を磨かむと日々努め、遂には人に恵まれ、子に恵まれ、いま静かなる日々を送るに至りました。」
差出人は、Kの息子なる由。
父より常に「書斎の硝子越しに月を見た先生」の話を聞かされしという。
彼は我に深く礼を述べ、いつかその硝子の前で共に月を眺める日を願うと結んでいた。
我は文を胸に抱きて、ふと硝子の向こうを見る。
春の月は、あの日のまま、静かに浮かびておりぬ。
されど今宵のそれは、歪みなく、どこまでも清く、まるでKの遺した言葉が我が心の靄を拭い去りたるかの如し。
我は硝子戸を開け、夜風に身を委ねながら、小さく呟く。
「Kよ、月は未だ遠くとも、心は届くものと知りぬ。」
そしてまた、月はただ黙して、我と共に在りぬ。
あとがき
この物語は、ある春の晩に月を見上げていた折、ふと胸に浮かびし光景より紡がれたものである。
硝子の曇りとは、己の心の曇り。
人と人との縁は、時を超えてなお灯りて、静かなる月の如く、誰かの夜を照らす。
願わくは、この小さき物語が、読む人の心にやはらかな光を一片でも留め得たらば、幸いに候。