これは、夢か。

否、夢に似たるものかもしれぬ。

けれども我は、この夜のことをただの夢と片づけるを、どうにも惜しく思うのである。


かつて我は、十の夢を見たりしことあり。

そのいずれもが、胸の裡に深き皺を刻みぬ。

然るにこの十一の夜は、それらのいずれとも異なり、醒めたるのか、醒めざるのかさえ、今となりては定かならぬ。


或る夜、我は灯を落として、ただ障子の向こうの月を見つめていた。

風はなく、蝋燭は微かに揺れ、部屋の隅に置かれた墨壺の香が、夢か現か、鼻先をかすめた。


そのとき、不意に誰かが戸を叩いたのである。

こんな夜更けに、訪い来る者などあるまじきに。

思わず「どなた」と問うたが、返事はない。ただ、戸の向こうに影ひとつ、月明かりに淡く浮かんでおる。


我は立ち上がり、戸を開けた。

するとそこには、十年前に亡くなりし女が、静かに立っていた。


彼女は何も言わず、ただ一つの木箱を我に差し出した。

その中には、一冊の古びた日記帳が収められており、表紙にはただ、こう記されていた。


「夢十一夜」


**

我はそれを受け取り、女の姿に目を戻さんとしたが、既にそこには誰も居らぬ。

風ひとつ吹かぬ夜、月だけがただ、何もなかったように輝いていた。


部屋に戻り、我は火鉢に炭をくべ、ゆっくりとその日記を開いた。

頁は黄ばみ、文字はかすれていた。

書き手は――明らかに我自身であった。


それは、見覚えのない夢の記録であった。


ある頁には、こうあった。


「第六夜――男が見た鏡には、自分の顔ではなく、女の死に顔が映っていた。女は、十年前に水底に沈んだはずである。」


我は息を呑んだ。思い出す。

十年前の、あの夜。

雨が降りしきる中、彼女と別れた橋の上。

言葉少なに、我が背を見送ったあの姿。

そして翌朝、川の底から引き上げられた冷たき彼女の手。


だが――この夢は、誰が書いたのか。

我が記憶には、これを書きし覚えはない。

されど筆跡は、確かに我のものに相違なし。


頁を捲るごとに、夢は次第に我が現(うつつ)に滲み入ってくる。

現が夢か、夢が現か。

その境は、墨が滲むが如く、徐々に曖昧になりていく。


やがて、最後の頁に至り、そこにはこう記されていた。


「十一夜――女が戸を叩く。男は日記を開く。最後の夢が、現を終わらせる。」


我はふと顔を上げた。再び、戸を叩く音がした。


今度は、返事をする暇もなかった。


**

朝、近隣の者が異変に気づきて、我が部屋を訪れしとき、そこには誰の姿もなかりけり。

ただ、床の間に一冊の古びた日記が置かれ、「夢十二夜」と題された新たなる頁が、白きまま開かれていたという。


誰がそれを読むのか、誰がそれを綴るのか――


それは、夢十夜より、さらに遠き夜の話に候。


あとがき


「夢十夜より遠く」は、“夢の続きを見てはいけない”という、誰しもが心のどこかに抱く畏れから生まれた幻想である。

夢が語りかけるものが慰めであるとは限らず、時にそれは、静かな闇の手のように、人をさらう。


今宵、あなたが見る夢が、十夜で終わりますように――