中村彩は、毎年欠かさず祖母から誕生日に手紙をもらっていた。祖母は古風な人で、いつも手書きの手紙を送ってくれた。その手紙には彩への愛情や優しい言葉がぎっしりと詰まっており、彩にとって何よりも大切な宝物だった。だが、昨年、祖母が亡くなってからは、手紙をもらうこともなくなり、彩は一抹の寂しさを感じていた。
今年も誕生日が近づいていたが、祖母からの手紙はもう届かない。そう思うと、彩は心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになっていた。
そんなある日、彼女の家のポストに一通の手紙が届いた。それは、見覚えのある、祖母の筆跡で書かれた封筒だった。驚いた彩は、手紙を震える手で開封した。
「彩へ、お誕生日おめでとう」
それは、確かに祖母の書いた手紙だった。中にはいつも通り、彩を気遣う言葉と優しさに満ちたメッセージが綴られていた。
「でも、どうして…?」祖母はもう亡くなっている。なぜこんな手紙が届いたのか、彩には全く理解できなかった。
彩はその手紙を見つめながら、祖母のことを思い出した。もしかしたら、祖母が生前に用意していた手紙が、何らかの形で今になって届けられたのかもしれない。そんな風に考えようとしたが、それでも不安は拭えなかった。
手紙の最後に書かれていた一文が、彼女の心を引っかけたのだ。
「この手紙が届くころ、私はあなたと話したいことがある。」
***
その日から、彩は奇妙なことを経験するようになった。夜中になると、家の中で微かな音が聞こえてくるのだ。まるで誰かが部屋を歩き回っているかのような足音が、静かな夜に響く。
最初は風の音か何かだろうと自分に言い聞かせていたが、次第にその音は頻繁に、そして明確になっていった。足音が聞こえるたびに、彩は祖母の手紙のことを思い出していた。
「…おばあちゃん?」
そう思わず声に出してしまうこともあったが、返事が返ってくることはなかった。
ある夜、ついにその足音が、彩の部屋の前で止まった。彼女はベッドの上で凍りつき、心臓の鼓動が耳に響くほど緊張していた。
扉がゆっくりと開き、微かな影が現れた。暗がりの中、彼女はその影がどこか懐かしいものだと感じた。影は彼女に近づき、そして、優しく語りかけた。
「彩、私よ…おばあちゃん。」
その声は、まさしく祖母のものだった。彩は涙を浮かべながら、恐る恐る声を絞り出した。
「おばあちゃん…どうして?もう亡くなったはずじゃ…」
祖母の影は、穏やかに微笑んでいるように見えた。「そうよ。でも、どうしても最後に伝えたいことがあったの。」
「何を…?」
祖母は静かに答えた。「私は、あなたがこれからも幸せでいることを願っている。それが私の最後の願い。彩、過去に縛られることなく、自分の道を進んでいきなさい。」
彩はその言葉を聞き、祖母の愛情を感じて涙が止まらなかった。
「でも、どうして今…?」
祖母は静かに微笑んだまま、最後に言葉を残した。「あなたが強く生きていけると確信したから、こうして最後の言葉を伝えに来たのよ。」
そして、祖母の姿は徐々に薄れていき、まるで霧のように消え去った。
***
翌朝、彩は夢のような出来事を思い出しながら、手元に残っていた手紙を見つめていた。祖母の手紙は、確かに存在していた。しかし、その手紙はまるで時空を超えて届いたかのようだった。
祖母の最後の言葉は、彩の心に深く刻まれた。彼女はもう迷わない。祖母が願ったように、過去に縛られることなく、自分の未来に向かって進んでいこうと決意した。
祖母からの手紙は、彼女にとって、ただのメッセージではなかった。それは、未来を生きるための贈り物だったのだ。