※こちらは、
祭さんのハーフバースデーに捧ぐ、
艶友うぬちゃんとのリレー小説です。


未読の方は
からどうぞ♡






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-- 8 紅掛空の間 --








お座敷と廊下とを隔てる襖に、もう何度も手を伸ばしては引っ込めている。


今日はこういう日なんだ。それは鈍い私にも理解できた。今日は何故かこういう日、今まで生きて来たすべての中で、よくも悪くも一番引きの強い日なんだ。

それを理解してしまいながら、このお座敷に入るのはとても勇気のいることだった。


(だって……)


まだそう遠い思い出にもなっていない、初めて会った日のことを思い出す。

何も知らないばかな私を、お姫さまのように扱って、猫のように存在丸ごと撫でられて、みっともなく骨抜きになったあの夜……。


あれから何度か、彼のお座敷に呼ばれてはまた、目も合わせられないほど翻弄されて……。

免疫がつくどころか、ますます彼の香りに弱くなっている気さえする……。

『今日の私』がこのお座敷に入ってしまったら一体何が起こるんだろう…。


(しかも、ここが、今日最後のお座敷だから……)


誰からも中断されることは…無くて……。


「ーーっ」


あられもない展開を想像してしまって、やっぱり入れないと、熱っぽいため息を震わせながら両手で瞼(まぶた)を押さえた。

正座を組んだ足で、指先だけわちゃわちゃと動かしてみても興奮は逃げない。

赤い顔でふと廊下の先に目をやると、強面の揚屋の番頭さんが怪訝そうにこちらを見ていて、恐怖から慌てて襖を引いた。


「こ、こんばんは。菖浦さんの名代で参りました祭です!」

(……うわ…)


自分で聞いて呆れるほど、色気の無い挨拶になってしまった。恥ずかしくて、なかなか顔が上げられないまま数秒……。

うなじにうっすらと汗がにじんで、そんなの枡屋さんの場所から見えるわけが無いのに、隠したくて顔を上げた。


「………………」


(……嘘……)


お膳のあちら側に隠れるように寝転んだ姿に、さっきまでとは種類の違うドキドキを抱えつつ静かに傍へ寄った。


「…………寝て…る…?」


寝息さえ聞こえないけれど、呼吸に合わせて胸が僅(わず)かに上下していた。
枡屋さんが、眠っている。


頭の近くに正座して、彼を見下ろすだけで、なんだかとてもいけないことをしている気持ちになるのはどうしてだろう…?

相手は私がここにいることさえ認識していないのに、ドキドキが高まる一方なのは…?



窓辺に吊るされた風鈴がチリンとなって、見張られているような心地がした。私が、眠る枡屋さんに変なことをしないように、深い夜がお酒の匂いに満ちたこの部屋を見ている。


「……私を…待っていて…くれたんですか…?」


彼には解らないことが多すぎた。

お座敷中は私との時間を楽しんでくれているような錯覚に陥(おちい)るけど、情を残さないような去り際にはいつもひどい孤独を感じた。


「枡屋さん……」


色香をまといすぎている、大人の肌……。その香りにつられるように伸びていく指を、どこか他人事のように眺めていた。


「ーっ!」

「きゃ……っ」


彼の目元にそっと触れた刹那に、枡屋さんの目が見開かれて、手首を強く掴まれた。

そこに居たのが私だと認めると、パッと離されたけれど、腕には赤く跡が残るほど。


「す、すんまへん…!」

「あっ…いえ…!私の方こそ申し…」

「痛くはありまへんか?」


慌てて起き上がった彼は心配そうに、私の手首を両手で擦った。


「だ、大丈夫ですから…!」


あんな風に目を覚ますなんて思っていなかったから驚いたけれど、痛みはなかった。

それよりも、ただ誘われるまま軽率に触れてしまったことへの後悔が胸を占めていた。

彼がいつも私に見せないようにしていた、退席後の彼の姿を無理に見てしまったんだと思うと時間を巻き戻して欲しかった。


「……枡屋さん…ごめんなさい…」


どうにか声になっただけの小さな謝罪に、少し驚いたような顔を向けられて、何故だ
か少しだけ、ほっとする。


「なぜ祭はんが……。あんさんに酷いことをしたのはわての方や」


なぜ謝るか、それを言葉にして答えてしまったら彼はきっともう私には会いに来てくれない。なんとなくそう確信して、膝に置いた手をぎゅっと握った。


「……あの…うたた寝が…そんなにいけないことですか?」

「……祭はん…?」

「ここじゃなくてもいい…。枡屋さんがうたた寝をしてしまっても…笑える場所が……どこかに、ありますか…?」

「…祭…」


どうしてだかじわじわと湧いてくる涙が止められずに、滲んだ私の声を聞いて、枡屋さんの大きな手のひらが労るように重ねられた。


「……ほんまに、あんさんは……おおきに。せやけど…わてのような男にはそもそもそないな場所を持つ資格が」


続きを言わせたく無いばかりに、気がつけば枡屋さんの口元に指を当てて隠していた。


「そんなこと言わないでください。気の休まる場所が要らない人なんて居ない…。それがどこにも無いなら…私が、枡屋さんの…」


唇に触れていた指を強く引かれて、そのまま彼の胸に倒れこんだ。口も開けないほど強く、そのまま熱い腕に抱きしめられる。


「…堪忍…。それ以上は言わんとっておくれやす」


ぎゅっと、彼の胸に押しつけられるように力が込められる。


「今、あんさんに甘えてしもたら…傷つけてしまうさかい………お願いします…」

「私は…!」

「祭はんやのうて…。あんさんを大事に思う人達を傷つけてしまいます」


枡屋さんは私が何も言えなくなる方法を解っている。
腕の中で複雑な顔をしている私を覗きこんで、少しだけ微笑んだ。


「……困ったことに、その中にはわても含まれとるんです」


内緒話を打ち明けるように、丁寧に囁いた彼の顔はいつもより幾分素顔に近いように感じた。


「いつか……。そん時が来たら、祭はんを抱いたままのんびりと微睡(まどろ)ませておくれやす」


夜も更けて、人が減り……。

静かになった揚屋の一室で、私達はそっとそっとお互いを慰め合うように、ただ優しく抱き合っていた。






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紅掛空の間、終わり。




祭さん、長い長い一夜お疲れさまでした(*´ー`*)♡


これで全ての旦那さまのお座敷を終えましたので、花里ちゃん達と置屋に…………





ーーん?

あ、ちょっと、待ってください。


まだ少しだけ…今日が残っているようですよ…♡




詳しくは、

明日7月25日20時に
うぬちゃんのブログにて……[壁]´艸`*)






もうひとふんばり、おきばりやす