続きものです。
前編は⇒こちらから♡
------------------------------
「じゃあ、こうしようか」
慶喜さんからの提案を聞いた私は、背もたれの無いスツールの上からバタリと後ろへ倒れそうになった。
「丁度新しいブレンドを作りたいと思っていたんだ。……それを、手伝ってくれる?」
「……ブレンドって…もしかして…このお店の紅茶の…ですか?」
恐る恐る尋ねる私に、彼はあっさり「そう」と微笑んだ。
a de cafe のブレンドティーと言えば、たくさんの紅茶派の聖域だ。
その聖域の創作に、何の知識も無い私が踏み込むなんてとても出来ないと慌てて辞退すると、彼はそんな評判なんて、なんでも無いことのように笑った。
「大丈夫、何も君にまかせようって言うんじゃないよ。ただ、意見を聞かせて欲しいんだ。それなら……いいかな?」
------------------------------
「おいしい……イチヂクからお花の香りがします…」
「うん。無花果を煮る時にね、ワインと一緒にラベンダーも入れたんだ」
結局ジンジャーミルクティーどころか、無花果のタルトまでご馳走にながら、私はしみじみと彼の織り成す香りの、卓逸したセンスに酔いしれていた。
慶喜さんはその間に茶葉やハーブが入った瓶をいくつも取り出してカウンターへ並べていく。
「すごいたくさんある……ここからあの美味しい紅茶達が生まれるんですね…!」
「冬の間はどうしてもドライが中心になるけど、春になったらフレッシュハーブも加わるからもっと鮮やかになるよ」
最後にポットやカップをいくつかトレイに乗せると、それを手に彼もカウンターの外側へと来て私の隣に立った。
「そうだな…」
カウンターの上にところ狭しと並べられた瓶。彼の向こう側のものもあれば、当然私のすぐ傍のものもある。
立ったまま後方から手を伸ばすものだから、骨の輪郭が伝わるようなその手が近くを通る度に、無意識に肩をすぼめてしまう。
今までに無い距離感に、秘かに緊張しながらじっと見守っていると、彼は数種類の瓶を選んで手前の方に並べた。
「この辺りなんて……どうかな?」
軽く振ってから蓋を開けて、すっと香りを確かめる姿が美しくて参った。
遠慮がちに凝視する私に視線を合わせて微笑むと、今度はその瓶を私の前に差し出した。
確かめてみて、と言わんばかりに。
(その手に持ったままとか……罪…)
どきどきしながら控えめに吸い込むと、とてもいい香りがした。
「…アールグレイ……?」
「正解。君が好きなアールグレイの香り付けに使われるベルガモットだね」
「あ、香り付……」
返事の途中で言葉が途切れたのは『君が好きな……』という言葉が脳まで届いたから。
固まる私に構わずに、彼は次の蓋を開けた。
「ラベンダー。それから……」
そこに並べられたハーブ達はどれも私の好きな香りばかりで、説明してくれる彼の顔を今度は無遠慮にじっと見つめてしまった。
「どうして……解るんですか?」
「んー、顔かな」
顔から好きな香りが解るなんてすごい!思わず頬を隠すように手を当てたまま、そう賞賛しようとすると「嘘だよ、ごめん」と笑われた。
「君はいつも……俺が淹れたものを幸せそうに飲んでくれるからね。好きなブレンドを見つける度に、ここから遠い窓際の席で口許を可愛く綻ばせてる……」
「……は……恥ずかしい、です…!」
まさかそんな風に見られていたなんて思いもしなくて、押さえたままの頬がじわじわと熱くなる。
「専門知識を並べて讃えられるよりも、そういう素直な反応の方が俺には嬉しいんだよ。また、笑わせてみせようって、いつも思ってた」
少し照れくさそうに笑いながら、だけど言葉の終わりには改めてこちらへ向き直った。
頭の中の小人達だけが、チャンスだチャンスだと叫ぶけれど、身体は金縛りにあったように動かせない。
だけど次の瞬間には、私はくるりと慶喜さんと向かい合う形になった。座面が回転するスツールを、慶喜さんが私を乗せたまま回したからだ。
「いつも、ありがとう」
「……そ…!そんな……!こちらこそ…いつも幸せな気持ちにしてくれて、ありがとうございます…」
ありがとう、ありがとうって。
お礼を言い合ったことが、なんだか少しくすぐったくて可笑しくて……。
二人してくすくすと笑えば、彼を今までよりもずっと近くに感じられた。
------------------------------
与えてくれる選択肢から、私が好きなものを指差して……。
彼がそれらの分量や合わせるリーフを選んできれいに調律してくれた。
ポットの中で蒸らされた茶葉は、カップに注ぐと清らかなお花にひと匙だけオリエンタルなスパイスが香るハーブティーとなった。
「……うん、いいね」
「美味しい……」
二人で作り上げた新しいブレンド紅茶。作業に夢中になっていたのか、窓から差し込む光はいつのまにか、昼の陽の熱量を持ちつつあった。
「名前を付けてあげないとね」
慶喜さんはカップを持っていない方の手で、合わせたばかりの茶葉が入ったまだラベルの無い瓶を持ち上げた。
(どんな名前になるのかな…)
わくわくしながら硝子瓶の向こうへ思考を巡らすような、彼の姿を見守っていた。
「 …À côté de moi」
「……ア…コテ…?」
「 À côté de moi。フランスの言葉だね」
「どういう意味なんですか?」
「……さぁ…。どういう意味でしょう?」
慶喜さんはカウンターに肘掛けて、ふふんと笑ってみせる。
当たり前に教えてもらえると思っていた私は、突然に意地悪をされて呆気にとられた。
「な、なんでそこで秘密にしちゃうんですか?」
「あはは」
「悔しい……!もう一回言ってください」
「勿論」くすりと笑うと、私の目をじっと見つめながら、ゆっくりと繰り返した。
「 …… À côté de moi 」
「 ア コテ ドゥ…モワ ?」
「…喜んで」
「…………??!」
言葉の意味の切れ端すら解らずに、じたばたする私のことを彼はいつまでも楽しそうに笑っていた。
---------------
駅のホームで電車を待つ間、線路の上を吹き抜ける風からはもうふわりと心地よい春の匂いがした。
(結局教えてくれないんだもん……あんな意地悪をするなんて)
今日知ったばかりの慶喜さんの新しい一面に、言葉では悪態をつきながらも、頬がじわじわと緩んでくるのを止められない。
眩しい光の中で、少し見えにくくなった液晶画面に向かって、慶喜さんの真似をするみたいにして、さっきの言葉を呟いてみる。
「 … ア コテ ドゥ モワ 」
快速電車が風を起こして、私の前を通過していく。
髪をとかした手で光を遮るように
液晶を覆うと、言葉の和訳がはっきりと目に届いた。
『 À côté de moi …
… 私の隣にいて 』
------------------------------
今日の1杯:慶喜さんとのオリジナルブレンドティー♡
………でした♡(*´ェ`*)゚.+:。
(でした♡じゃない)
どんなブレンドになったかは、皆さんと慶喜さんにお任せします…♡
これで、私個人の a de cafeはおしまい。
カフェは良い。楽しかったです♡
企画の期間は 23日いっぱい まで延長しておりますので、もう少しだけ幸せのカフェ通いを続けさせてもらいたいと思います
♡
前編は⇒こちらから♡
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「じゃあ、こうしようか」
慶喜さんからの提案を聞いた私は、背もたれの無いスツールの上からバタリと後ろへ倒れそうになった。
「丁度新しいブレンドを作りたいと思っていたんだ。……それを、手伝ってくれる?」
「……ブレンドって…もしかして…このお店の紅茶の…ですか?」
恐る恐る尋ねる私に、彼はあっさり「そう」と微笑んだ。
a de cafe のブレンドティーと言えば、たくさんの紅茶派の聖域だ。
その聖域の創作に、何の知識も無い私が踏み込むなんてとても出来ないと慌てて辞退すると、彼はそんな評判なんて、なんでも無いことのように笑った。
「大丈夫、何も君にまかせようって言うんじゃないよ。ただ、意見を聞かせて欲しいんだ。それなら……いいかな?」
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「おいしい……イチヂクからお花の香りがします…」
「うん。無花果を煮る時にね、ワインと一緒にラベンダーも入れたんだ」
結局ジンジャーミルクティーどころか、無花果のタルトまでご馳走にながら、私はしみじみと彼の織り成す香りの、卓逸したセンスに酔いしれていた。
慶喜さんはその間に茶葉やハーブが入った瓶をいくつも取り出してカウンターへ並べていく。
「すごいたくさんある……ここからあの美味しい紅茶達が生まれるんですね…!」
「冬の間はどうしてもドライが中心になるけど、春になったらフレッシュハーブも加わるからもっと鮮やかになるよ」
最後にポットやカップをいくつかトレイに乗せると、それを手に彼もカウンターの外側へと来て私の隣に立った。
「そうだな…」
カウンターの上にところ狭しと並べられた瓶。彼の向こう側のものもあれば、当然私のすぐ傍のものもある。
立ったまま後方から手を伸ばすものだから、骨の輪郭が伝わるようなその手が近くを通る度に、無意識に肩をすぼめてしまう。
今までに無い距離感に、秘かに緊張しながらじっと見守っていると、彼は数種類の瓶を選んで手前の方に並べた。
「この辺りなんて……どうかな?」
軽く振ってから蓋を開けて、すっと香りを確かめる姿が美しくて参った。
遠慮がちに凝視する私に視線を合わせて微笑むと、今度はその瓶を私の前に差し出した。
確かめてみて、と言わんばかりに。
(その手に持ったままとか……罪…)
どきどきしながら控えめに吸い込むと、とてもいい香りがした。
「…アールグレイ……?」
「正解。君が好きなアールグレイの香り付けに使われるベルガモットだね」
「あ、香り付……」
返事の途中で言葉が途切れたのは『君が好きな……』という言葉が脳まで届いたから。
固まる私に構わずに、彼は次の蓋を開けた。
「ラベンダー。それから……」
そこに並べられたハーブ達はどれも私の好きな香りばかりで、説明してくれる彼の顔を今度は無遠慮にじっと見つめてしまった。
「どうして……解るんですか?」
「んー、顔かな」
顔から好きな香りが解るなんてすごい!思わず頬を隠すように手を当てたまま、そう賞賛しようとすると「嘘だよ、ごめん」と笑われた。
「君はいつも……俺が淹れたものを幸せそうに飲んでくれるからね。好きなブレンドを見つける度に、ここから遠い窓際の席で口許を可愛く綻ばせてる……」
「……は……恥ずかしい、です…!」
まさかそんな風に見られていたなんて思いもしなくて、押さえたままの頬がじわじわと熱くなる。
「専門知識を並べて讃えられるよりも、そういう素直な反応の方が俺には嬉しいんだよ。また、笑わせてみせようって、いつも思ってた」
少し照れくさそうに笑いながら、だけど言葉の終わりには改めてこちらへ向き直った。
頭の中の小人達だけが、チャンスだチャンスだと叫ぶけれど、身体は金縛りにあったように動かせない。
だけど次の瞬間には、私はくるりと慶喜さんと向かい合う形になった。座面が回転するスツールを、慶喜さんが私を乗せたまま回したからだ。
「いつも、ありがとう」
「……そ…!そんな……!こちらこそ…いつも幸せな気持ちにしてくれて、ありがとうございます…」
ありがとう、ありがとうって。
お礼を言い合ったことが、なんだか少しくすぐったくて可笑しくて……。
二人してくすくすと笑えば、彼を今までよりもずっと近くに感じられた。
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与えてくれる選択肢から、私が好きなものを指差して……。
彼がそれらの分量や合わせるリーフを選んできれいに調律してくれた。
ポットの中で蒸らされた茶葉は、カップに注ぐと清らかなお花にひと匙だけオリエンタルなスパイスが香るハーブティーとなった。
「……うん、いいね」
「美味しい……」
二人で作り上げた新しいブレンド紅茶。作業に夢中になっていたのか、窓から差し込む光はいつのまにか、昼の陽の熱量を持ちつつあった。
「名前を付けてあげないとね」
慶喜さんはカップを持っていない方の手で、合わせたばかりの茶葉が入ったまだラベルの無い瓶を持ち上げた。
(どんな名前になるのかな…)
わくわくしながら硝子瓶の向こうへ思考を巡らすような、彼の姿を見守っていた。
「 …À côté de moi」
「……ア…コテ…?」
「 À côté de moi。フランスの言葉だね」
「どういう意味なんですか?」
「……さぁ…。どういう意味でしょう?」
慶喜さんはカウンターに肘掛けて、ふふんと笑ってみせる。
当たり前に教えてもらえると思っていた私は、突然に意地悪をされて呆気にとられた。
「な、なんでそこで秘密にしちゃうんですか?」
「あはは」
「悔しい……!もう一回言ってください」
「勿論」くすりと笑うと、私の目をじっと見つめながら、ゆっくりと繰り返した。
「 …… À côté de moi 」
「 ア コテ ドゥ…モワ ?」
「…喜んで」
「…………??!」
言葉の意味の切れ端すら解らずに、じたばたする私のことを彼はいつまでも楽しそうに笑っていた。
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駅のホームで電車を待つ間、線路の上を吹き抜ける風からはもうふわりと心地よい春の匂いがした。
(結局教えてくれないんだもん……あんな意地悪をするなんて)
今日知ったばかりの慶喜さんの新しい一面に、言葉では悪態をつきながらも、頬がじわじわと緩んでくるのを止められない。
眩しい光の中で、少し見えにくくなった液晶画面に向かって、慶喜さんの真似をするみたいにして、さっきの言葉を呟いてみる。
「 … ア コテ ドゥ モワ 」
快速電車が風を起こして、私の前を通過していく。
髪をとかした手で光を遮るように
液晶を覆うと、言葉の和訳がはっきりと目に届いた。
『 À côté de moi …
… 私の隣にいて 』
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今日の1杯:慶喜さんとのオリジナルブレンドティー♡
………でした♡(*´ェ`*)゚.+:。
(でした♡じゃない)
どんなブレンドになったかは、皆さんと慶喜さんにお任せします…♡
これで、私個人の a de cafeはおしまい。
カフェは良い。楽しかったです♡
企画の期間は 23日いっぱい まで延長しておりますので、もう少しだけ幸せのカフェ通いを続けさせてもらいたいと思います