
師走にもなれば、この時代の京はとても冷えた。
お座敷での空気も室内とはいえ しんとした冷たさがある。自然と暖を持ち寄るように、お客さまと私達の物理的な距離も心なしかこれまでの季節よりも近くなっていた。
それは、今日のお座敷でも例外ではなくて……。
お酌などで手を動かす度に、ふとお互いの袖が触れ合うような近さに、さっきから胸はトクトクと甘い緊張に満ちていた。
「……随分と寒くなってきたね。流行りの風邪は熱が上がるそうだけど、藍屋の皆は大丈夫かな?」
「は、はい…!まだ誰も…本格的に風邪を引いたりはしてないです」
これほどの至近距離で慶喜さんの顔を見ることにも見られることにも慣れてなくて、お座敷中にいけないとは思っても、どうしても視線が彼の手元へと逃げてしまう。
「今年も飲まされてるの…?…あれ…」
伏せがちな私の視線をすくい上げるようにして、冗談めかした顔で べっと、小さく舌先を見せた。
「あれ…って……秋斉さんの……」
「特製生姜湯……」
今飲んだわけでもないのに、お互いに少し歪んでしまった顔を見合わせて、思わず吹き出した。
藍屋の遊女は、流行り病の蔓延しがちな島原でも比較的元気に過ごせていると思う。それは毎年この季節になると厳かにお出ましになる、ちょっとだけ喉元を通りにくい秋斉さんの有り難い特製生姜湯のおかげなのかも知れない。
「あれ、なんで普通の生姜の味じゃないんだろう?絶対変な薬とか混ぜられてるよね」
一度飲んだ人なら身に染みて解る慶喜さんの疑問や、あの生姜湯の原液は秋斉さん自身が作られてるのか否かについて、じゃれ合うように笑い合った。
「でも…」
「……ん?」
「あの、でも…。私達はみんな、優しい楼主に感謝しているんです。慶喜さんも……いつも私達を気にかけてくださって、本当にありがとうございます」
心の底から伝えた言葉には、寸分の嘘もない。皆や私の感謝の気持ちは冗談ではなくて真実だと知って欲しくて、慶喜さんの目の奥を見つめて そっと微笑んだ。
「……良かった。ようやく俺を視界に入れてくれたね?」
「……え…?」
「自分の手に妬いたのは、今夜が初めてだよ」
慶喜さんは右手を胸の高さに上げて、その手を裏返しながらしげしげと見ていた。
(私が慶喜さんの手ばかり見てしまっていたこと、気付いてたんだ…!)
「あの…、…う………ごめんなさい…」
口をぱくぱくさせながら結局何も言えないで、しゅんと謝った。
そんな私の赤い顔を余裕の笑みを湛(たた)えて覗き込む。
「○○…」
「……はい…」
「年が明けた頃、一晩だけ…お前を連れ出しても構わないかな?」
何を言われるかと構えていた私の耳に届いたのは、そんな突然のお誘いだった。
「…年明けの…夜…」
恐る恐る言葉をなぞった私に視線を置いたまま、慶喜さんは「そう」と頷いた。
「見せたいものがあるんだ。お前はきっと、その花のように…目をきらきらさせて喜ぶよ」
眩しいものを見るように、燭台に照らされた私に軽く目を細めて……。

「ーほら、お前の大好きなこの手となら約束してくれるだろう?」
そうやって意地悪く笑いながら小指を差し出す慶喜さんに、むうっと頬を膨らませて見せようとして…喜びに負ける。
どうしても笑みのかたちになってしまう口許を諦めた私は「ありがとうごさいます、嬉しいです」と素直に微笑んで、小さく震える指をそっと彼の指に結んだ。
②へ続く
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*+ illustration : 祭さん *+
泣きたくなるほど素敵な慶喜さんを描いてくださった、私の大好きな絵師さま……
祭さんのブログは《こちら》から♡
続きは新年に公開予定です。
この『樹氷の華』は全4話ですが、すべてのお話に祭さんが絵を描いてくださっています。
贅沢すぎて目眩がしそう…*+
読んでくださった皆さん、ありがとうございました♡
祭さんに見合うように……なんてとても言えないけれど、尊敬する絵師さまとの夢のコラボ、大事に大事に書きました(*´∇`*)