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2014年9月20~21日艶友さまと5人で巡った
艶がーる/幕末名所巡り旅の、とても個人的
な感想記事です

情報に誤り・変更があるかも知れません、
詳細は各公式機関へにてお確かめ
くださいませ(´ェ`*)♡

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■島原  輪違屋(わちがいや)  (※通常は非公開です)


『京の夏の旅キャンペーン 文化財特別公開』

とのことで、現在は非公開となっている輪違屋さんの中を見せてもらえることになりました♡


……なんて幸運ですこと(*´ェ`*)♡








輪違屋は現存する最古の置屋さんです。
(京都指定有形文化財)



お、置屋!(ノ∀゚*)

艶が脳な私にとって、
置屋と言えばそりゃもう秋斉さん…♡

そして主人公ちゃんが生活しているお部屋!
それ、絶対見ておきたいー!
置屋ーー!!(〃ノдノ)


……と意気込んだものの、


1871年(明治4年・慶喜さん34歳)頃の増改築によって、二階にあった女性たちの居住部屋は、お座敷へと変わってしまっていました…

あぁ、勿体ないな(。´Д⊂) (超個人的に)



角屋でお座敷の装飾の見事さを拝見した直後でしたから、そこへ呼ばれる女性たちの住まいとは一体どのくらいの差があったのか、一人に与えられるスペースはどのくらいのものだったのか、

その辺りのこと、感じておきたいと考えていたので、ちょっぴり残念…☆






説明を受ける一階『主の間』
このようにお座敷になってしまってるの




だけど幕末当時から、
いえ、そのずっと前(元禄/第5代将軍 徳川綱吉さんの時代創業)から320年も営業されている置屋さんに入れるチャンスなんてまたと無いぞ



と、秋斉さんの残り香を探します(*´艸`)♡


出来れば ばーんと感じさせて欲しかった
でもこうしてこっそりムッツリ探さなきゃいけないのも秋斉さんぽくていいのかも知れませんね♡






秋「○○はんか…?こっちに来て見てみぃ」








襖に貼られた 恋文の下書き


お客の足が遠退くと恋文を出したそうで、
これはその下書き


秋斉さんでそんなシーンあったねぇ(艸д゚*)♡
残り香、残り香♡





近藤勇氏の直筆を屏風に仕立てたもの


置屋の女性が今で言うところのサインを求めたところ、この書を書いてくれたそう

サイズ感が伝わりませんが結構大きいんですよー、普通に大きい屏風です、これ



このエピソードを聞いた時、
近藤局長にはじめて萌えた……(*´艸`)

局長、がんばりすぎ♡

いい人過ぎてくすりと笑っちゃった、
ありがとうございます♡






遊びに来ていた慶喜さんがこの縁側に
座って待っていたり?(*´艸`)♡♡







この輪違屋さん、
現在はお茶屋業として営業中なんですが


二階の居住スペースをお座敷に改築したのが
先にも書きましたが1871年(明治4年)

先日ご紹介した角屋さんの揚屋としての閉業は1872年(明治5年)


明治に入ってからは完全に廃れたという島原……この頃を機に二軒ともお茶屋業に変わったのですね(´ェ`*)





最盛期は18人もの女性が暮らしていたこの置屋……

艶がーるの舞台、島原が廃れる様を思うとなんとも切ないですね(。´Д⊂)







秋斉さん、お疲れさまでした…☆






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■超個人的総評■


どのくらいのスパンで特別公開がやってくるのか存じませんが、

もし、公開時に京都へ行かれるご予定ならばやはり押さえておきたい……ですよね(*´艸`)♡


だって慶喜さん達、史実をモデルにされた旦那さま方を感じられる場所は、他にもこの京都や日本のあちこちに存在しますが、


私達が秋斉さんを最も身近に感じられるのは恐らく、島原で唯一残るこの置屋なのですから…(*'ー'*)



今回は時間に余裕が無く叶いませんでしたが、この置屋(輪違屋)から揚屋(角屋)まで、感慨深く歩いたりするのも素敵だなーと思います♡




住居部分がなーい、勿体なーいとうるさく申しましたが…


お奨め度:♡♡♡♡♡(5/5)


結局満点(*´ェ`*)♡

特に秋斉さん好きのお嬢さまに…♡



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最後になりましたが、この期間限定の公開を見つけてくれた艶友 弥生さんに感謝しています♡

本当に本当に、貴重な体験をくれてありがとう(*´ェ`*)♡





※文中、艶がで言うところの『遊女』『女郎』という言葉、ここでは曖昧に『女性』としました。これは輪違屋さんや角屋さんが、遊郭ではない文化的なところだと力を入れて説明に書かれていたからです。だからと言って、あちらが強調される『芸鼓』『太夫』だけで表現してしまうのも、現段階では納得出来ず、このように濁しました。すぐにとは参りませんが、自分で調べた後、納得出来る書き方に変えたいと思っております☆