前編未読の方は 前編 からどうぞ
---------------------
「おいしい、です」
「少しは落ち着かはった?」
わざわざ秋斉さんが淹れてくれた温かいお茶をいただく。ご本人は渋めがお好きなはずなのに、出されたのは私を気遣ってくれたのか柔らかい甘さの新茶だった。
夜に口にすることで余計に贅沢に感じてしまう甘いお饅頭と、目の前の平生よりもほんの少しだけ楼主の顔が薄れているように思える秋斉さんを見て、いいのかもと思う。
(こんな風に秋斉さんに気にかけてもらえるんだったら…いいのかも。子供扱いでもなんでも)
さっきまでの恐怖心など頭から抜け落ちて、
調子に乗った心がそわそわと今の状況を喜びはじめた時だった。
カタカタ…
そんな音が小さく窓から鳴ったかと思うと、
続けざまにガタガタガタと木の窓枠が強く揺れて大きな音を立てた。
出し抜けに恐怖に襲われて体が跳ね上がった。持っていた食べかけのお饅頭を取り落としてしまい、混乱する頭でなんとかお皿に載せた。
正座していた私は窓に警戒するような視線を置きながら、そのままの格好でじりじりと秋斉さんの側ににじりよったらしい。気がついた時には少し手を伸ばせば腕に触れられるくらい、すぐ隣に秋斉さんがいた。
こちらを見下ろす秋斉さんと目が合った私は、自分から近寄ったくせに驚いた顔をしていたと思う。逆に秋斉さんは私が馬鹿みたいににじり寄って来る様を冷静に見ていたのか、何とも言えない表情をしていた。
「風や」
「…はい、すみません…」
震える声でそう答えるのがやっとだった。
さっきまで風なんて吹いて無かったのに…。急な突風はこの季節に珍しくは無いけれど今はただただ恐怖だった。
風が止んだかと思うと、トタトタと廊下を走る様な音が聞こえて来た。
堪らずほぼ反射的に秋斉さんの腕に手を伸ばした。手の中のお湯のみを置こうとしていた秋斉さんの袖を掴んでしまったために、珍しく慌てさせてしまったようで彼の身体に変に力が入ったのがわかった。
「…誰かが戻って来たんやな」
「…」
今度は何も返せなかった。
秋斉さんの袖を掴んだままカタカタと震えてしまう。貧血を起こしたように手の先が痺れた。
少しの沈黙の後、秋斉さんはため息を吐いて震える私の指先を袖から外して手のひらで包み込んでくれる。信頼している人の体温に触れて少し恐怖が和らいだ。
「そないな怖がりが、怖いもの見たさで動いてしもたらあかん」
無表情にそう言われて、それは全くその通りで。私は情けないのと申し訳ないのとで顔を伏せたままごめんなさいと頭を下げた。
「…揚屋におる時に物音がしとったら?お客はんにこないな風に、寄りすがりはるつもりやった?」
そんなこと無い。
親しい人や頼りにしている人で無ければこんな風に甘えたりしない。だけど置屋の主人にこうして甘えてる時点で公私混同だから、言い訳も出来ずにただ首を何度も横に振った。
「それから…」
またお叱りを受けると思ってしゅんと項垂(うなだ)れるけれど、それ以上言葉が降って来ない。
「…?」
不思議に思って視線を上げるとこちらを見ていた秋斉さんと視線が交わる。秋斉さんの深い瞳に、いつもは見えない熱を感じて心臓がドキリと大きな音を立てた。
「そないに…わての理性を信用したらあきまへん」
意味がよくわからなかった。
というより、上手く解釈に繋がらない。
他の人に言われたのならすぐに解る言葉でも、秋斉さんがそんなことを私に言うなんて、あまりに現実みが無かった。
秋斉さんは彼を見つめたまま放心状態になっている私の指をこの先を思わせるような触れ方で撫でる。
驚いて手元に視線を落とすと、ただ指先が絡んでるだけなのにその触れ方があまりに煽情的で、知らずに呼吸が浅くなる。
「…ええの?このままわてに流されてしもても」
秋斉さんが吐息で笑う。あまりに身を堅くする私を笑ったのかも知れないし、彼が時々見せる自嘲的なものかも知れなかった。
何か言わなくちゃと思うのに、頭の芯がぼーっと発熱していて言うことを聞かない。
またトタトタと頭の隅の方が誰かの足音を拾う。
だけどもう少しも怖くなかった。色々な感覚が麻痺を起こしていて、ただただ秋斉さんの熱い瞳と指に捕らえられていた。
「秋斉ー、入るよ」
足音が止んだかと思うと、襖のすぐ近くから見知った声がした。その声にはっとなった私は無自覚のまま飛び退くようにして秋斉さんから離れた。
「聞いてよ秋な…あれ?○○」
「…こ、こんばんは慶喜さん」
赤い顔と動揺を隠すように深々と頭を下げて挨拶をする。
「ちょうど良かった、○○に癒されよう」
言いながら隣に腰を下ろす慶喜さんと入れ替わりに慌てて立ち上がると着物の裾を踏んでしまってよろめいた。そんな私の手を慶喜さんが握って支えてくれた。
「おっと…。…どうしたの?」
下から私の手を捕らえたまま、何かを探るような猫目を私から秋斉さんに移す。
「…別に。どないもせえへん」
「…へぇ?○○がひどく動揺してるし、饅頭は茶托に乗ってるし、何か有ったのかと思った」
既に確信は得ていて、秋斉さんの口から引き出す為だけに発せられたような慶喜さんの言葉。
二人の様子をどきどきしながら見おろしていた私は慶喜さんの言葉に赤面してしまう。
あの時、慌ててお皿に戻したと思ったお饅頭は慶喜さんの言った通り茶托の上で間抜けにお湯のみと寄り添っていた。
今の状況に手のひらから変な汗が出そうで、私は優しく握られた慶喜さんの手を、片手を添えてそっと外した。
こちらを見上げながら「ん?」と表情だけで伺ってくれる慶喜さん、その奥に座る秋斉さん。真っ赤になった私は時々ちらりと二人の顔を見ながらしどろもどろになって説明をする。
「あの、お昼に呉服屋さんで、怖いものを見てしまって…今帰って来たときに、私が怖がってしまったので、秋斉さんが」
「秋斉さんが」という言葉を口にした瞬間、先ほどの情景を思い出してしまい思考が途切れる。
「……その…」
秋斉さんは私がなんと続けるのかを試すように待っているし、慶喜さんは語らない秋斉さんの代わりに私の様子からことの詳細を推し量ろうとしているようだ。
「秋斉さんが…」
二人の視線を真っ向から浴びてくらくらする。
「お饅頭を…あの…。し、失礼します!」
耐えきれなくなって頭を下げ、逃げるように二人のいる部屋を後にした。
恐怖なんてもう微塵も残っていない、だけど私は一睡も出来ないまま次の朝を迎えた。
---------------------
長かったね、ごめんなさい
主人公ちゃんは秋斉さんも慶喜さんも素敵なひとだなーと思ってるけど、まだどちらが好きとかなんとかまでは行ってない感じ…(先に言え)
慶喜さんが来てなかったら秋斉さんが冗談にしてくれたのか、あのまま……だったのかは私にもわかりません♡
残された二人は遠ざかる足音を聞きながら
「……結局、何があったって?」
「…。せやからなんもあらへん」
「ふーん、嘘つき」
みたいな会話をしたのかな(*´艸`)
こんな発情台詞を拾ってくださった弥生さん、まりさんにもう一度ありがとう♡
また何か見つけてみんなで遊びましょうq(q'∀`*)♪