逢いに恋ひの慶喜さんの台詞から
好き勝手に妄想したこばなしです。



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縁側へ続く廊下を曲がると、柱に背を預けて座っている慶喜さんの姿を見つけた。

自ら彼を探しに来たというのに見つけた瞬間はやっぱり心臓が跳ねてしまうことに苦笑しつつ、そっと歩み寄る。


「○○、おかえり」


置屋の静かな庭を眺めていた彼は私に気付くと、今日のような穏やかな春の日によく似合う優しい笑顔を見せてくれる。


「ただいま戻りました。あの、花里ちゃんが慶喜さんがいらしてるって教えてくれて…」


彼に会いに来た言い訳を放り込む私に、笑顔でうんうんと頷きながら座っているすぐそばを手のひらでぽんぽんと叩く。
ここにおいで。
猫でも呼ぶようにそう示されてこんなに嬉しくなってしまう私は末期だと思う。


「良かった、秋斉より先に帰って来てくれて。今日は、お前の顔が見たかったから」


隣に座った私の手から、たった今お稽古で使ってきた教本を引き抜いて、パラパラと頁をめくる慶喜さんの横顔を遠慮がちに見つめる。


相変わらず、綺麗な横顔。
何をしていても絵になりすぎて見惚れてしまう。伏せた睫毛の美しさにどきどきして視線を逸らそうとした時、慶喜さんが何かに気づいたみたいにふと顔をあげた。


「ー違った。今日も、か」


本を閉じながら笑う顔はとても柔らかいものだけれど。


「…何か、ありましたか?」


労り(いたわり)の気持ちを持ってそう訪ねると慶喜さんは少しだけ目を見開いた。


「…なんとなく、お疲れのような気がして」

根拠も何もなくて、伺うようにそう付け加える。

「ーこれと言って大きなことがあった訳では無いんだけどね、少し状況がこじれていて…。お前は時々妙に鋭いね…」


慶喜さんの言葉を聞きながら頭は半分考えている。秋斉さんもそろそろ戻られる頃かも知れない、今私が慶喜さんに出来ることは何かなと。

いつも私を目一杯元気付けてくれて、上手くいかない時に私の顔が見たかったと言ってくれる彼のために、小さなことでも、何か…。




(あ、そうだ。  ……。)


「○○…?」


思いついたものの、差し出がましいかなと短く悩んでいると慶喜さんに名前を呼ばれる。

提案しても大丈夫かな。

そっと彼の顔を見上げると柔らかく弧を描く唇から「ん?」と優しく促される。



「あの…慶喜さんは、私が触れても、困りませんか?」


そう尋ねると彼はびっくりしたように固まってしまった。

その反応を見ると聞き方がおかしかったかなと恥ずかしくなったけど、私は思いきってすっと慶喜さんの片手を両手で掬い上げた。


そして親指や他の指を使って慶喜さんの手のひらをそっと押さえはじめる。


「ー○○?」


その声に視線を上げるとまだ面食らったような面持ちの慶喜さんと目が合った。


「…按摩、です。でも、素人だからだめでしょうか…?」

さっき脳内で変換させた言葉を少し緊張しながら発音した。マッサージのことを日本語で按摩と言ったと思うけど江戸時代にその文化や言葉があったのかが解らなくて不安だった。


「ーあぁ。…えっと、…ありがとう。」


慶喜さんがあまりにぎこちなくそう言うので、
一度手を止める。


「ごめんなさい、やっぱり…」

「嫌じゃないよ、嫌じゃない!」

慌ててぶんぶんと首を振る慶喜さんが珍しくて一瞬凝視した後、可笑しくなって笑ってしまう。

「慶喜さん、無理されなくても…」

「いや、本当に全然無理とかじゃなくて…。ごめん、ちょっと、一度邪な気持ちを追い出します」

空いてる方の手を額に当てて、ふぅーと長く息を吐き出す様子を見守っていると慶喜さんが顔を上げた。至近距離で視線がぶつかる。


「……」

「……」


目が合ったままお互いなんとなく言葉が出なくて。私はその緊張感を和らげるために一度小さく咳払いをした後、おずおずとと尋ねる。


「あの、それじゃあ、続けさせていただいても…?」

「…お願いします」

なんとなく畏まってしまった掛け合いにくすっとひとつ笑い合った。



慶喜さんが変なことを言うので、さっきよりも少し手に触れることを意識してしまう。

それでも私は現代にいた頃テレビや本でマッサージについて見たことを精一杯思い出しながら、彼の手を両手のひらで包むようにして押し始めた。




昼下がりの縁側はぽかぽかと暖かくて静かだった。しばらく黙ったまま触れ合う手元を見ていた慶喜さんがはぁと軽いため息をついた。


「…なんだろう、これ。ちょっと経験したこと無いくらい癒される」

「本当ですか?嬉しい」

慶喜さんの言葉がとても嬉しくて、少し眠そうな声が可愛くて、私は幸せに顔を綻ばせる。

「上手いんだね○○、習ったことあるの?」

「いえ、でも指南の本を見たことがあるので、それを思い出しながら…」

手を休めずにそう答えると、慶喜さんはふーんと感心したように二人の手元を覗きこんだ。



また少しの沈黙を挟んだ。

でも始めた時の緊張感はいつの間にか溶けていいって、慶喜さんがそう言ってくれたように私もこうして彼の手に触れているだけでとても心が安らぐのを感じていた。

そのせいか、何時ものように言葉を選ぶ前に自然と思っていることが口をつく。


「…小さい頃、遊び疲れたりたくさん泣いたりした時、母がよくこうして身体をさすってくれました。私は、そうしてもらうと不思議なくらい心がほっとして…」

慶喜さんは優しくへぇと相槌を打つ。

「…だから今日は、私が慶喜さんのお母さんなって、たくさん頑張り過ぎて疲れちゃった慶喜さんにほっとして貰いたいんです。」

ふふ、と笑ってそう言った後もしばらく手を動かしてから、突然はっとして顔を上げた。



きょとんとしている慶喜さんと目が合うと、真っ赤なのが自分ではっきり解るくらい顔に熱が集まった。

「ち!違います!ごめんなさい!私なんかが慶喜さんのお母さまに全然似てない…というか届かないことは解っています!あの、そういう意味じゃなくて…」

しどろもどろになりながら慌てて訂正すると慶喜さんは途中でくすくすと笑いだした。

「そんなに一生懸命、真っ赤な顔して慌ててくれなくてもいいよ」

「でも私、今とても」

「○○」

優しく諭すような響きで名前を呼ばれて、言葉を止めた。ようやく静かになった私の頭を慶喜さんがあやすように撫でてくれる。


「ねぇ○○。…今言ってくれたことは、本当?」


慶喜さんにほっとして貰いたいと言ったことだろうか?お母さんのくだりは時間を巻き戻して訂正したいけど、伝えた気持ちに嘘は無い。


少しの間の後コクンとひとつ大きく頷くと、慶喜さんから照れたような笑みがこぼれた。


「じゃあ、もう謝らないで。…正直に言うと…。今すごく、嬉しかったから。」


慶喜さんは優しいひとだから、慌てている私を
励まそうと敢えてそういう言葉を使うこともあるかも知れない。

だけど彼の顔を見ていると、今のは本心で言ってくれたような気がしたから。
私は慶喜さんの言葉に素直に従って、はいと微笑んだ。彼は満足そうにもう一度私の頭を撫でて、その手をゆっくりと二人の間に差し出した。



「○○、まだ疲れてない?」


大好きな人からの可愛いおねだりに思わず思い切り破顔してしまう。

「はい、ちっとも」

再び二人の手が触れ合う。私は見よう見まねの按摩を再開させた。






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「なんや。寝てしもたん?」


後ろから秋斉さんの声がして、首だけで振り向いた。

はいと苦笑しながら答えると、秋斉さんは口許を扇子で隠すようにしてすっかり眠ってしまった慶喜さんと、その慶喜さんに寄りかかられている私とを見比べた。

「重かったやろ、小突いて起こしたったらええのに…。……」


そう言って慶喜さんの腕を引こうとしたままの格好で秋斉さんの動きが止まったけど、どうしたんですか?とは聞かなかった。秋斉さんの気持ちはよく解った。

「…なんやこどもみたいな顔して…」

秋斉さんがもう一度口許を隠す。でもその声色と緩く細められた目から簡単に表情が読み取れた。

「こら確かに、あんさんには起こされへんね」

納得の上に少しだけからかいの色を乗せるようにそう言われて「う…」と言葉に詰まる。でも秋斉さんだって起こせなかったくせに…と思うと、
しっかり顔に出てしまっていたのか、扇子がおでこにペチッと降ってきた。

「あ痛…、だけどそろそろお座敷の準備の時間ですね」

気持ち良さそうに寝ている慶喜さんを、このまま寝かせといてあげたいけど…

私は肩に乗っている慶喜さんの顔を見た。秋斉さんが先ほど言ったように、本当、こどもみたいな無防備な寝顔。すーすーと規則的な寝息も可愛らしい。


(ごめんなさい、慶喜さん…)


彼を起こすために持ち上げた手は、さっきおでこをはたかれた扇子によって止められる。

「秋…」

「…寝かしといたり。○○はんの仕舞い料は倍額で請求するし、忙しい思いをさせる菖蒲と花里にも何かええもん買うてもろてお詫びさせます。そやったらええやろ」


嬉しくて、秋斉さんの顔を見上げると目があった。倍額請求すると、お詫びも買わせると言ったものの、彼の中では慶喜さんを甘やかしたという意識があるのかきまり悪そうに背を向けられる。

「なんや掛けもの持って来るから待ってよし」

そう言って廊下を歩いていく秋斉さんの背中に、慶喜さんが落ちないように気遣いながら頭を下げた。




二人になると慶喜さん体温が伝わる体の右側に意識が行って、もう一度彼の顔を覗き見た。

眠る前、うとうとしていた慶喜さんが言ってくれた言葉を思い出して、一人ばかみたいに赤くなった。


「やっぱり俺には、○○が必要みたいだ」


あまりに唐突だったので「え?」と聞き返したけれど、しばらくして返って来たのは静かな寝息だった。


「…あれは本当、ですか?」
閉じられた瞼に問いかけてみても答えはない。

秋斉さんがすぐに戻ってきてくれることも忘れて、触れても触れても飽きることの無い彼の手をぎゅっと握りしめた。






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えー、3月末に何となく書いて仕上げずに放置していたものですので、季節感がちょっと微妙…


個人的に色んなタイミングが重なって、
昨日今日であげないとお蔵入りにしてしまう匂いがぷんぷんして駆け足で仕上げました。



ので、色々と、あれですが…(;´▽`A``
慶喜さんが甘えてくれる話をボツにするのもちょっぴり悲しかったのです





え?テンション低いですか?

この記事公開直前にモバゲで艶が配信終了(6月末まで)と知ったからだと思います!!。゚(PД`q*)゚。


悲しくて言葉にならないよっ!!やだー