逢いに恋ひの慶喜さんの台詞から
妄想した小説もどきの小咄です。




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「今日は風が強いね、吹き飛ばされないように気を付けて」


きょとんとした顔で慶喜さんを振り返ると、穏やかに笑っている彼と目があった。


(風に吹き飛ばされないで、なんて)


慶喜さんの口から生まれる言葉はいつも少し不思議で、かわいくて、優しい。春の訪れを感じる今日のお天気みたいに、私の心をくすぐるように温めてくれる。



長い冬を越えてようやく気持ちの良い春風が吹いた今日、こうして大好きな人達と一緒に桃の花の名所に来られたのも、慶喜さんのおかげだった。






昼下がり突然現れた慶喜さんによって、例の如く秋斉さんの部屋が急に賑やかになった。その賑やかさのほとんどは客人のもので、部屋の主はたまに“やかましい”だの“諦めてはよ帰り”だの苦言を発している程度なんだけど…


慶喜さんの前にいる秋斉さんは、いつもより少しだけ普段着の秋斉さんのような気がして私は二人のやり取りを見るのが好きだった。



私と花里ちゃんが秋斉さんの部屋に声をかけると案の定、慶喜さんがどうぞーと返してくれる。私達はその声にくすくす笑いながら襖を開けて、これからお花のお稽古に向かうことを伝える。
秋斉さんの「へぇ、気ぃつけていき」という言葉の途中で廊下から番頭さんに声をかけられ、先生の急用で今日のお稽古が無くなったことを知らされた。


それを聞いて慶喜さんと秋斉さんが顔を見合わせる。

「ほら、天も味方してるだろ?」

と余裕たっぷりに微笑む慶喜さんとは対象的に秋斉さんは苦い顔をして見せた。

「なんや、手ぇ回したんとちゃうやろな」

「ここの主人はえらく失敬だね、素直に負けを認めたらいいのに」

「…この二人だけに贔屓はできん」

「なんでさ。二人とも俺が目をかけている新造だからいいんじゃないの?それとも逢瀬に誘う度に総仕舞をしろって?…この置屋はなかなかあこぎだね」

「ほんに、ええ性格してはりますな」

「誰に似たんだろね?」

二人の舌戦をテニスのラリーのように目で追ってた私達は途中で秋斉さんの額に青筋が見えた気がして揃って俯いた。


そんな私と花里ちゃんの前に慶喜さんが来てにっこり微笑む。

「…?」

「花見に行くよ、着替えておいで」

「…お花見、どすか?」

「あの、でも…」

さっきの舌戦の様子からだと秋斉さんの許可が下りていなさそうで、慶喜さんの肩ごしに秋斉さんをおずおずとうかがい見る。

秋斉さんはひとつため息をつくと、
「たちの悪い旦那はんからあんさんらにご指名や。…はよ支度しといで。」
と仕方がないという様子で掛けられていた羽織を手にとった。






それを見て状況を理解した私と花里ちゃんは、頭に花を咲かせながら頬を上気させて震える手でいそいそと着替えを済ませて、今こうして慶喜さんと秋斉さんにお花見に連れて来てもらっている。



「私だけは絶対に大丈夫ですから!」

風に吹き飛ばされるな、なんて。

当然冗談だと思って笑ってそう答えると、慶喜さんは曖昧な表情をする。

「…慶喜さん?」

「ーん?」

「もしかして、本気で私が飛ばされると思っていますか?」

「んー?」

慶喜さんは私から視線を逸らしながら言葉を濁す。

「え、ちょっと待ってください、絶対大丈夫ですってば」

同意を求めるように慶喜さんの横を歩く秋斉さんを見ると、彼も扇子で口許を隠して目を逸らす。


私は一体この二人にどんな風に見られているんだろうと唖然としていると、横から花里ちゃんがくすくす笑う。

「○○はんは時々奇跡を呼ぶさかいな」

「…呼んではいません」

僅かにある心当たりのせいで大いに反論出来ないのが悔しい。花里ちゃんの言葉に小さな声でそう言った私の頭に慶喜さんの大きな手のひらが乗った。


「ごめんごめん。今日一日飛ばされなかったいい子には後でご褒美をあげるから」


(ー思いっきり子供あつかい…)



不満気な目で見てやろうと思うのに、頭に置かれた手にときめいてしまって上手く表情が作れない。

慶喜さんは花里ちゃんにも、私が飛ばされなかったら何か欲しいものを買ってあげようと笑っている。

「ほな頑張って子守りさせてもらいます!」
「子守り…」
呟く私に花里ちゃんは「かんにん」と言って舌を出して笑う。

(かわいい。)

独特の柔らかさをまとう彼女だけど、存外しっかりしてるんだよなぁと思う。私と同じようにばかなことを言ってはしゃぐし年だって変わらないけれど、花里ちゃんは私みたいに何もないところで躓(つまづ)いたりはしない。


(私も、しっかりしなきゃ)


笑いながら前を歩く慶喜さんと花里ちゃんを見ながら、一人小さく頷くと、今度は後ろからぽんっと頭に手が乗った。

見上げると隣には秋斉さんがいて、春風の中に一瞬彼の香りが香ってどきりとする。

「そない風に思わんでええ。あんさんのその隙が男にはかいらしい映るもんや。狙って出来ることやあらへんし、わてはあんさんの長所やと思とります。」

「秋斉さん…」

「これからも色んな突拍子ないことして、和ませてくれはるの楽しみにしてます」

「…褒めていただいてるのか、お叱りを受けているのか解らなくなってきました…」

複雑な気持ちでそう言うと、秋斉さんが「ははっ」と笑う。

「叱てへん、叱てへん」

その笑い方が、普段はあまり見せてくれない無邪気さで。彼の構えていない声とこんな時でも色っぽいまなじりを間近で見られることに心が喜んでしまう。



目の前にいる大好きな人達、時々風に舞う薄桃色の花びら。
なんて幸せな一日なんだろう。

この時代では色々な悲しい事件が起こる。人が亡くなることだって現代よりずっと身近にある。だけど、この幸せはここへ来て皆に出逢えたからあるものなんだ。

今改めてそう思うとじんとして、いとおしい気持ちでひとり微笑んだ。


その瞬間、急に強い風が下から上に吹き上げる。あまりの強さにととっと二三歩横に流された。風に舞い上げられた砂ぼこりが目に飛んできて反射的に目を閉じてしまうと平均感覚が保てなくなった。



だけど私は倒れなかった。

慌てて振り向いた慶喜さんが私の手首を掴んでくれていたし、隣を歩いていた秋斉さんは私の両肩を事もなく支えてくれていたから。


「ほら、飛ばされる。ご褒美あげたかったのになぁ」

「和ませてとは言うたけど…」

二人に少しだけ意地悪でたくさん優しい微笑を向けられて捕らえられた獲物のように身体が縮こまる。


私のその姿を見てにひっと笑った後、「わてのご褒美ー」と楽しそうに口を尖らせる花里ちゃんに「ごめんなさい」と呟いた。




そんな春のはじまりの日。









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大変稚拙ながら、
3月14日がお誕生日の艶友さまに贈ります♡



逢いに恋ひで慶喜さんのこの台詞が出たら、艶友さまがこう返していると聞いてそこから妄想しちゃいました(*´ェ`*)


萌えない台詞こそ、妄想するのが好きなんですが、この台詞はどうしたら膨らむかなーと悩んでいたので萌え返し教えてもらって助かりました~♡


いつも私の艶テンションを上げてくれてありがとう!お誕生日おめでとうございますラブラブ