最初にお断りしておきます。釣りの「釣」の字も出ません。

あらかじめご承知願います。釣りいってないんですよ。。。




文京区本郷の東大キャンパス。私はこの近所に幼少から高校卒業まで住んでました。

6歳で発病したぜんそく、毎夜の発作のたびに救急治療を受けた場所です。

重症化し、始めての入院も経験。東病棟内にあった小児科病棟でした。

その後、長期に渡る減感作療法(原因となるアレルゲンを少量づつ注射し、免疫をつける。ちなみに

現在この療法はぜんそくに対し効果が認められず、行われていないらしい。)注射と投薬のため、中学の頃まで通院しました。


小学生の頃からなぜか放浪癖があり、夜中や朝方に一人で自転車に乗ってフラフラ走り回るのが好きでした。

三四郎池の周りを散歩し、生協でコーヒー飲んで。

遊び友達は多かったんですが、反面誰も居ない静かな場所で一人で居るのが好きでした。

妙なガキですね。


友との別れを経験した場所でもあります。

学生の頃、友人が急性白血病で長期入院しました。

よく北病棟にお見舞いに行きましたが、卒業と同時に私は大阪に。

その直後、彼は私にとって永遠の、心の友になりました。合掌


社会人になった頃。東大病院にMRSA問題が発生しました。

第三世代抗生物質の乱用によって発生した、耐性黄色ブドウ球菌の院内感染です。

当時の東大病院は、古くて汚いうえに無菌室やICU,CCUすら存在しないお粗末な設備でした。

この状態で院内感染が広まると非常に危険。患者は無防備同然の状態です。

この時期を境に古い病棟が壊され、近代的な新病棟に生まれ変わりつつあるのが今現在の姿です。


関東大震災後、もしくは戦後に建てられたいかめしい造りの建物。

今は絶滅した「精神外科手術」いわゆる「ロボトミー」等、数多くの人体実験を繰り返した

忌まわしき歴史を持ち、その後青年医師連運動の舞台となった、赤レンガの元精神病棟。

やがて取り壊しが始まる事でしょう。

無くなる前にぜひ記憶にとどめておきたいと思い、チャンスをうかがってました。


先日、私用で都内に出向いた折に時間が出来ましたので、なつかしい東大構内を歩いてきました。

その様子をUPいたします。



~つづく~