日本式とは...
流行の発信地、渋谷から起こったムーブメントで日本最大のJ-POPイベント。
今最も新しい、まさに日本人による日本人のためのこのイベントは誰もが知っていて、
フロア一体となって楽しめる珠玉のJ-POPナンバーの数々が 『J-POP DJ』 達により大音量でNON STOP MIXされる+アーティストによる最高のLIVESHOW。この新感覚イベントは、新しい時代のエンターテイメントであり、 カラオケ, クラブを融合した、 ここ日本で興った 新しい音楽カルチャー。


2006,May 日本式@eggman スタート
2006年5月より、渋谷CLUB-eggmanにてDJ OTAQLOオーガナイズで誕生したのが、そもそもの始まり。平日 月曜日の深夜にDJ OTAQLOの友人アーティストを集め毎月開催するようになる。当時の渋谷では、CLUBでJ-POPをDJで流すということはとても斬新珍しいことであった。しかし、J-POPというジャンルをCLUBに流すことで、お客の反応がHip-HopやTranceといったCLUB Musicのどのジャンルにも見られない盛り上がりが見られたことにアーティスト共々に可能性を感じた。また、ドルフィンプロダクションの宮本秀実氏によるイベントスナップ撮影も入り、雑誌メディアにも取り上げられるようになる。イベントの回数を増す毎に、少しずつではあるが、着々と心共にするアーティストやお客、スタッフがイベントに付き、規模を増していく。
2006,September 日本式@J-POP cafe スタート
2006年9月より、CLUB-eggmanから 渋谷J-POP cafeへと移動する。これより日本式は平日から週末土曜日の深夜開催となる。当初はJ-POP cafeのドームフロアのみでの開催であったが、ここでも着々と規模を増していき物販ブースやネイルブースも参入。更に、ワタナベエンターテイメントschool卒業生による「一生涯」お笑いライブも参入し、よりエンタテイメント性を増したイベントと発展していく。J-POP cafe開催期間途中、オーガナイザー権がDJ OTAQLOからガリクソンへと移ってから、メジャーアーティストの出演も多く実現される。なかでも「大田クルー」のSATTON氏には、日本式のイベント性を高く評価される。そこから更に、多ジャンルに渡るアーティストの参加がみられるようになる。

2007,September 日本式@club asia スタート
2007年9月より、日本式の週末以降から1周年を祝しJ-POP cafeから 渋谷asiaへと移動開催する。元来、深夜開催であった日本式は1周年をきっかけに、昼間から夜にかけてのイベントと変貌する。深夜のCLUBの雰囲気をそのまま、昼間のasiaへと移行。400人規模のイベントと成長を遂げ、昼間と深夜の両方のカルチャーを持ち合わせたエンタテイメント空間となる。一口に400人規模といえども、お客が長い時間遊んでいくため イベント終始 とても盛り上がった雰囲気が保たれる。2008年3月には、日本式専属DJである、若手カリスマ「DJ 和」がソニーミュージックよりメジャーデビュー。DJ 和「Jポッパー伝説」により、各種メディアに取り上げられ、日本式の存在も全国で紹介されるようになる。現在もの日本式はasiaでの開催がメイン。

2008,November Friday J-POP Night@J-POP cafe スタート
2008年11月から、毎週金曜日の深夜J-POP cafeにて、Friday J-POP Nightを開催する。暫く内装工事のため、J-POP cafeを離れていたが J-POP cafe内部のリニューアルを祝し毎週帯のイベントを開催する。こちらは渋谷での新たな夜遊びスペースとして、カルチャーを作るべく 料金設定が500円/1Drink付き。つまりは入場料が無料という異例な料金設定を、J-POP cafeとの企画により実現した。中でも目玉は、Pioneer協賛のDVJを使用しているという点である。これまではJ-POP DJが音楽のみの空間演出をしていたことに加え、映像もリンク。
様々なメジャーアーティストのPVを使用し、音楽+映像の演出をして、全く新しいCLUBスタイルをプロデュースするイベントを実現した。
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