福縁譚

福縁譚

福縁堂主人の骨董ブログ(主に中国工芸中国美術の鑑定話や小論文、感想、雑談など)
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皆さま

 

御まあせしました。

 

只今、面白い品が入りました。

”嘉靖官窯五彩”と箱書きのあるものが買取ました。

それは、実は嘉靖官窯落款の闘彩ものです。

 

嘉靖闘彩の遺品は私が知っている限りに、故宮博物館に一点しかないため、

珍しいもんです。

 

しかも、この品はむろん造形や絵付けも深い意味が読み取れますので、

ご興味がございましたら、出品ページへ私が書いた説明をご覧ください。

【福縁堂】明嘉靖官窯款 倣成化闘彩団花文小壺

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h421363189

私の説明を納得しましたら、ぜひご入札を参加してください。

(今週末日曜日夜10時34分終了する予定です。)

 

世紀の孤品をいくら競り上げるか楽しみにしています。

 

 

福縁堂主人

 

昨日出品した”南宋贛州窯釉小壺”の説明文には東京国立博物館蔵”元贛州窯褐釉擂座柳斗文小壺”を参考品として推薦していました。早くも、ご質問が来まして、”元贛州窯褐釉擂座柳斗文小壺の表の褐釉の様相は出品物の表釉とは大分イメージが違う・・・”との内容でした。

よい問い詰めですが、ご回答しながら、”半釉”のことを紹介します。

 

また”南宋贛州窯釉小壺”の出品説明をご覧になっていない方は下記リンクへご参照ください:

ヤフオク出品ページ→https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/v662363997

福縁堂HP商品説明→http://www.kanailtd.com/Item/H420.htm

比較のため、出品写真もアップします:

 

 

次:東京国立博物館蔵 元贛州窯褐釉擂座柳斗文小壺 の写真をアップしています:

 

この写真上で、赤い枠を囲まれた部分(口縁と内部)は普通の宋天目褐釉です。

厚みがあって表面はボケル光沢があります。

 

壺の頸から以下の部分は無光沢な土錆色にしています。これは表釉を薄めたもので、中国語では”半釉”と呼ぶ。

多分日本陶芸上は”半釉”の言葉がなく、’水釉薬’との言い方があります。

 

なぜ、この文化財の壺の胴体部には褐釉の水釉薬(半釉)を使うかといいますと、

この壺の頸上部と胴体部に猫手のような搔き紋様が入っている。

 

仮に、普通に天目釉を掛けると、天目釉は不透明で厚みがあるので、模様が隠されてしまうです。

その紋様を見せるために、わざと釉薬を水で薄めて塗ることにしたかと思わますが、天目窯ならではの工夫と思います。

 

”半釉”こと水釉薬は珍しいことではないです。多くの場合は器の内部と底部の補強や、半磁半陶の補強に使われるです。

また、大壺の場合は重量を軽減するために、釉薬を薄めることもあります。

 

福縁堂主人

 

 

宋の天目茶碗は日本ではとっても珍重されているから、お金があっても買えないものです。

あれば名品だとほとんど博物館や私人の収蔵家の手にあるですが、町中の骨董店や茶道具屋には”写し”ばかりでございますが、

それは福縁堂の私は30年天目茶碗を販売したことない単純な理由です。

 

今日の出品は南宋の時代に天目釉茶器の小壺です。おそらく茶の貯蔵器の茶缶です。

時代本物ですが、天目茶碗なら世にでれば、骨董商は餓狼になって取り合いかと思いますが・・・茶壺はどう・・・

やはり鑑識できる人が少ないので、うん~になってしまうとかも・・・福縁堂の目に入ったわけです。

 

宋の時代の天目茶碗といわれるものは、建窯ものと吉州窯ものがあります。建窯は黒土がほとんど、吉州窯は灰黄土と灰紅土があります。2014年の考古発見により、吉州隣の贛(かん)州に宋元時代の窯群が発見され、発掘品は基本的に今まで吉州窯群とされる製品です。土は赤い味があります。高台と底部の削りを入れていることも特徴的です。

 

贛州窯の定義がはっきりとなってから、朝鮮半島から日本に発掘されている古天目釉の茶道具の中も贛州ものと分類すべきものができた。

東京国立博物館も山梨県で発掘されている元の時代とされる天目釉壺一つを”贛州窯”と定義更新しています。日本文化遺産として登録されている。

 

だから、骨董や茶道具業界に”贛州窯”の古い話がなくでも、吉州窯系の宋天目の一つだということが分かれば、その価値が分かる。

 

私も地図から贛州の位置を見てみました。吉州の北方となりになりますが、福建省と隣り合わせの地区になります。

つまり建窯と吉州窯の間で吉州に近いところです。

この三つの天目釉窯の茶道具製品は中國南方仏教重鎮の天目山の寺院に宋元の時代に採用されていて、そこから最初に日本に持ち込まれたから、”天目茶碗”と呼ばれているわけで、天目山に窯があるではないです。

 

宋天目窯の茶道具は日本茶道の起源と関係が深いので、記念すべき一品です。

 

東京博物館蔵 褐釉擂座柳斗文小壺(元の時代贛州窯)文化遺産

https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/281161

 

中華博物誌掲載 南宋贛州窯醤釉小壺(以下出品ページの最後に写真あります)

http://www.kanailtd.com/Item/H420.htm

 

最近面白い品が少ないから、ブログの話題も少なくなりますが、

物が見つかれば、またいろいろと語れるので、時々になりますが・・・

ブログにも以前陶磁美術鑑定の話を壱杯書いてますので、

ご興味を持つテーマのキーワードを検索してご覧ください。

 

東洋美術福縁堂主人