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ふるさとを調べてみよう

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「一里塚」は、江戸時代以前の旧街道(幹線道路)に1里ごとに設置され、行程の目安とされました。全国的には土を盛った上に松や榎が植えられ、目印になると同時にその木陰が旅人のための休憩場所をつくりました。

 明治政府の時代になり、新しく国道や県道がつくられるとともにその多くは撤去されます。あるいは通行量が減り、行き交う人もなく朽ち果てたものもあったでしょう。一里塚の撤去に伴い、交通の要所であった跡地には代わりに石柱が残されましたが、当時のものがそのまま現存しているのは貴重なのです。それらは文化財に指定されていることが多いです。

この陶峠下一里塚は、「秋穂街道」がここを通っていたことを、当時そのままに示す証として今ここに静かに残っています。昭和43年に文化財の指定を受けました。

 話は変わりますが、昔は「道普請」として、自分の集落の道は自分たちで管理するのが習わしであり、その習慣は現在も自治会の清掃活動として残っています。

文化財に接して思うことは、それを後世に残すべく維持管理をつとめて来られた方々の努力です。用のなくなった一里塚の周りを草刈りし続けた集落の人が残した文化財の意味を語るのはたやすいことではないです。