秋穂街道との出会い | ふるさとを調べてみよう

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私の住む山口市平川地区で年に1度、コミュニティ推進協議会主催の『峠越え』ウォーキングが開催されます。(ここ数年はコロナ禍&天候不良のため中止つづきですが)

 5つの『峠後え』コースがあり、それぞれ1年ごとに順番に巡るのですが、何年か前、平川地区から峠を越えて山向こうの陶地区まで歩く「陶峠越え」に参加しました。

陶峠は標高204m、「魚切山」や「狐が峰」など、地元の山歩き愛好家からよく知られたハイキングコースの一部でもあります。

 このとき案内人の方から聞いたお話が、当時の私に一撃を与えたというか、「えぇ!」と驚くばかりでした。

「昔は、平川の人はこの峠を越えて、秋穂に魚を買いに行っていた」というお話を初めて聞いたのです。

秋穂地区は南北に長い山口市の最も南端にある、海に囲まれた地域で、平川からは最短(この峠越え)でも13-14kmくらいはあるでしょうか。

てっきり明治か大正の頃までの話だろうと思い、いつ頃のことですかと尋ねると「私が子どもの頃」と言われたのです。山口市の地図を見ていただくとよいのですが、平川地区から秋穂漁港まで、昭和30年代頃まで徒歩で峠を越えての往来が日常的にあったということですから、驚きと共に高度経済成長以前の時代が急に身近に感じられました。

 この、秋穂から陶峠を越えて平川を経由し、山口市の中心部に通じる道は、「秋穂街道」とよばれていたそうです。

そして「秋穂街道」について調べていくと、この道沿いに歴史を今につたえる旧跡がたくさん並んでいることがわかりました。それらを1つずつ調べていくことで、私の中で歴史の見方が変わり、世の中の見方がまるで変わってきたのです。

現在は主に登山道として利用される旧秋穂街道(陶峠ピーク付近)