今(今日は2021年7月19日)から40年以上前の70年代後期の話です。
当時の私は会社でオーディオ・アンプの回路設計を担当しておりました。
担当機種の切れ目の時期に新たな回路方式を探る試作・実験をしておりました。
その頃、新電元のオーディオ用高耐圧(120Vだったような?)FETが紹介されました。
既に50V耐圧までのオーディオ用FETは大手半導体メーカーから供給中でした。
CDが登場する'82年より前なので、音源は主にレコードの時代です。
当時、アンプのフォノ・イコライザ許容入力の大きさを誇示するメーカーが有りました。
高出力型カートリッジで変調度の高いレコードを再生した場合の唯一の対応策です。
フォノ・イコライザの入力オーバーが発生すると著しい歪が発生し、対処出来ません。
設計者としては、なるべく大きな許容入力を与えたいところです。
方法は利得を下げるか、電源電圧を上げるしかありません。
あまり利得は下げられないので電源電圧を上げたいところです。
その頃の私は、回路のオールFET化に拘っておりました。
高耐圧FETの登場には大いに勇気付けられ、大変嬉しい出来事だったのです。
そして試作・検討を繰り返した結果、目的を達するフォノ・イコライザが出来ました。
上司に報告したところ、市販用アンプの新製品と一緒に評価して頂こうという事に。
(この機種の設計担当は私ではありませんが、経費削減?でお供は私一人でした。)
東京支社を介して訪問を申し入れ、それが可能となった相手が長岡鉄男氏でした。
広島を出発して到着したご自宅は、閑静な住宅街だったように記憶しています。
「方舟」が建築される前で、普通っぽい(だけどガッチリ防音?)一室に通されました。
部屋の中には長岡氏が作られたバックロード・ホーン型スピーカが鎮座していました。
FostexのFE203系を2本、高域を補う為にOnkyoのツィータが2機種追加されてました。
(LCネットワークではなく、直列コンデンサのみだったと思います。)
まずは、市販予定(定価79800円)のプリメインアンプを聴いて頂きました。
市販のスピーカ・システムではなく自作スピーカで評価されるのに少し驚きました。
短時間で試聴は終わりましたが、残念ながら感想の言葉が出る事はありません。
その代りに、市販されていたビクターの59800円のアンプが鳴らされました。
「どうです?お判りでしょう?」という言葉だけが発せられました。
上司と私は質問する事も出来ず「あぁ、なるほど・・・」と言うのがやっとでした。
2万円も安い、既に販売されているアンプに完敗だったのです。
この時に、長岡氏の作られたスピーカが非常に良い音なのが判りました。
物凄く大きな音が驚く程の低歪で溌溂と出ていたのです。
市販の穏やか(鈍さ?)な音のスピーカではダメとのご判断だったのでしょう。
長岡氏のオーディオ評論の確たる背景を納得した瞬間でした。
ガックリきた後で市販予定の無い、試作のフォノ・イコライザを聴いて頂きました。
この時の長岡氏は興味津々という表情で音の出るのを楽しみにされているようでした。
「なかなか良い音が出ていますね。」というようなお言葉を頂いた記憶があります。
市販・市販予定のアンプではなく、純粋な試作品を聴く機会は少ないようでした。
純粋にオーディオがお好きなんだなぁと感じて、嬉しくなったのを覚えています。
オーディオ評論に関して氏は、ご自分の思想を貫かれていたのだと思います。
価格の上下に頓着せず、良し悪しだけに着目し、発表されていたように思います。
ところで、ある時期から、ケーブルでの音の変化に注目がされ始めました。
特にスピーカ・ケーブルは高価なものは数万円!或いはそれ以上のものが有りました。
中には、細~~い銀線をバカ高い価格で売っているケースもあったと記憶しています。
オーディオ誌に掲載された評論は見事に価格のヒエラルキーを形成していました。
長岡氏は「電線音頭」には批判的なお立場だったように記憶しています。
「スピーカ・ケーブルは、市販の電力用の太いケーブルで充分」と表明されていました。
一部のオーディオ評論家(似非?)は、メーカーにお金を貰った見返りに評論を・・・
長岡邸訪問の少し後に東京支社の広報で打合せをしていた時に突然の訪問が!
ある多少は名の売れたオーディオ評論家が昼食時に広報の人を訪ねてきました。
「突然ですが、打ち合わせを・・・」と言って私も一緒に食事に行ったことがありました。
グダグダとオーディオには関係ない話をしていたような記憶があります。
で、食事後には広報の人が封筒を渡しておりました。「いつも有難う御座います。」と
「封筒の中はお金ですか?」と質問すると、広報の人は笑いながら「いつもです。」と
「こういう事で良い評論記事を書いて貰えるなら安いもんです。」とも・・・呆れました。
(記憶は曖昧ですが「取材協力費」というような名目だったと思います。)
現代はどうなのか、、、は存じません。(ひょっとして・・・)
長岡氏のような硬派で真面目なオーディオ評論家って現代に居るのでしょうか?