家族葬
ひっそりとしよう。
兄は地元に友人いないし
家族葬にしようとなり
打ち合わせ。
一番したのランクでと言ったものの
あまりにもかわいそうだから
気づいたら120万
やはりこれくらいなるか。
母の妹が無理してでも、やってきた。
ありがたかった。
火葬場、渋滞のため
三日後にお葬式。
その間は打ち合わせや自宅の往復
メガネの耳にかけるところが外れたり
母の受診キャンセルとか、意外にすることが
あった。
こんな時だからではないけど
三人で横になった。
なかなか、寝付けない私
あれこれ、考える。
それが葬式の日まで続く。
おばさんと息子がやってきた。
皆。大号泣
お通夜、18時から
思い出の、パネル、遺品など
素晴らしく仕上がって
写真は兄貴のではなく、自分の写真に盛り上がり笑いもでた。
16時過ぎ、受付の二人が
仕事終わりに来てくれた。
18時まえには、院長夫妻、スタッフ
ぞろぞろと。
皆いいのに。ありがたい。
それから友人、姉の職場の方
母のお知り合いの方と
20人以上弔問に来ていただいた。
晩はオードブル。
カイワレ大根のお寿司に感動?
見たことないな、とおばさん。
なんだかんだで
皆ペロリ。
良かったわ~
旅立った兄貴
それは急なことだった。
ひなまつりの日(日)は、そんなに悪くもなさそうだった。
月曜日、朝から様子がおかしい
呼吸が荒い
熱を測らせたら37.6℃、酸素濃度は55%?
カロナール飲ませ、昼は帰宅し
市販のコロナ検査薬で陰性を見届け
熱もなく仕事へ。
20時半過ぎ、帰宅。
ご飯はまだ食べていないと
食卓までいくのが辛い、明日病院に行こうかなと。
食事持っていくよ、
いや。がんばる
食事も頑張って食べ、直ぐ横に。
22時近く、熱が37.7℃
カロナール飲ませて、自分の部屋で過ごす。
2時半、トイレに行ったあと
様子見に行くと
辛そうにしてたから
白湯だのさすったりして
「もう、自分の部屋で寝てくれ」と言われたけど
兄のベッドで横になった。
時間経つにつれ、やはり辛そうで
ようやく朝6時半過ぎに医大に電話。
予約取り、準備し
トイレから帰ってきた兄が
急にベッドに倒れた。
救急車呼ぼうか?
「呼ばなくていい」が最後の言葉。
救急車呼び、心マするよう指示され
出来ていないのは、わかっていたけど
必死に頑張った。
救急隊到着
自動心マ装着
職場でみるやつ。これしたらもうダメだとわかってたから力が抜ける
救急車に同乗、姉に連絡。
受け入れ病院みつかり
血管ルートとり
アドレナリン点滴、奇跡か
心臓持ち直す。
途中、Dr.車に乗り込む
病院に到着、待合室で待つ。
すぐに呼ばれるかと、思ったら
「入院案内書」
一筋の光がみえた。
姉、母到着。
私、泣き出す。
検査後、先生の説明
肺に細菌が入り、多臓器不全による心肺停止。
40分以上、酸素が脳にいってないので
脳死状態、心臓も血圧あげる薬を
フルに使っているが、51/31
血圧コントロールできない状態
次、発作おきたら延命治療しますか?
姉は望まない、私はわからない、
母は「してください」
(え?父の時は望まなかったのに
やはり子供は違うのかな。)
一度帰宅し横になる。
病院から、電話。事務員の方からで
書類を持っていく。
病院に、到着
すると主治医からも電話
説明受けるも、やはり今夜が山かと。
姉に電話、二人病院に到着。
少しずつ酸素濃度が、下がってくる。
手をさすったり、声かけたり。
たまにビクッと、するも
握り返しない。
姉と今後の話をしにコンビニへ。
また呼び出され
いよいよか。
モニターが0に向かっている
そしてフラット。
先生は来ない。
5分到着。
死亡確認
18時24分。
葬祭場に来てもらう間に
体をきれいにし、浴衣を着せていただき
薄化粧も。
穏やかな顔。
12時間、あっという間だった。

