1960年生まれなので
還暦をあっという間に5年過ぎた
20代の時に携帯もインターネットも
SNSなどない時代。
そんな時代には自分の感情、悩み
生き方、etc ノートにひたすら書いていた
日記ではなく、ひたすら思ったこと
書き留めておきたかった
後悔という言葉をいいたくない
人生にしたい!
そんな思いが21才の時
神が降りてきたような感じで
親の言うことが正しいわけではない!
人が自分をどうみているかではない!
自分がどうしたいか
自分が納得して決断して生きていく
それがないと「あの時あーすればよかった」
と、全く無意味な事を思う事になるんだと。
そして、自分が生きる道、そして生き方
その模索やら、葛藤が日々あって
とにかく書いていた。
ノート持参していない時は、メモ用紙に
書いて帰宅後ノートに貼っておいたり
B 5サイズのノートが何十冊かある
そして19歳から毎年week Diaryを買い
今現在まで。45冊以上!
ある時はメモ魔で予定とメモで
文字でびっしり
ある年は文字ばかりじゃつまらないと
イラスト入れたりして書くやら
メモ魔の発端は
記憶力良い方ではないから
ひたすらメモメモ!
そんな事でもあるけれど
書くことで自分の状態を
分析?したかった
いや生き方を模索して続けて
書くことで、何か見出せる気がして
書いていた気がする
そして、怒りなどの感情は
書くことで収まってくる
そして、冷静になれる
Windows95のパソコンがきっかけで
夫と私それぞれの教室を運営の
個人学習塾の自営業で、
まだまだホームページの必要性が
どんなかもわからない時に
たまたまOfficeに入っていた
ホームページ作成ソフトを見つけ
趣味で試しに塾のホームページ作成してみた
プログラムができなくても
Word、Excel使えていれば
画面は作成できる
しかも写真や画像を画面に
取り込んだり
貼り付けたりできるとは
なんて面白い!
ネット上にアップするのも
さっぱりわからないのに
手探り状態でアップできたと思ったら
画面いっぱいに大きな文字になったり
何度もやり直してようやく普通に見れる
ホームページになった
その後、amebloを知って
ブログ?なにそれ?という感覚で
とにかく画面に文章のほかに写真が
入れられ、それを作るのが面白くて
当時、大学生になって一人暮らしとなった
娘が、お弁当作った!と当時の携帯に写メが
度々送られてきたので、それを
アップしたりして楽しんでいた
途中ameblo放置の時もあり、年に2、3回の
投稿の時もあった
でも、続けている
SNSは増え続け世界中の人が
発信している
私は何のために発信しているのか?
Xなどは単に呟くのみ
また情報得るためのツール感覚
ブログ系はとどのつまりは
備忘録なのだろう
そして紙媒体の時と書くというのは
根本は変わらない
けれどノートと違うのは書いたものを
読んでくれる人がいたりするという事だ
いいね👍という仕組みも
なるほどと思う
誰も読まないだろうとおもっていたら
読んでくれた人がいた!
それは素直にうれしい☺️
65であっても人間死ぬ直前まで
何かしら思い、悩んだり、
その繰り返しなんだと思う
そして生きている実感は
楽しんだり、悲しんだり
時にどん底な気分になったり
でも人はできるなら
気持ちがそこそこ元気で
楽しいと思える時間が多いにこしたことはない
だから楽しい事も発信する
年齢を重ねているので
体験談.人生経験がもしかして
その発信で勇気づけられる人がいるかもしれない
推し活によってエネルギーもらえるよ!
の発信もまだまだ増えそうだ
そして
有名アーティストだけではない
素敵なアーティスト、頑張っている
若者を応援という推し活もある
何か役に立ちたいなと思ったりする
1人1人が人生のドラマを描いている
皆生き方はちがう
ネット時代ではない時
作家、有名人、編集者他
メディアに関わる人でなければ
発信などできなかった
今は自由に誰もが発信できる
20代ノートに書いた
親への反発心や当時の考え方、
生き方への思い、自問自答の内容など
いま60代となってどうなっているか
そんな比較をnoteに書き綴りながら
ノートを処分している
いつ死ぬかは誰もわからない
今自分がやりたいこと
やらなければならない事が優先だけど
神の迎えが来る直前まで
やりたい事、やらねばならない事が
できる状態であったら最高かなと思う
推し活の原点は葉加瀬太郎さん
葉加瀬さんの情熱大陸をピアニカとグランドピアノで
演奏のYouTubeから角野隼斗さんの沼にはまる