出産してから1週間後に退院をしました爆笑

しかし、娘と一緒に退院する事は出来なかったのですショボーン
出産後に新生児黄疸や血液の炎症反応など、色々とトラブルがあった娘。
入院中は日焼けサロンの様な光線療法での黄疸治療をし、血液の炎症の為に常に点滴をし続けてきた娘。
結局一緒に退院出来なかった事は当時とても悲しかったですタラー


私の退院当日娘はそのまま小児科へ移動。
私はというと、1週間ぶりの外の世界。しかもお腹が軽い。久しぶりの感覚。
でも貧血でフラフラだし出産時の傷が痛む為歩くのも座るのも辛いガーン
それでも何か開放感の様な気持ち良さをほんのりと感じましたキラキラ


そんな気持ちもあっという間、「娘と一緒に退院したかったな」という悲しさでなんとも言えない暗い気持ちの方が強かった気がします。
実家に帰宅しホッとしたのも束の間、すぐに娘に届ける為の搾乳をする。

まだ上手く搾乳出来ないし量も出ないしで、とにかく胸が打ち身のように痛む。
一回の搾乳に1時間は絞り続ける…ガーン
終わる頃にはヘトヘトゲッソリ


結局娘はその3日後に退院出来たのだけれど、私にはその3日間がとても長く感じたアセアセ
娘が家に居なくても、常に張り続けて痛い胸。
それを搾乳して届ける為に冷凍パックに入れるのを1日にひたすら繰り返す。
朝起きて支度して円座クッション持参でバスで病院に通い母乳を届ける。
娘のオムツの世話と授乳をする。
でもまだ産まれたての娘はほとんど寝ているから一通りのお世話が終わると何をしていいのか分からない。
自分の身体が重くしんどい…。横になりたい…。
初日は病院の食堂でお昼を食べまた病室に戻る。
何をする訳でもなく娘の横に座る。

とりあえず休む為に一度帰宅し、また夜に夫と車で娘に会いに行く。


翌日も体調が良くない。鏡の中の自分の顔が土色で老けて見える…アセアセ
またお昼前にバスで病院へ。
一通りお世話をした後に下半身に違和感…!
悪露がドバーッと出た感覚がしましたガーン
産褥パッドをしているのにみるみるズボンから血が染み出てくる…!!アセアセアセアセ


その時間には母が家に居たので急いで連絡して迎えに来てもらった。
車の座席にビニールを敷いて実家に帰る。
下半身は血だらけなのでお風呂場へ直行!!
シャワーを浴びていたらまたしても悪露が大量に出て来て、拳くらいの塊の悪露が落ちて来た…。
青ざめる…ガーンうぇーゲロー
シャワーを終えて、すぐに横になりました。
母がなぜか癒しの音楽をBGMに掛けてくれたw
私のメンタルを思っての事なのでしょうラブラブ

その日の夜、夫が昨日と同じように仕事後に一緒に病院に行く為に来てくれたけれど、
母に「今日はやめなさい。まだまだこれから育児は続くんだから、今そんなに無理する事はない。」
と言われ、夫に母乳パックを預け夫だけ行って貰いました。

なんとも言えない罪悪感と無力感。




今思えば、そんなに暗くなる必要も頑張る必要もなかったなーってすごく思うけれど、
当時の私は
《常に出来る限り娘の側にいなくてはいけない!》
《娘が病院にいるのに、自分の身体を休めるなんてしていられない》
《朝行って夜帰るくらいの気合いじゃないと母親として失格》
《自分の体調は二の次なのが良い母親だー》
くらいの気持ちになり、勝手に自分で自分を追い詰めてしまっていたんだと思いますタラー


その追い詰めて追い詰められてな状態は、
お昼頃に病院に行った時に小児科の看護師さんに「母乳パックをもっと早く持って来て欲しかった」と言われてしまった事。これは娘のミルクの時間にちょうど預けていた母乳パックが無くなってしまい粉ミルクをあげる羽目になってしまった後に私が病院に着いたので言われた言葉。
すいませーん口笛で終わらせれば良かったのに、
当時は「母親としてダメ」と言われてしまったように感じました。


夜の面会に夫だけでお願いって言った時の夫の心配そうな顔。
きっと私を心配してくれていたのだろうと思うのに、これも当時は「残念な顔」に見えてしまい、また「母親としてダメ」と責められているような気持ちになってしまっていました。


なんでこんなに追い詰められていたんだろう??
もっと肩の力を抜いて、ゆっくり休んで、母乳パックも届けられなくても粉ミルクでもいいじゃないか、とニヤリアセアセ
当時の私に言ってあげたい!!


産後で出血が多く体調があまり良くない、ホルモンバランスは乱れ、娘がどの程度の状態で今後どうなるのか分からない(結局プラス3日で退院出来るくらいの軽度なもの)状態が、どんどん暗く深い気持ちにさせていったのかもタラー
初めての出産で余裕も無かったしねキョロキョロアセアセ


結局娘の退院後は新生児のお世話でなかなか眠れない日々が続いて私の身体の回復も遅く産後2カ月は体調がモヤモヤと悪く、悪露も5ヶ月近く続いてしまったのでしたえーん
その間の精神状態も酷く、夫に当たり散らしてヒステリックな日々を送ってしまった…笑い泣き

今なら…!今ならもう少しマシに過ごせるのにっ…!!w

初めての出産は一度経験して思い返せば「この位なら出来る」「この位で休んどけ」って程度が分かるけど、当時は右も左も前も後ろも分からないから時に頑張りすぎてしまったり、時に慎重になり過ぎてしまったり試行錯誤で日々を過ごして行くからこそ、周りの人達の助けって必要だと実感しました。

あの時に母に「病院行かないで少し休みなさい」と止めて貰った事。あの頃は無責任な!!って感じたけど今は優しさで溢れてる言葉だったなってニコニコ
夫も沢山協力してくれて不慣れながらも支えてくれた。あんなに不慣れだったお世話も今では率先してスムーズにやってくれる。やっぱり共に成長してきたと思うキラキラ


当時の私、お疲れ様ー口笛ハート