今、テレビで東京タワーの物語をやってます。
昔!ひすいこたろうさんが掲載していた
東京タワーのラブストーリーを思い出したので
ご紹介します💕

東京タワーの高さは333メール。
自立鉄塔としてはいまなお世界一です。

実は、この東京タワーには
恋の物語が隠れていました。

 

昭和30年代、敗戦から10年。

当時世界に誇れる工業製品などなかった日本に、 

世界一をもたらそうと
挑戦した人たちがいたのです。 

世界一の塔、東京タワーを造ろうと。

でも、台風も地震もある、
そんな国で世界一高い塔を作れるのか?

4200キロに及ぶ重量の鉄骨を
くみ上げられるのか? 

一体、何人死ぬんだ?  
そんななか、命をかけた挑戦が始まった。 

 

東京タワーの特別展望台の上の関係者以外
立ち入ることの出来ないエリアには、
金属製の碑銘で、タワー建設にかかわった
96人の技術屋たちの名前が記されています。
そのひとりが桐生五郎さんです。

桐生さんは若干25歳。当時、
大型クレーンなどもない。
接合までひたすら手作りなのです。

その鉄骨の最上部で仕事を
進めていたのが桐生五郎さんです。

 

ある日、桐生五郎さんに1本の電話が入る。
母親からのお見合いの話でした。
桐生さんは、お見合いの相手に会い、
その後、母親にすぐに結婚を
申し込んでくれと伝えました。
一目ぼれでした。
でも、彼女の返事は……なかなか来なかった。
当時、彼女には気になる人がいたからです。

いよいよ東京タワーの完成が目前に
迫ったある日。
最後の難関、巨大アンテナが
運び込まれてきました。
これを塔のてっぺんに設置する。
史上例のない引き上げ作戦です。
現場監督と桐生五郎さんは、 
高さ280メートル付近の仮設鉄塔の上に
立っていました。

足を置くのは幅わずか15センチほどの鉄骨。
しかも強風で右に左に揺れている。

下をのぞけば米粒ほどの人の姿。
最後の大仕事。でも、強風がおさまらず、
桐生さんは夜明け前から
もう数時間も鉄塔の上でその瞬間を
待っていました。その時でした。
足場が大きく揺れた。
風がにわかに強くなり、秒速16mに達した。

……危ない……。

現場監督は直ちに作業中断を命じました。 
巨大アンテナは、上空で宙ぶらりんになった。
みなが鉄塔にしがみついた。
落ちたら即死……。そこから命がけで
鉄塔で待つこと3時間。
ついに監督は決断し号令をかけた。
足場が風に煽られるなか、
巨大アンテナがゆっくりと持ち上がってくる。
そして、15時47分、歓声があがりました。
巨大アンテナは、見事333メートルの高さに
取り付けられたのです。
世界一の東京タワーが完成した瞬間でした。
その完成の直後、桐生五郎さんは
結婚の祝言を挙げました。
相手は、あのお見合いをした彼女です。

 

実は彼女はお見合いの返事を
だしかねてる時に、
東京タワーを造っている現場を
こっそり見に行ってみたのです。
桐生五郎さんは塔の上でスイスイと
動き回っていた。
「この人、すごい人なのかもしれない」。
そのときに彼女の心が動いたのだそうです。

 

東京タワーを完成させたら、彼女と結婚する。
東京タワーにはそんな物語が隠れていたのです。

実は、東京タワーに使われた鉄鋼の量、
4200トンの3分の1強が米軍戦車を
使用したものだそう。悲しみを生んできた
戦車が日本の地で日本人の手で溶かされ、
国の復興や喜びを生み出す
世界一のシンボルに生まれ変わって
再生されたのです。
悲しみを喜びに再生したのが
東京タワーなのです。

 

「東京に世界一のタワーを造って、
復興の希望の証として、
日本人に自信を与えたい」

96人の職人たちのそんな情熱が
東京タワーにはこもっていたのです。