ブログ はじめての反抗・・・・

誰でも反抗期はあるもの
自我の芽生え

もう遠い記憶になってしまった

私は小学校の低学年だった


私の時代

幼い頃、父親は厳しく

怖い存在だった


時折 母は
私が言うことを聞かなかったり
イタズラが過ぎると
ちょっとヒステリックに
怒った

これもこわかった

私には効かないと思うと


最後の殺し文句は
「お父さんに言うからね!」だった 

こわい順に
地震、雷、火事、親父の時代 

は続いていた



この言葉を聞くと私は

急にシュンとなった


それほど父親は私には
こわかった

父が帰るまでの時間が
とても長く感じられた

私はずっと
母の顔色を伺っている

ほんとうに
父に言いつけるのだろうか

言いつけないこともあったからだ

『ただいま』
父が仕事から帰宅する。
玄関から入ってくる。

そして母の最初の言葉に
耳を凝らした

けれどこの日は・・・・・・

「アキヒコ!」
私の名前を大きな声で
呼びながら父が迫ってくる。

太い腕に捕まらないように 
私はかい潜って必死で逃げる

小さい私の身体は
机の下をかい潜って
忍者のように
逃げる、逃げる。

ちゃぶ台や椅子、柱など、
あちら、こちらに、

しがみついて抵抗する


けれど強引に引き剥がされてしまう


結局 隣の部屋の隅まで
逃げた所で
あえなく大きな手に捕まった

父は暴れる私の脚を握り
玄関まで引きずられ

とうとう外へ出された


玄関の外の暗さと
怒られたショックで
体は萎縮している

脚が痛くなるほど
真っ直ぐに長い時間
ただ ただ 私は立っていた

時折 小窓が開いて
父は私の様子を伺っている

街灯は
木製の電柱に
傘がついた裸電球

まだ、暗い時代だった


闇の中で立たされいる

そして ある時!!
外に出されることに
”納得できない私がいた

私は逆に親を困らせてやろうと
この時 はじめて小さな決心した

絶対だった父親への
最初の反抗だった

その日 
玄関先の暗闇で

立っているはずの


私が

居なくなっていること

気がついた

道を隔てた向かい
古いアパートの外階段の陰に

隠れて

妙に興奮しながら家の方を見ていた



両親は玄関から出ると
私の名前を呼びながら
左右の道に別れた。

遠くで声が聞こえるようになったとき
私は玄関先に戻り 
膝を抱えて”見つかる”のを待っていた。

そのあとの記憶は定かではない。

確かなことは
それから 怒られても
外に出されることは無くなったこと


昔は躾が厳しかったと思う

いたずらっ子で
私は落ち着きがないと
よく言われた

何かにつけいつも厳しく

躾けられたように思う






社会のルールや常識に外れると

人生路頭に迷う

親類に迷惑をかける

世間体が大事な時代


そんな時代を生きてきた親の世代


躾(しつけ)すなわち
社会からはみ出さずに
我慢して生きていくための術を
子供に伝えていくもの


日本は豊かになり

多少 道から外れて

人生から落伍しても

なんとか生きていける
そんな世の中になった。

様々な価値観が生まれ
渦巻いている。

社会に組織に協調するより
個性が大事だと云われる時代

日本は

世界で最も素晴らしい国だと

私は思っている


いつまでも 

そんな国で

いてもらいたい