いつもより早く任務が片付いたせいか、はたまた自室よりも近かったという理由のせいか。気紛れのようにウーノは士官用にあつらえられたバーに足を運んでいた。酒といえば飛び付いてくる飲み仲間も今日はいない。
彼らがいては、静かに考えるなんて芸当は絶対に無理だろう。
そのことに救われることは多かった。
しかし、今は陽気な酒が必要ではないのだ。
グラスを満たす琥珀の液体に半透明の氷がゆるやかに溶けていく。表面を滑る水滴が風景に乱反射し、時折ウーノの顔を映していった。
バーのマスターは、そんなウーノの様子を空気で察してか、客もまばらなカウンターの隅で商売道具の手入れを行っていた。

「隣、よろしいですか?」

不意にかかった影に話し掛けられる。

「いいけど、あたしはそんな話す気分じゃないわよ」

言外に、近寄るな、と言っているようなものだが、男は介さずにウーノの隣に座った。ジロリ、と隻眼で闖入者をねめつける。
藤紫の真っすぐな髪を一つで括った、大柄な美丈夫である。
端正な顔を横断するように黒い眼帯が巻かれていてそれが一層彼のミステリアスさを引き立てていた。

「このご時世、そんな珍しくもありますまい」

見ていたことがわかったらしい。苦笑を滲ませて言う。

「私も、貴方もゴッドイーターなのですから」


確かに、見てみると彼の腕には拘束具を思わせるような深紅の腕輪がついていた。となると、彼が言うように彼もゴッドイーターのはずである。しかし、支部全てのゴッドイーターの情報を調べたはずなのに、ウーノは男の顔を知らなかった。
新入りか?と疑問符を浮かべるが、男の持つ、どの考えも当てはまりそうな異様な雰囲気に、思考が一旦停止する。

「しかし、最近緊急出動の回数が増えましたねぇ」

呟くように、同意を求めるように男は言った。
「……確かに、ね」

今、俄かに外部居住区周辺をアラガミが賑わせている。便宜上とは言え第二部隊に籍を置いているウーノとてそれは捨て置けない。それがウーノを沈鬱にさせている原因の一端でもあるのだが、それはさておき、上層部もそのことには頭を痛めていた。

「このことについて、第三部隊ででも噂になっていましてね。最近になってアラガミ同士の連携が急速に強まっている。なにか、アラガミ達に変化が起きているのではないか、と」

「変化?」

こいつは第三部隊の人間だったのか。交流が無いわけではないが、顔見知りは多くは無い。
第三部隊の人間のリストをもう一度洗ってみよう。

「アラガミに進化なんてつきものじゃないの?」

「それもあるのですけどね、その、個々ではなくもっと全体的な問題です。連携という行為、群れをなすという習性、彼らの知能は概して飛躍を遂げているのではないですか?」

まるで値踏みするかのような単眼がウーノを射ぬく。
この男は、一体、何をどこまで知っているのだろうか?
自身の受けている任務について振り返る。堕天種という存在自体まだ学者間でも非公式見解であり、その知能指数を測るための観察実験もまだ始まったばかりである。
憶測であるとしても、それを自分に聞くという時点で鋭すぎると言わざるをえない。

「あたしなんかが答えられる問題だと思うぅ?」

不敵な笑みに対して、ふにゃっと返す。少なくとも、この場で明かしていいものではない。

「いえ、なんとなく、貴方なら知ってそうな気がしただけですよ」

本当にそれだけか、という詰問は喉の奥で飲み込んだ。
とにかく、なんだかこの男は危険な匂いがする。長い時間一緒にいてはいけない、と頭の中で警鐘がなる。
グラスの酒を煽り、さあ逃げようか、と考えたところで、男が口を開いた。

「ところで貴方はエイジス計画についてどう思います?」

「………」

「人工島エイジスの周囲を強化アラガミ装甲で覆い、そこに人類最後の楽園を創る。強化アラガミ装甲は理論上ノヴァの終末捕食ですら耐え得る。これについて、貴方、どう思いますか?」

「どうって…別に、」

遮るように男は言葉を続けた。

「本当に、¨絶対無敵¨(エイジス)の盾なんて存在すると思えますか?」

それは、偶像だ――直球な否定である。
いつからか水面下で流れはじめたノヴァの終末捕食。空想の域にすぎない魔物(レヴィアタン)に対してどう保証付けれると言うのだろうか。

「…あたしらの考えることじゃないでしょ」

絞りだすように、彼の指摘はもっともである、と言いたいのを押さえて言葉を綴った。

「模範的な回答です。兵士(ソルジャー)としては優秀なほどに」

男の表情は変わらない。酷薄な笑みをたたえたまま、長い指で自身の長髪を弄んでいる。

「しかし、私は思うのです。今、人類に必要なのは絶対堅固な盾ではなく、絶対鋭利な矛なのではないか、と。この地上におけるアラガミを一掃できるような、圧倒的な武力こそ求められているのではないかと。神話において悪竜が退治られるように、奴らも滅ぶべきだ、そう、思いませんか?我々の辛酸は、栄華は、アラガミによって踏み躙られた。失ったものは多いでしょう。失うものすら与えられなかった者も多いでしょう。それを、楽園に逃げ込んで怯えながら暮らす?そんなの、護戦の女神(アテナ)が許しても、復讐の女神(フューリー)が許しません」

「人は、今一度、奴らを駆逐し、かつての栄光をとりもどすべきなのです」

カシャン

「…悪い、酒が回っているようだ」

倒れたグラスが転がっていく。
遠くにいたマスターが台拭きを持って駆け寄ってくるのが視界の端に移った。琥珀色の液体が黒いテーブルの上でユラユラと蠢く。
男は、深酒はよくありませんよ、とやや興の削がれたような声色で言った。

「そうだ…わね。明日も任務だし、今日はこのくらいがいいかもしれないわね」

酔いが回ったかのような足取りで立ち上がる。

「二日酔いが酷ければ抗ヴェノム剤を服用するのも手ですよ」

「そうねー…ま、任務には響かないようにするわー」

ヒラヒラと後ろ手を振ってその場を後にした。
勿論ウーノは酒になど溺れてはいなかった。むしろ頭の中を巡っているのは先程の男の言葉である。
アラガミを滅ぼし尽くす?それは当然然るべき行いで、下るべき人災だ。
極東支部隊になってから漠然と感じていた不満が明確化されたような気がする。
アナグラに漂う一種の緊張感の無さは、アラガミを滅ぼし尽くすと誓いを立てたウーノにとっては毒であった。
あの日感じた、身を引き裂くような絶望。失ったぬくもり。
それはウーノにとって忘れたくない業(カルマ)である。
忘れることなど、許されない。

「ユーリャ。リータ」

懐旧を舌に乗せる。
光を映さない右目に彼らの笑みが浮かんだような気がして、ひどく苦い感情が身体中を暴れ回った。
その面影に赤銅色の影が一瞬重なったような気がした。









「昴隊長、こんなところにいましたか。探しましたよ」

抑揚の無い声に呼ばれて、昴隊長、と呼ばれた男は面をあげた。
肩くらいの髪を一まとめにした、白衣を着た男性―男性と呼称するには小さすぎる―が手にカルテ束を抱えてバーの中をずんずんと突き進んでくる。
マスターが嫌そうな顔をするが、気を払うような素振りは全く無い。

「おや、君が研究室から出てくるとは、珍しい」

「自分で資料を請求しておいて寝ても待てども取りに来ないどこかの上司を持ったせいで、出ざるをえなかったんですよ」

「それは大変ですね」

そう言ってクツクツ笑う。白衣の男は若干呆れたような表情をした。

「貴方の気紛れは今回に限ったことではないのであれですが…はぁ、」

もはや諦めた、と言わんばかりに大げさに肩を落とす。
そうすると一層小さく見えますね、と揶揄ろうとしたが、場を弁えて発言を慎んだ。

「ところでアンリ、一つ出題です」

「…はい?」

意図が掴めない、といった風の部下にニコリと笑む。

「人は、自分の許容範囲以上の悲哀に直面した時、一体どんな行動に出るでしょうか?」

一瞬キョトンとした表情を見せる。しかし出された問題は見過ごせないのか、口元に手を添えて考え込んだ。
数秒も経たないうちに、解が出たのか、顔を上げた。

「…改善策を練ります。その絶望を未来的に帳消しできるように、無くした希望を取り戻せる奇跡を演出するために、地べたを這いずるような努力をするでしょうね」

「……それは、君のような、過去と向き合える強さを持った人のケースでしょうね」

少々呆れを含んだ声音で昴は言った。

「人はもっと弱いものですよ。そしてしぶとく卑怯だ。受けとめられないとわかった瞬間、思考のスイッチが切り替わり、その悲哀を別の感情に代替する。快楽、憎悪、狂気、憤怒。そうやって原感情を少しずつ消化していくのです」

「…………」

「彼らは感情の消化を持て余している。こちらが少し餌を撒くだけですぐにかかってくるほどにね。理性的な人間は、そうして水面に一投石を投じるだけでいい。あとは、役者だけが勝手に踊ってくれる」

口角が弓張り月のようにキュッとあがる。
鋭利な美貌と相まって、見るものに悪寒を走らせるような、壮絶な笑みだ。
しかし対面のアンリは小首を傾げて納得できない、と全身で語っていた。

「そんなもの、なんですかねぇ」

「そうなのですよ、一般的には」

一般的、という言葉にアンリは更に憮然とした。

「…君は頑固者ですね。んー……そうだ。アンリ、賭けましょうか」

「賭けですか?」

昴の突拍子のない提案に思わず聞き返す。

「ええ、賭けです。今し方の彼の天秤が…どちらに傾くか。我々とフェンリル、どちらの理念に共感するか」

「犬は犬でしょう。乗り越えられないならずっと吠えついているのがお似合いです」

フン、と鼻をならしてアンリは言い切った。

「では私はこちらに賭けましょう。ベットは…そうですね、お互い秘密を一つずつあかす、というのはどうでしょう?」

「へぇ?僕が、貴方に隠し事をしているとでも?」

「例えば、戸棚の奥にある血臭の染み付いた黒いのみとか」

「……………」

「いずれにせよ楽しみです。どちらにしても犬ごときに我々を止めることなど、不可能なのですから……」

不適な笑みを浮かべて虚空に向けて宣戦する。それを見て、アンリは、早く資料を渡して帰りたい、と呆と思っていた。









鼻先を鋭利な爪が掠め、一瞬せり上がった死の予感に暗い恍惚が鎌首をもたげる。
しかし鍛えぬかれた防衛本能は簡単にウーノを死なせてはくれないようだ。カウンター気味に高速回転する刄を叩きつけて、その四脚の一つを奪い去る。
バランスを崩した肢体が勢いを殺し切れず、どう、と地に伏せた。
その隙を逃すはずがない。
ウーノの意思を的確に読み取った神機が変形を始め、生々しい黒い肉が隆起し、一匹の歪な獣をかたどった。

「いけ」

言うや否や、それは豪速で飛び出し、ヴァジュラの頭部を荒々しく喰いちぎった。

「12」

脳内のそろばんを事務的に叩く。
しかしそれでもウーノを取り巻くヴァジュラの数は一向に減る様子は無い。
どう見てもおかしい。
普通、ヴァジュラが群れをなすとしても10匹前後のはずである。今でも他の零機関の仲間が奮闘しているだろうに、異常な数だ。
皆、無事だろうか。
全員が全員、アイザックやレグナの目にかなう精鋭達だ。ヴァジュラごときに苦戦するようなタマではないが、いかんせん、数が数である。バディの者と上手く連携をとれればいいのだが、複数戦を前提とするとそれも難しい。

己のように――苦い表情が顔に乗る。
彼女は、無事なのか――戦いの最中、はぐれてしまったバディの顔が脳裏を掠める。
戦いに焦燥は禁物だ。視界を狭めてしまい、結果、己の寿命を縮めることとなる。

光を通さぬ分厚い雲と降りしきる雨に視界を遮られながらも、片方しかない瞳で戦場を見回す。
どうして、こうなってしまった。
何度目かになる悪態を心の中で呟きながら、襲いくる次の敵に神機を握りなおした。

――事は一時間前に遡る。









珍しい零の緊急召集に駆け付けてみると、そこには普段色々な部隊に散開している零の面々が雁首を揃えて集結していた。

「遅いぞ、ウノ」

「ごめんなさーい?オンナの身仕度には時間がかかるのよん?」

「スーツに皺をつけたままでいるくせに、よく言う」

そう言ってレグナはクッと笑った。
単独任務から帰投した直後である。レグナもそれを知ってのことであろうから、単なる挨拶のようなものだ。

「まぁいい、とっとと席に着け」

「はいな」

しかし隣席の相棒は、レグナ隊長になんて口をきいているんだゴルァ、と言わんばかりのジト目でこちらを睨んできた。

「今回集まってもらったのは他でもない、久々の大型任務についての緊急ミーティングだ。この任務には零の戦闘員を全員投入する。皆、そのつもりで話を聞け」

ザワリ、と場の空気が揺れるのを感じた。
零の総員出動は、前のクーデター騒ぎ以来だったかな、とウーノはぼんやりと思った。

「嘆きの平原周囲に巨大なヴァジュラの群れが発見された。通常、ヴァジュラが群れをなすといっても15がせいぜいだったのだが、今回のケースでは少なくとも50は確認されている。これは、第三部隊の偵察班が持ち帰った映像だ」

プロジェクターに映し出されたのは、見渡す限り周囲を取り囲むヴァジュラの群れ。ところどころ甲高い悲鳴が入っているのは撮影者のものであろうか。
仲間が次々と倒れ、劣勢を余儀なくされていく様子まで淡々と映し出されていることに、重い沈黙が場を支配する。

「偵察部隊は、この記録者の少年を残して全滅した。彼らに敬意を払う意味でも、我々払うこの任務を完遂しなければならない」

偵察班では、班で一番若い者の頭にカメラを取り付けて、後方支援と撮影者を兼ねさせることがある。
目の前で味方が殺され、それでも逃げ出さなければいけなかったこの少年の心境は如何様なものであったか。
ウーノは心の中でそっと十字を切った。

「敵は底が知れなく、我々は寡兵だ。しかしそれと同時に一騎当千の兵でもある。集団に対して集団で真っ向からぶつかるのは、勇猛ではあるが愚かと言わざるをえない。第零機関極東支部隊の諸君、我々はフェンリルの正義を奴らの屍の上に打ち建てなければならん」

レグナの静にして獰猛な眼光が一人一人を射ぬく。
まるで、覚悟を問われているような感覚だ。
最近また入隊したという新兵などは、初めて聞くであろうレグナの鼓舞に頬を上気させていた。対して、自分の新兵時代はどうだったか―、と、意識が過去にとびそうになったのを無理繰り押さえ付けた。

「諸君、我々は彼奴らに対してゲリラ戦を展開する。二人一組で群れに対して全方位から挟撃する。決して深追いはするな。これは団体任務だということを、仲間が共に戦っているということを忘れるな。勇気に逸り突出することも、怯懦により撤退することも支障となることを努々忘れてくれるな」

「我々に下された使命は電撃戦ではなく殲滅戦である。彼奴らは我々を微塵とも脅威と感じてはいない。だが、そこに付け入る隙がある。一匹一匹、確実に息の根を止めて、その眼に勝者となるべきはどちらか、刻み込んでやれ!」

レグナの腕が振るわれる。同時に隊員達は起立し、一斉に敬礼を送った。

「各自、従来のバディとともに指定のポイントにつけ!作戦開始時刻は0800だ!アクリルは私に続け!ハヅキ、回復球は静かに置けよ?…それから、ウノ、おまえはメローと組め」

作戦開始、と俄かに動きだした中で突然の辞令に目をきょとんとさせる。
しかし次の瞬間には思考の整理を終え、了解の意志を返す。メローは零の中でも一番の年少にして入隊も一番遅い。曲がりなりにも年だけはくっている自分と組ませて釣り合いをとらせる魂胆だろう。
だが、それだけではなく――

「では、私は隊長のチームに入ればよろしいのでしょうか?」

ウーノのバディであるケイが支度に向かう足を止めて質問した。
「いや、今回おまえは後方で待機だ。人員が欠け次第投入という形をとる」

レグナの意外な判断にケイは思わず、えっ、と洩らす。

「何故です?こんな重要で大がかりな任務において待機要員を置く余裕などないはずです!」

「それは違うぞケイ。我々は長期的に、綿密に奴らを打倒せねばならない。挟撃という態勢を取るのも敵の戦力を集中するのを避ける為だ。もしその一角が欠けたとしたらどうなる?負担は他の戦略地点で戦っている仲間にかかるだろう。それを防ぐためにも予備戦力を残しておく必要がある」

「でしたら…!」

私じゃなくても、と続けようとしたのをレグナは遮って言った。

「それにおまえは、ヴァジュラ神属を執拗に深追いする傾向がある、と報告を受けている」

レグナの言葉にケイは息を呑んだ。そしてウーノの方をキッと睨む。

恐らく、レグナへの報告をウーノが請け負っていた理由をこの瞬間察したのだろう。
だが理由として正当だ。人が何に向き何に向かないか、簡単な命題であるが、第零機関極東支部隊を率いるレグナとしては生死に直結する以上それを間違えることは許されない。
ケイの睥睨をウーノは無感情に見つめ返した。

「団体任務である以上個人の感傷にかかずらっている暇はない。ケイ。おまえの言わんとしていることはわかっている。そしておまえの腕も私は疑ってはいない。だが今回はそれを見越した上での私の判断だ。わかってくれるな?」

「私、は…」

それでも、貴女の為に働きたい。
ケイは、その言葉を喉の奥に飲み込んだ。

「了解しました、隊長」

敬礼をレグナに返す。それに満足したのか、レグナは薄く笑みを返してブリーフィングルームを後にする。他の隊員は既に準備に奔走しており、部屋にはケイとウーノだけが残された。

「…貴方の行動はもっともだわ」

呟くようにケイは言った。

「………」

「私はまだ未熟。平静でいるつもりなのに、まだ、あいつらへの憎しみで動いているのね」

俯いている彼女の表情は杳として伺えない。

「そんなに、私は無鉄砲でしたか…?」

「……いや………」

彼女の動揺は、注視しなければわからないほど極小で、戦闘においては致命的に多大だ。

「それは俺が―……」

言い掛けて口をつむぐ。ここで言うべきことではない。
変な沈黙を保つウーノをケイは訝しげに見る。

「……任務開始時刻に間に合わなくなる。先に行く」

話題を無理矢理引き上げるようにして、ウーノはケイに背を向ける。
彼女の表情は見えない。いや、さっきから彼女の顔すら見ていなかった。
何故、こんな時にばかり思い出すのだろうか?
色素の薄い肌、透けるようなプラチナブロンド。
共通点など、顔立ちぐらいだと言うのに、何故もこんなに懐旧する。

無機質な廊下を渡りながら先程言い掛けてやめた言葉を反芻した。

――それは、俺が君を危なっかしい子供と見ているからだよ。







**************************************
第二話(゚Д゚)しかしまだまだ続いてます。
ここまで長くなるとは思わなかった…。これも自分の力量が低いせいですウワハイ
ケイちゃんの親御さんには書く度毎度毎度感謝の祈りを捧げてますじぇ!!ごめんなさい!!

「言っただろう、後悔するぞ、と」


そう言いつつも、男は苦々しげな表情でその惨状を一瞥した。


「これは奇跡の代償だ。世の中のギヴアンドテイクだ。おまえが今、ここに生きているという、有り得ないリアルの代わりの惨劇だ。それが、おまえの選択の末路だよ」


力なく膝で立つ男はぴくりとも動かない。歩み寄り、蔑むように、憐れむように、その男に歩み寄る。


「俺は言ったぞ。逃げろ、と。本当に大事なものを守りたかったのなら、おまえが今まで築いてきたもの全てをかなぐり捨ててでも、逃げるべきだったんだ。それが、どうだ?おまえのその大層な使命感のせいで、ユーリャ達は死んだ。おまえも、一生逃れえない傷を負った。地獄の、さらにくそったれな場所を目指して突撃をかましたんだ。なぁ、ウーノ」


動く気配の見えない友に、ばつの悪い感情を覚える。これは、八つ当りだ。行き場の無い憤りだ。

しかし、吐き出さずにはいられない灼熱の感情だった。だが目の前の男が抱えているのは、己のものなど比較できないほどのものなのだろう。
それを抱えて、微動だにしない――彼のなかではどれだけの感情が荒れ狂っているだろうか?
一刻、二刻――どれだけの時が経ったろうか。時間感覚すら曖昧になった頃、自分以外の声が空気を震わすのが、聞こえた。


「アイザック」


「…なんだ」


「どうすればいい」


面をあげる。娘と相対している時の柔らかな眼差し、酒場で笑いあった楽しげな表情、妻と寄り添っていた幸福の感情。――全てを亡くし、全てが過去になった男の顔が、そこにはあった。



「アレを、この世から滅ぼし尽くすには、どうしたらいい」







「……ぉぃ、おい、ウーノ!」


自分を呼ぶ声に、意識が徐々に覚醒する。どうやらソファで眠ってしまっていたらしい。
長い時間同じ態勢をとっていたせいか、体中の凝りが激しい。肩を回しながら起き上がると、声をかけた旧友はハァ、と大げさにため息を吐いた。


「爺くせーなぁ…あーいやだいやだ。人はこーして年をとってくのか…」


「アタシより年上のくせに、そんなこと言わないでくれるゥ?それに、アタシはまだ20代よっ」


20代と30代の差は大きい。そう猛然と抗議するウーノにアイザックはまたしてもため息を吐いた。
…どうして、こうなった。ウーノには聞こえないように口の中で何度目になるかもしれない悔悟を口にした。
ある日突然、ではない。予兆は少しずつあった。
まず、語尾が怪しくなった。次いで、一人称がおかしくなった。そこから怒濤の勢いで身振りが一転した。
――そして、笑顔が増えた。
確かに、仮面を作れ、と助言したのは自分である。抜き身のナイフのように、殺意を体現したような風体では零の仕事が勤まらない、という理由もあるが、それ以上に、旧友が過去に囚われたままがんじがらめでいるのに耐えられなかったからだ。


「…カマ野郎にゃ気になるかもしれんがな、男ならヤレりゃあ一生現役よ」


「なぁによぅこのエロ助!ほんと、アンタはエロいことしか頭にないわね!」


…これはこれでいい傾向かもしれない。少なくとも、絶望の果てに、自壊に走られるよりは。


「で、何の用よ。アイザック教官。確か、昨日、レグナちゃ…隊長にデスクワークから逃げたお咎めで執務室に拘禁されてたんじゃなかった?」


「んなもん逃げだ…いや、最重要案件ができたから出てきたに決まっているだろうが」


こいつ、今、逃げるって言ったぞ。


「…あんたが逃亡噛ますほどの、重要案件、ねぇ…」


「いや今回はまじだって。大体、逃げ出したのならおまえのとこにゃこねーよ」


確かに。

こう見えてウーノは任務に関しては人一倍忠実である。そのウーノのもとに逃げ出してきても、三秒後には執務室に逆戻りがオチだ。
納得したようなウーノの様子にアイザックはほ、と一息吐く。


「で?どんな事件が合ったんだ?またクーデターか?」


「そんな頻繁に起こってたまるかよ。大体そんなのが起きて、それでいてこんなところでねこけているような隊員はうちにはいらんぞ」


「はは、確かにな」


「んだ。…でな、まぁ今回の用件はさっき言ったクーデターのことに絡んでなくもないんだが…この前でウチも随分と人数が減ったろう?で、俺が指導教官なんかに身をやつしてめぼしいのを探していたわけだが…」


「骨のありそうな奴が見つかったか?」


ウーノの言葉にアイザックは首を横に振った。
訝しんでいると、アイザックは子供が何かを企んでいる時のような、意地の悪い笑みを浮かべた。


「いや、向こうから志願してきた」


その言葉が意味するところについて考え――ハタ、と気付いた。
今現在零機関は機関としての動きを停止している。五体満足に動ける人員がレグナとウーノしかいない現状もあるが、何より、前隊長のアイザックが一線を退いたことが大きかった。
それまでアイザックの裁量に任せていたものが全てレグナの肩にのしかかってきている。いくらレグナが優秀な戦士と言えども、着任早々にソレを求めることは難しかった。
夜、何か思い詰めたように肩を落としているレグナの姿を何度か見たことがある。彼女なりにその重圧と戦っていたのだろう。
その、零の存在を知り、理念を知り、犬とそしられることを知りながらも『零』であることを望む人物――考え込むようなウーノの姿に、アイザックは笑みをさらに濃くする。


「まあ、考えるのはいいけどよ、実はもう其処によんである。ケイ!入っていいぞ!」


扉の外に待機させていたらしい。慌てて居住まいを正すと同時に、ドアを開けて小柄な影が入ってくる。年の頃、15から16と言ったところか。華奢な体をフェンリルの漆黒の制服で包み、赤銅色の髪をたなびかせてこちらに向かって歩いてくる。


「このたび、第零機関極東支部隊に入隊しました、ケイと申します。コードネームはTigre Rouge。よろしくおねがいします、ウーノさん」


値踏みするように彼女を見ていたウーノだが、その視線の動きが容貌で止まった。
眼光は、その歳に似合わず鋭い。それに誤魔化されがちであるが、顔つきは歳相応に幼い。
いや、それが問題なのではない。記目蓋の裏の肖像と、それがダブりだす。
彼女は、その顔立ちは。


「まだ実戦経験は浅いがな、才能については俺が保証するぜ。しばらくはおまえにサポートを任せる形になるが……って、聞いてるのか?ウノ?」



耳に響いたその声は、一体どこで誰から聞いたものだったか。







シユウの掌から発射されるエネルギー弾が土ぼこりを舞いあげる。
連続で放たれたそれは大地に穴を穿っていく。人体に被弾したらどうなるか、という想像が脳裏を一瞬掠めた。
土ぼこりに紛れて相手の視界から隠れつつ、己の神機の刀身を解放した。
根元に埋め込まれた神機のコアが怪しく明滅し、ギャリギャリギャリ、と耳障りな不協和音が戦場に鳴り響く。
シユウはそこまで視覚や聴覚が優れたアラガミではない。人間の形に近い分、その五感もどちらかと言えば人間に近いものを持っている。
しかし、ここまであからさまな騒音を出せば否応無しに場所を特定できるはずである。
シユウの手掌に光弾が生まれる。構えからして、追尾性の高い誘導弾であろう。あまり複雑な動きこそできないが、遮るものが土ぼこりだけな現状、それが外れる可能性は、無い。


しかしシユウは気付いていなかった。
騒音に気を取られ、足元で静かにその時を虎視眈眈と狙っていたその存在を。
不動で運動エネルギーが蓄積された刀身が光を帯びる。うなりをあげて振りかぶられたそれは、空気をボンッボンッと破裂させながら、シユウの脳天に吸い込まれる。
虎の牙がシユウの頭蓋にのめりこむ。
捕食による競合は、より脆弱なオラクル細胞を細胞壁からズタズタに破壊する。
断末魔の暇もなく頭頂部から唐竹割りされたシユウの身体がゆっくりと傾いだ。
振り切った虎剣が地面にめり込んでいるのを抜き、ゆっくりと彼女が立ち上がる。


「いーい一撃だったわ~ナイスよ、ケイちゃん」


バチン、とウィンクを飛ばしてしなを作って言う。
パンパン、と己の黒い服に付着した土埃を払っているケイは、その言葉に面をあげ、


「いえ、ウーノさんのアシストのおかげです」


と、ノーリアクションな他人行儀な言葉を返した。


「……じゃあ、早く回収しちゃいますか」


「はい」


言うや否や、神機の捕食形態を展開させ、シユウの屍に噛り付かせる。
生々しい捕食音を響かせる中、ウーノは心の中で何度目になるかわからないため息をついた。


ケイが入隊し、ウーノとコンビを組み始めてから一ヵ月。
ほぼ日を開けずにアラガミ討伐任務を果たす毎日、確かにアイザックの言うとおり彼女の戦士としての才覚は超一流であった。ウーノが教え込む知識を余さず吸い取り、かつ応用的に構築する頭脳には舌をまくばかりである。
だがしかし、だがしかし、彼女には決定的に愛想がなかった。
公私共にポーカーフェイス、たまに任務中にアラガミをいたぶってはにやりと笑みを浮かべる程度である。初め、己がキャラ的に嫌われているのか?という疑念を抱いたのだが、どうもそうではないらしい。
彼女は、誰に対してもそうだった。己やアイザック、アイザックが勧誘してきた新隊員、自ら志願して飛び込んできた者達、それらに彼女は平等に――関心を払わなかった。
事務的に人に接するその姿に、ウーノは一抹の寂しさを感じていた。これも、感傷なわけだが。


――いや、一人、例外がいたか。


「さぁーって!帰ったら隊長に報告しなきゃ、だわねぇ!さっさと帰りましょ!」


「…いつも思うのですが…何故、隊長への報告は、毎回、貴方が担当するんです?」


憮然とした表情で言う。
レグナ・ケブラー第零機関極東支部隊隊長に対してのみ、彼女は表情を動かす。


「そりゃ、アタシが貴女よりケイケンホウフだからに決まっているじゃない。貴女のことも隊長に頼まれてるワケだし」


「………」


最近は極東支部隊も俄かに動き始めて、隊長であるレグナは各地に奔走中だ。そんな彼女に会えるのは、最近は任務の受諾と報告のタイミングくらいである。
そこでウーノは任務の報告と共に、ケイの習熟具合などもレグナと話し合っていた。零として、本部の犬としてプライドも捨て去り働きうるかを。今現在、彼女は非常に優秀である。――優秀であることが、怖いくらいに。


「ところで、疑問に思ったのですが」


「なァに?」


神機を棺型の収納ケースに収めながら、返答する。


「前回も感じたことなのですが、討伐対象のアラガミ、ノルンで見たものと姿形が大分違うと思われます」


その言葉に、捕食したコアを瓶詰したものを丁重に閉まってから、向き直った。
確かに、ノルン・データベースに登録されているシユウは青みがかったボディが特徴的なアラガミである。
しかし今回合いまみえたシユウは白と紫のコントラストが映える身体をしていた。
ケイの質問に、ウーノは少し考える素振りを見せる。


「実は、科学者連中の間でも、どう位置付けるか迷われている問題なのよね」


「迷う…?新種と位置付けるかどうか、ということですか?」


「そそ、捕食し、進化するオラクル細胞でできたアラガミに生態系を適用できるか知れたもんじゃないけど、特徴的にはシユウだったでしょ?アレ。一番有力なのは環境適用型だわね。最近だと半水棲型のグボロ・グボロが溶岩地帯で発見されたっていうかレポートがあるわ。住む場所が水と溶岩じゃ、全く別種と言っていいと思うでしょ?…でもオラクル細胞だからこその考え方も適用できるってワケよ」


一息区切る。
この振って湧いた天災は、今までの人類の叡智を悉く覆してきた。ダーウィンの進化論、聖書の天地創造論。在来の考えではこの未知なる敵は計り知れない。

「奴らは恐ろしいスピードで進化するわ。生物が何万年かけててにいれた進化をものの数年で駆け上がる。こいつなんて最たる例ね。各地で発見される非在来種、皆、一様に、能力的に在来種を上回っているわ」


「………」


「科学者連中はこいつらのことを便宜上堕天種と呼ぶことにした。そういえば言ってなかったわね。現われはじめて間もないこの堕天種のコア採取、これが当面アタシ達に課せられた任務、よ」


考え込むようにして聞いていたケイだが、最後の蛇足に、ん?というような顔をした。


「…そういうことは、最初に言うべきなんじゃないですか?」


「そうかもしれないわね~」


語り終えた、と言わんばかりに歩速を早めるウーノにケイは小走りでついていく。


「そうかも、じゃなくて、そうなんです!任務内容を知らずにアラガミをただ倒し続けてた私がバカみたいじゃないですか!」


「やー、だって、やることはかわらないじゃなーい?」


「おちょくるない!」


頬を上気させてウーノを追ってくるケイに、脳裏にある日の幻想が蘇る。
雪化粧。並ぶ三つの足跡。鬼事。ムキになった表情。リーリア。
――懐かしい。懐かしい、が、もはや失ってしまった日々。
それを何故最近になってとみに思い出すようになったのだろう。


ちらり、と片方しかない眼で肩越しにケイの方を振り返る。
眉間に皺を寄せて、さも文句があります、といった表情だ。似ていない、が、似ている。表情こそ不動だが、造形は彼女にそっくりなのだ。
アイザックに紹介された当初、もしや生きていたのか、と淡い錯覚に陥ったのだが、その成長、書類の年齢から全くの別人と判明して、肩を落としたものだ。


(我ながら、情けない)


それは、彼女を見るたび懐旧に囚われる己の惰弱さに対してか、それとも、未だ諦めきれないことに対してか。
自分でも判然としない感情に薄い自嘲の笑みを浮かべる。――しかし、忘れることなどできるものか。己に建てた誓いを忘れるつもりはない。アラガミを地上から一匹残らず滅ぼすまで、彼女達の元にいくことは許されない。
じんわりと、己を焼く苛烈な感情が戻ってくる。


――そうだ、これでいい。


帰ったら詰問されるであろうことに対する誤魔化しを考えながら、いつもの通り、帰投の道を辿っていった。







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第零機関極東支部隊に所属させたカマことウーノとケイちゃんの交流SSの一話目です。某所で連載していたのですが、結構なログが溜まってきたので加筆修正しつつ掲載してみました。
正直あんまり設定とかわかっていないので、絶賛かみじょう修正のかかった部隊観・キャラ観でお送りします。正直自己満足に近いとも言うwww

この世には怖いことがいっぱいだ。

それこそ、アラガミの跋跨なんてモノの数ではない。

アラガミが出現するその前から、さらに人類という種が現出する前の前からこの世はそれに蝕まれていた。だのに太古の英知、現代の超科学もそれを克服することなどできはしなかった。

今でも私の耳元で息づくそれは、常に私を彼岸へ、彼岸へと引きずり込もうとしてくる。安息と安寧を、生死の静止という誘惑。全てを此岸へと置いていくという恐怖。私はそれが、アラガミと戦うことになる前、あの狭く暗い世界で生きていたその前から、怖くて仕方がなかった。

それ――アラガミの少女が攫われ、アーク計画成就を目の前にして、その『死』は目前に迫り来た。

私の最も恐れてきた、地下を這いずり回り、神機を携えてまで逃げ回ってきたそれが。

どうしようもなく不可避で、絶対的なそれに、私はどうすればいいのかわからなくなった。





その部屋は元の様相からひどくかけ離れてしまっていた。

アラガミの強襲、アーク計画成就が迫りプラント部の人間が逃亡した為、電気系統が満足に働かなくなった為照明が絞られていることもある。しかしそれ以上に、あれほど清潔に保たれていた一室が、至る所を千々に引き裂かれて乱雑な体を現していた。

レースをあしらったカーテンは模様にしては不揃いな穴が開き、手製であろうぬいぐるみはスプラッタのように中身を露出させている。可愛らしい壁紙には拳の形をした陥没が所々に見られ、もはや用途という用途が見られない。

その異様な雰囲気に、踏み出した足が前進を拒む。その足音に部屋の中心、ぼろぼろの部屋で辛うじて無傷を保っている毛布の固まりがビクリと動いた。どうやらそこに部屋の主である『彼女』がいるらしい。傷だらけの部屋はさておいて、意を決して彼女の元に向かった。


「あすく、ねえさん」


びくり、とさらに大きく毛布の固まりが動いた。

しかし動く気配もこちらに向き直る様子もない。仕方なしに毛布に指を掛けると、その身体がガタガタと小刻みに震えていることが指先から伝わってきた。
毛布をそっと外すと、膝に顔を埋めて小さく震える彼女がいた。身長が自分よりも遥かに高いはずの彼女は、今はとても小さく見える。自分をおぶさり、戦場から連れ帰ってくれたあの背中がこんなに小さいなんて。

わかっていたことだが、エフィネアはそのことに軽くショックを覚えた。


「ねえ、さ…」


(触 ら な い で !)


音が出るほどに強烈な思念がエフィネアを貫いた。


(怖い怖いよ見るな触るな怖い怖い来るなあっちに行け私を一人にして一人にしないで嫌だ死にたくない生きていたい嫌嫌死にたくない死ねよ助けていなくならないでおねがいなんでもするから殺さないで生かして)


付き合いが少しでもあればわかる。この、流れ込んでくる言葉は、彼女のテレパス―暴走し、ところ構わず思念をまき散らかしている状態だ。幸いこの部屋は彼女の特別仕様でEPS装置が各所にとりつけられている為この思念が外に漏れることはないが、それでもここまでの暴走を見せる彼女は初めてだった。

彼女の感情の昂ぶりが暴走を招くという。しかしここ三日、誰も彼女の姿を見ていなかったという。

だが部屋の様相からすると、彼女は紛れもなくこの部屋にいたのだろう―言葉が何処にも漏れることのない、自分の城砦に。それを肯定するかのようにあすくの周囲には高蛋白レーションの空袋が散乱していた。

とりあえず食事は摂っている様子にとりあえずほっとする。だが問題は、この錯乱した精神状態だ。今でも絶えず流れ込んでくる悲鳴に、エフィネアは、まるで自分の中に感情の奔流がもう一つできたような錯覚がした。酷く欝屈とした言葉の嵐に、頭がくらくらしてくる。

照れながらもたどたどしい言葉を伝えてきた彼女と、今の彼女の姿が重ならない。思わず伸ばしかけた右手をこめかみに添えた。

不快な感覚に吐き気がこみあげる。この感情は、毒だ。死を恐れ、死から逃避しようと全てを拒絶しようと、言葉の壁で自分と世界を遮っている。――唐突に、彼女が一つの言葉を繰り返し繰り返しつぶやいているのに気付いた。


「死にたく、ない、の…?」


エフィネアが言葉にすると、ピクリと体が大きく揺れ、あすくがゆっくりと面をあげた。目蓋は真っ赤に腫れ、泣き腫らした跡が酷い。


(…エフィ、ちゃん、なんで、ここに、いる、の…)


見上げてきた瞳は僅かながら正気の光を取り戻していた。一先ず暴走は小康状態になったらしい。とぎれとぎれに言葉が伝わってきた。


「あすくねえさんが、どこにもいないって聞いて…病室、抜け出してきちゃった」


薄く笑みを浮かべるエフィネア。ぽん、と肩に右手が添えられる。しかし、もう片方の手は――エフィネアには、左手がなかった。

不意に、あすくの中であの日の記憶が蘇る。ザンマに背負われ帰還したエフィネア、左腕を無くし、五体不満足にズタボロになった彼女、雨の中、探した左腕。酷く痛む記憶だ。


こうして彼女はあすくの目の前に立っているが、彼女は『死』に連れ去られる寸前だったのだ。


(…やだ…病室に、戻りなよ、エフィちゃん……ここにいちゃ、いけない、よ…)


ガタガタと歯の根が震え、またもや思念が飛び出すのを押さえながら言葉を紡ぐ。


「あすくねえさんも一緒に出てくるなら、戻るよ」


(…駄目、無理…私、動けない…動きたくない…)


エフィネアに合わせていた視線を再び膝の合間に埋め、膝に回した腕をぎゅっと強めた。


「でも、第一部隊の皆、待ってるよ?もう予定時刻も過ぎてる…早く、行かないと…」


「……ゃ………」


エフィネア以外の声が、空気を震わせた。


「あすく…ねえさん…?」


「……ぃゃだ、嫌だよ、死にたくないよ…なんで平気なの?立ち向かえるの?皆死んじゃうのに、ノーヴァは全部食べちゃうのに、もう遅いのに、なんであらがえるの?戦えるの?やだよ、私は嫌。死にたくない…!」


久方ぶりに聞いた肉声。

悲嘆に染まったその声は、思念ではないのにエフィネアに深く突き刺さる。

そういえば、彼女が暴走したシオを見た時に酷く狼狽していたことを思い出した。あれは―あすくがその能力を以てノーヴァの本質を見抜いていたからに他ならない。


「でも、何もしなかったらそのまま死んじゃうんだよ?ねえさんはそれでいいの…?」


「嫌だ!」


「なら…」


「でも、あらがうのも怖いんだ!!」


もはや叫びの域であすくは言葉を発する。


「死ぬのが怖いよ!何もかも無くなるのがどうしようもなく怖い!…でも、私には、その勇気がないんだ!」


目尻に涙を溜めて、吠える。

最初から私には理由が無かった。

強さが無かった。

隻腕となっても戦い続けることのできる強靱さも。

兄弟を敵に回しても貫き通せる信念も。

何をしてでも守りたい何かも。


絶望的に、私は何も持っていなかった。


羨ましかった――立ち向かうことのできる皆が。

死に怯え、動くことのできない己が身が惨めだった。

しかし、原初の恐怖はあすくの足を地に縫いとめ、竦んだ精神はひたひたと忍び寄る死に震えるばかりだ。



ぱしん。


――軽い殴打音が広い部屋にいやに響き渡った。


「ねえさんが、そんな弱い人だと思わなかった」


痛痒感を残す頬を押さえ、右手を振りぬいた彼女をあすくは呆然と見つめる。


「…弱い、よ、どうしようもなく、私は、弱い、よ…」


「うそ」


そう言ってエフィネアは、力なくうなだれるあすくに包み込むように腕を回した。

しかし、あるべきの欠損がその抱擁を不完全なものとしている。


「そんな、主観の強さなんかじゃない。あすくねえさんは強かったよ。私をいつも見守ってくれてた。それだけで、私はすごく心強かったんだ。私を、支えてくれてたんだ。私に、強さをくれてたんだ」


一つ一つの言葉を丁寧に、言い聞かせるようにエフィネアは言う。


「だからそんなこと言わないで。私のなかのあすくねえさんまで、否定しないで。戦う理由が無いなら、生きる為に立ち向かえないのなら、私が理由になってあげるから。おねがいだから、あんなこと言わないで」


最後の方は涙に濡れて、少し歪んだ声になっている気がした。回された腕は、療養の為に痩せ細り、元々華奢だった彼女の身体はさらに一回り小さくなっている。こんな身体で、エフィネアは戦っていた。今も、戦う意志を諦めていない。


ああ、本当に「強い」というのは彼女のような女性を言うのだ。

力の抜けた腕をエフィネアの肩に添え、あすくはすっと立ち上がる。


「私は弱い、よ」


エムパスをコントロール下に置いた為、エフィネアの感情を読み取ることはできない。


「どうしようもなく、弱い。死ぬのが怖く、て、何も持ってなくて、戦うのすら、怖くて仕方ない、よ…」


「…でも、そんな私を好きだって言ってくれた人がいて、その人達が戦おうとしているの、に、背を向けるの、それより、怖くなっ、た……」


エフィネアの右手を取り、引っ張り、立たせる。


「ごめ、ん、エフィちゃん、貴女を、戦う理由にさせて」


貴女の為に武器を取ろう。

貴女の為に血を流そう。

貴女の為に退くことはしない。


「貴女の世界の為に、私は戦う」


いつか、彼と彼女か笑っている幻想の為に。


「いいよ」


フワリ、と笑みを浮かべてエフィネアは言った。


「でも、あすくねえさんばっかり、ずるいな…ね、エフィネアのおねがい、聞いてくれる?」


覗き込むようにして言われた言葉に、一二もなくコクリと頷いた。


「私の、大切な人達を守って?私はこんな腕だから、皆と戦うことができないの。だから、ねえさん、おねがい」


左腕を失ってしまった彼女に神機を握ることはできない。

戦場には、彼女の恋人、兄、親友、大切な人が生き残る為に戦っている。

それを彼女は歯痒い思いで見送ることしかできないのだ。


「命に、かえても」


宣言する。彼女の世界を、彼女の思いを守ると決めた。強く在ると、決めたのだ。

いつもの深紅の戦闘服を羽織る。履き慣れたヒール付きのブーツは久方ぶりに立つというのに驚くほど足に馴染んだ。

行き先はわかっている。

アナグラの地下通路を通って人工島エイジスへ。エレベーターを待たずに非常階段を飛び降りるように駆け抜け、廊下の床を踏み抜く勢いで神機保管庫を目指す。

二階ロビーにたどり着いたところで、閑散としたそこに、二つの影があることに気付いた。


「いぶきくん、カルム、くん…」


「あれ?今日は喋る系?」


ぴょこん!と猫耳が生える幻想を醸し出しながらいぶきが横に揺れる。


「珍しいですね…」(声でないかと思ってた…)


ちなみに、カルムが心の中で呟いたことも、ばっちり聞こえてたりする。


「それより、ほら」


弧を描いて放られたそれを反射的に受け取る。

掴んだところより伝わる、馴染んだ感覚。無機と有機が入り交じった独特のフォルムをした生物兵器・神機。

これがなくては、アラガミに対抗できない。


「…!ありが、とう」


「どーいたしましてー」


「だけど、あすくさん、ずっと引き籠もってるみたいだったから、心配したんだよ…」(今来なかったらドア蹴破るつもりだった…)


相変わらず、空恐ろしいことを心の中で呟いている。


「うん、ごめ、ん」


「まぁ、そっちから出てきてくれて手間が省けた」


地下へ地下へと降りながら、ふと思いついたようにいぶきが聞いた。


「ねえ、何で出てこれたの?」


純粋な疑問だろう。それにあすくは、少し笑って、答えた。



「お姫さまにね、勇気をもらったんだよ」







―主がいなくなった散らかり放題な部屋で、エフィネアはあすくを見送った時のままで一人たたずんでいた。恐怖を押し込めながらも「戦う」と言ってくれた彼女を思い出し、泣き笑いのような、不思議な表情を浮かべる。


「ごめんね、ごめんねあすくねえさん…本当に、勇気が欲しかったのは、私の方なんだ…」


クローゼットに立て掛けられた写真を手に取る。写真をなぜか嫌っていたあすくが、エフィネアと写っている唯一の写真である。


「ありがとう。私も、これで歩いていける」


写真を元に戻すと同時に、入り口の方向からエフィネアに声がかかった。


「エフィネアさん、こんなとこにいたの。こっちは再接続実験の用意、終わってるのよ」


白衣を着た女性が呆れた表情で部屋とエフィネアを見比べていた。


「ごめんなさい、今、行きます…」


「まぁ、生死に関わる実験だもの。多少の感傷は許容範囲よ」


そう言って、見つけたことには満足したように、白衣の女性は踵を返した。


「実験は1200より開始するわ。それまでにラボラトリーまで来てちょうだい」


「いえ、今からで大丈夫です」


毅然と言い切るエフィネアに目を丸くしながらも、白衣の女性は首肯した。
そして、エフィネアはラボラトリー部屋続く廊下に踏み出す。




「いってきます、みんな」





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ひのきやさん家のエフィネアちゃんにうちのこに叱咤を加えてもらいました(゚д゚)

生き残りたい、生き残りたいとばっかり言ってそうなうちのこは、きっと叱られないと最終決戦行かないだろーなーと思いましてウヒヒ(゚д゚)今回もついったの方で連載したのを、ほぼ原文ママで載せています。改めて見ると文章の荒さが目立ちます。だが即興で書くことはやめねぇやめられねぇ。