アンリの奴が奇妙なものを拾ってきた。
任務中、資源にリサイクルできそうなものを回収するのも僕らの義務の一つだけど、奴は何が気に入ったのか、寺で拾った一振りの刀を再生プラントに送らずに自分の研究室の壁の飾りとした。
見た目は、くすんだ黒い漆塗りに朱と金で複雑な紋様が描かれた鞘に、鉄錆色の束、持ち手は純白の絹の糸と金糸があしらわれた立派なものである――半世紀前までなら。
今やその面影もない、赤茶けた錆と埃にまみれたみずぼらしいもの。それをアンリは宝物を扱うかのようにそっと抱き抱えた。

アンリは神機開発部の若手研究者の中でも群を抜いて特殊で、またずば抜けた才を持った人材だ。
その"兵器゙に関してはスペシャリストな彼が目を付けたものだ。とんでもない価値があるに違いない――そう、僕をはじめ、研究室によく屯している皆は結論づけた。
そう、奇妙なことに確証はなかった。曖昧な結果を避け、理路整然とした結末を好む僕や、小型神機を自身に埋め込み、自身の体機能と引き替えに生体データベースと化したシン君ですら、推測で終わるしかなかった。―その刀は、鞘から抜けなかったのだ。
「いいのですよ、これで」
奴は含むような笑みを浮かべて答える。主語が抜けたこの文章では、何がいいのかすら推測任せだ。そして気に入らないことに、アンリは誰が聞いても同じようにしか答えなかった。まるで、他人の関与をやんわりと避けるかのように、僕らの心にひっかかりを残して。



「……?」
一定のリズムをで吐き出される気泡の音に混じって、何か違和感を感じた。しかし、この感覚は慣れたものだ。作業の静寂に満ちていた研究室に訪れた音、即ち、誰かが入ってきたのだ。図面を引く作業の手を止めて、グザヴィエは立ち上がる。
ドアに近いものが入室者を迎えるという習わしの元、部屋に二人しかいない状態なので、扉の方に目を向ける。扉は開いていた。
だが、半開きのままだ。ん?と眉をしかめた時、その隙間から柔らかな白髪が覗いた――リュカ、だ。
「アンリ、いる?」
「いや、いないけど…」
天衣無縫の彼にしては殊勝な態度だ、と思った瞬間、その彼が勢い良く扉から出てきた。
扉から生えるは黒衣に包まれたすらっとした流線型の足。成程、蹴りだされたようだ。
「っっったぁぁぁぁぁ!何するんですか!!」
「部屋に入るのにぐーたらしてんじゃねぇよ。鍵開いてんならそこは公共の道路だろ」
「あんた無茶苦茶だ!」
そんな会話を聞きながらグザヴィエは、あ、今日はもう作業できないな、と半ば確論的に思った。
リュカ、そしてレヴィル・ダークネス。この二人は個性が強すぎる第九部隊の中でも指折りのきかんぼうだ。
任務放棄は当たり前、待機が義務付けられているアナグラにいることすら少ない。
それでもこうして第九に在籍してられるのは、この部隊が「一つの目的」の為に創立されたものだからにすぎない。
「そうだよ、正規部隊だったら正面から除籍できてたのに…」
「あん?しけたツラしてんじゃねぇよ、グザヴィエ」
「そんなツラさせてるのは誰ですか…」
「そんなの、アンリ以外考えられないんですけど」
確かに。そう思うほどグザヴィエが日常的に衝突するのは彼だったりした。
「で?どうしたんです?アンリはシン君と共に支部長に召集されてエイジスに行きましたが」
「ああ、うん、いないならいない方がいいんです」
「…?」
さらりと流されたことに違和感を感じる。そもそも、この二人がセットで動いているという事態自体何も起こらない可能性のほうが低い。
ニヤニヤと口元にいつもの皮肉気な笑みを浮かべたレヴィルはいつもの特等席で睥睨するかのようにふんぞり返っていた。自然体でそれが似合ってしまうというのが、レヴィル・ダークネスという男である。均整のとれた長い足を交差させて、まるで研究室の主人かのような出で立ちだ。

「あ、これなんかどうです?アンリ特製、謎のオラクルチップ効果は不明!」
「!」
レヴィルに気をとられていると、背後から呑気な声が響いた。
「謎かよ。っつーか、アンリの坊主はオラクルチップの試供品、第九全員に配るじゃねーか。却下だ却下」
「えー、だってアンタ、これ配られた時アナグラにいなかったじゃん」
「それでもだよ。ってか適当に選んでんじゃねーぞ、リュカ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!一体、何の話なの!!」
たまらずに横槍を入れると、キョトンとした瞳が二対、こちらを向いた。
「なにって…なにが?」
「いや、だから…」
「この坊主が俺にボロ負けしたんだよ」
しれっとレヴィルが答えた。
「あれはっ!アンタ、絶対イカサマしてただろーがッ!」
ガルル、と噛み付く勢いでリュカが反論する。
「おうおうガキが。見破れてない時点で俺がイカサマしている証拠はないだろ?そんなことより、俺の玩具になりそうなもん早く献上しな」
「ぐっ…いつか、さしてやる…!」
リュカの怨嗟の声も、どこ吹く風である。
一方、グザヴィエは事の関連を把握しきれず、開いた口が閉まらずにいた。リュカがレヴィルに賭けで負けて?アンリの研究室に来て?部屋を漁っている??何処となく楽しそうに棚を開けるリュカの姿を目にして、ハッとするように叫んだ。
「空き巣じゃないですか!」
「人聞き悪いですねー…借りるだけですよ。借りるだけ」
「いやさっきこの男が献上しろって思いっきり言ってるし!!」
「いやいやグザヴィエ、借りるのはあくまでリュカだ。そして俺はリュカにものを献上されるだけだ」
つまり、結局は物品の横流しじゃないか!レヴィルに拘束されていなければ、グザヴィエは腹の底からそう叫びたかった。レヴィルの長身に押さえ込まれては、グザヴィエの筋力では身動きすらできない。そんなグザヴィエや好き勝手捜索をするリュカを見て、レヴィルは面白がるように口角を歪めた。
彼にとっては今の状況も余興の一つなのであろう。グザヴィエの非難の視線にもニヤニヤ笑うだけだ。
「あっこれなんかどうです?価値ありそうですし」
リュカのはずんだ声が響く。彼の指差す先には、壁に飾られた、古ぼけた刀があった。
「おー?なんだそれ?」
どうやらレヴィルの興味を引くことに成功したようだ。片手でグザヴィエを押さえ込んだまま、刀の方に寄る。完全に見た目はがらくたであるので、レヴィルの額に訝しむ皺が寄った。
「なんかアンリの奴が拾ってきたらしいよ。見た目みずぼらしいけど、あいつのことだから値打ちもんなんじゃない?」
「へぇ、坊主がねぇ…で、なんで疑問系なんだよ」
「だって、本当に業物か、知らないし」
「見りゃわかんだろーがよ」
「だって、抜いたとこ見たことないし。丁度いいや、見てみません?」
アレ。指を差しながら、いいことを思いついたかのようにリュカが言った。
刀を鞘から抜いてみよう。中身がわからないから、見てみる。
それは当然の希求であるのだが、刀を見て満足そうに笑むアンリの姿が何故か浮かび、グザヴィエにはそれが冒しがたいことのように思えた。
「いいじゃねーか、おまえも知りたいだろ?ん?」
抵抗を強めたグザヴィエを易々と押さえ込みながらレヴィルが耳元で囁いた。
確かに、知りたいと思った。彼が何の意図でこの刀を手に取り、何を感じてこの刀を手元においているのか――理解ができなかったから。


埃と錆の触感にリュカが渋い顔をする。がびがびにささくれだった鞘は手袋をしていなければ容易くその柔皮を裂いていただろう。
「…言ってちょっと後悔」
「前言撤回は男らしくねぇぞ」
「わかってますよ…」
打って変わって渋々といった風情になったリュカが鞘と束を握り締める。
ギチン。何かが詰まったような、金属と金属が擦れ合うような音がした。刀は鞘から抜けていない。訝しげにリュカがリトライするが、そのたびに例の音がして、刀はぴくりとも動かない。
「無理。抜けない」
数度の試行錯誤の末、リュカはそう結論づけた。
「おまえの力がよえーんじゃねぇの?貸してみろよ」
「んだと…やってみればァ?」
放物線を描いてリュカからレヴィルに刀が受け渡された。リュカと同じように満身の力をこめて刀を抜きにかかる、が、結果は先程と同じくして抜けなかった。
「ほら見てみろよ!あんただって抜けないじゃないかぁぐっ!!」
「キャッチアンドリリース」
レヴィルの投げた刀がリュカの眉間にクリーンヒットした。あれは痛い。ものすごく痛いだろう。その証拠に、額を押さえながらもリュカはナイフを抜いていた。彼の手癖の悪さは第九では有名すぎることなのだ。
「図に乗るんじゃないですよこのサド野郎…そのオキレイな顔を見れないようなぐっちゃぐちゃに整形してあげましょうか…」
「あー?躾がなってない野良犬が吠えてやがる。玩具にして欲しいのか?ん?」
ゴキン、と手の関節を鳴らしながらレヴィルがゆらりと歩み寄った。
拘束から解放されたグザヴィエだが、この一触即発な空気に、別の意味で身体が固まっていた。なんていうか、ここ室内。アンリの研究室。そんな、ここで、この二人が乱闘でもしはじめたら刀だとかそんなレベルの話ではすまない…!
そうだ、刀…!
――辺りを見渡すと、刀は、じりじりと牽制し合う二人の丁度中間地点あたりに転がっていた。なんて素敵な場所にいるんだ、とある意味感動もしたくなる。こんな殺気だっている二人の間に入るなど、自殺行為だ。
落ち着け、グザヴィエ、おまえの戦略は何の為にあるんだ。アンサー、仲間同士の喧嘩を仲裁する為では決して無い。馬鹿な自問自答が脳裏を駆け巡っているが、もはや泣きたい気分である。気圧されるように床に手を付いたままじりじりとさがる、と、何か細長いものが腕に当たった。
木でできた細長い棒の先端に角の無いとっかかりがついたもの。人はそれを『孫の手』という。老人が自分の孫に肩もみをしてもらうことを夢見て、虚しく自分の肩の凝りをほぐす為のアイテム。それが、何故ここに?
いや、形状からして、これは天啓に他ならない…!普段なら、アンリの奴爺臭い…!と思うところだが、戦略的思考を働かせている今なら立派な武器である。『孫の手』をギュッと引っ掴んで、グザヴィエは這うようにして机と机の間を移動していった。

「…なにやってんだ?グザヴィエ」
レヴィルが呆れたように言った。リュカもなんだか蔑むようにグザヴィエを見ていた。
「…デスヨネー」
横合いから床にしゃがみこんで孫の手を伸ばしているその姿は、間抜け以外何者でもない。
「あっ刀!何横取りしようとしてるんです!僕が最初に目を付けたんですよ!」
「最初はアンリでしょーがっ!」
リュカが刀に駆け寄ろうとするがもう遅い。既にグザヴィエは釣りの態勢に入っていた。束を孫の手の隙間に引っ掛けての一本釣り。場所が場所なら「フィーッシュ!」と叫びたいところである。
しかしリュカの反射神経もさすがであった。臨戦態勢をとっていたこともあって、一気にトップスピードで床を蹴る。同時にレヴィルも動く。長いコンパスを活かしての横殴りの回し蹴り。だがリュカもそれを予想していたかのように低く身を屈めるようにしてその蹴を交わした。
グザヴィエが引き上げかけていた刀にそのまま手を掛ける。孫の手と本物の手では固定力が違う。にや、とリュカが勝利の笑みを浮かべた瞬間、
「フェイントだよ馬鹿」
独楽のように遠心力が加わったレヴィルの下段蹴がリュカを吹き飛ばした。
「あっ…!」
リュカは刀を掴んだままで、グザヴィエも引っ掛けたままで。ぐいと引っ張られるのに対して反射的に孫の手を持つ手に力を入れた。束の具合のいいところにひっかかっていたらしく、孫の手が刀から外れることはなかった。つまり、


ゲギャガガギュギュグゴグッポン


―――ものすごく形容しがたい異音を発して、リュカとレヴィルが満身の力をこめても抜けなかった刀が、突然の事態に目を丸くしている三人の前で、抜けた。
「…なんだぁ?」
初めに我に返ったのはレヴィルであった。歩み寄り、検分するかのようにして、再び理解不能と言うように同じ台詞を繰り返す。次に派手に壁に叩きつけられたリュカも起き上がって、それを見てハァ?と素で呟いた。
最後に我に返ったのは刀に一番近い位置にいたグザヴィエであった。予想しなかったわけではない。思考の範疇にない答えではなかった。
しかし、目の前にそれが現れると、なんだか信じがたかった―――刀は刀身の半ばで折れ、全体が赤茶けた錆で覆われていた。


「…おいリュカ」
「…なに」
「やっぱおまえ椅子になれ。それで今回は許してやるよ」
「ハァ!?ふざけんなよ!?嫌だって言ったじゃ…もがっ」
口をふさがれずるずると引きずられるようにして二人は扉に向かった。我に返っても茫然と刀を見入るグザヴィエをちらりと一瞥して、レヴィルはぽつりと呟いた。
「坊主の考えていることは時々わからんな」
それきり、文句を言うリュカを連れて研究室から消えた。
残されたグザヴィエは――しばらくぼうっと刀を眺めてから、漸くのろのろと研究室の片付けを始めた。


僕と彼は似ているようで違っていて、違うようで似通っている。
彼との論争は別の解を持ちながらも同じ論調でぶつかりあうので、いつも答えが出ることはない。
だからこそ、戸惑った。――アンリが何を考えてこの刀を手に取ったのが。



「刀、抜けたんですか?」
研究室に帰ってきて開口一番、アンリが言った。
「な、な、なんでそれを知ってるの?」
必要以上にドモるグザヴィエに訝しげな顔をしてから、視線を刀に移した。
「なんでって。僕の研究室ですから、変わったことがあればなんでもわかりますよ」
スッと指をさす。その先に視線を向けて、少しギクリとした。
「たとえばそこの孫の手が新品になっているとか、標本用の棚に漁られた形跡があるとか」
「…………」
「まぁ後者は十中八九リュカの仕業でしょうね…相変わらず、ろくな事をしない」
こめかみを揉み解すようにしながらアンリはため息をついた。
「あの、さ…」
「なんです?」
他に何か変わったところが無いかを探しながらおざなりな返事を返すアンリ。
「その、刀のことなんだけど」
「ええ」
あまりに適当な返事に小さな違和感を感じる。
あんなに大切そうにしていたのに、なんだ?
「何をそんな顔しているんです?君らしくもない。言いたいことがあるならはっきりと言えばいいではないですか」
殊勝な顔をしている君は気持ち悪い、と言わんばかりの表情だ。
「いや、だから…ごめん、止められなくて」
「はい…?なんで君が……ああ、なんだか予想が付きました。どうせまたリュカでしょう」
どうやらアンリの脳内では研究室を荒らす輩=九割でリュカとなっているらしい。妥当っちゃあ妥当である。
「いいんですよ。あれたただのゴミですから」
「そう、よかった…って、ゴミィ!!?」
驚愕に目を剥いたグザヴィエが矢継ぎ早に文句を言う前にアンリが投げ遣りに言った。
「正確にはゴミになった、ですかね」
「…え?」
ツカツカとグザヴィエが元の場所に戻した刀のところにいき、大切にしているようにはまったく見えないそふりで刀を掴んだ。そのままグザヴィエの前を通り過ぎ、そして共用の再生プラント直通のダストシュートへ投げ入れた。
「ちょ…!なにやってるの!」
「そっちこそ、何をやろうとしているんです」
ダストシュートに身を乗り出そうとするグザヴィエの腕を掴む。ガランガランと空虚な音を響かせて、刀はダストシュートの闇の中に吸い込まれていった。
目の前で刀を捨てた彼。
刀を見つけたときに瞳を輝かせていた彼。
それがグザヴィエの中でどうにも重ならなくて、ぽつりと呟くように、そして今の今まで封印するかのように頑なに言わなかった一言を、言った。
「なに、考えてるの…?」
その一言にアンリは、一瞬目を丸くして、そして心底嬉しそうな顔で、笑った。
「わからないこと、ですよ」


人気の去った研究室で、照明を絞った薄暗がりの中、ぼんやりと発光する培養ポッドを見つめながら、アンリはつらつらと思索を重ねていた。
考えるべきことはいくらでもある。アジ=ダハーカの改良について。リンカーコアの増殖実験について。ノーヴァの特異点について。終末捕食論の整合性について。しかしそれらはあまりに不確定要素を含んでいて、さすがのアンリも息をするように考え続けるのには倦み疲れてしまっていた。
刀。刀だ。あれはよかった。素材になるかどうか検分しようとしたのだが、まるで鞘と一体化したかのように、抜けない。この刀は錆びているのか?それとも安易に抜けないように仕掛けが施されているのか?過去この刀は誰に振るわれ、何を斬ってきたのか?
思考を押し流すような推測の波に、アンリは自分に満面の笑みが乗るのを感じた。考えることは楽しい。しかし、未来という不確定要素はいつもアンリに不安をもたらす。そんな時、この刀は自分の思考を過去に飛ばしてくれる体の良いものであった。
考古学者は暴くことに快感を感じ研究者はまだ見ぬ聖域に郷愁を感じる。
「猫は死んでいた。観測結果が得られた瞬間、命題は意味の無いものとなるんですよ」
誰に聞かせるわけでもなく何を意味するのでもなく、言葉は闇に消える。ただ、返事をするかのように培養ポッドの中で気泡がと弾けて消えていった。



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ついったで小説を書いてみた。もののまとめです。

文章が切れ切れで手直ししようかと思ったのですがまーいーやーめんどくさーいと思ったのでそのまま投げ込みました(゚д゚)借りちゃった新型諸君には感謝と土下座を捧げますウヒヒ

ことり、と人形の首のように頭がベッドに落ちる。
泣き濡れた瞳は今は赤くなっているが、翌日にはいつもと変わらない様相を示すのだろう。
こんな時にオラクル細胞による驚異的な身体修復能力が仇となるのだな、とぼんやりと思った。


無理やり引っぺがした服にはところどころ血が滲んでいた。殆どが打撲傷であるため、戦場帰りだとかに比べると出血はそこまでは酷くはないが、彼の変色しきった肉体を見ればどんな仕打ちにあってきたかがわかるというものだ。



彼は自分の傷を晒すことを好まない。


正確には、彼自体自分の傷から目を逸らしているのだ。
どんな心の構造をすればこんな激痛を苛むであろう怪我を無視できるのか、疑問に思わなかったことはない。だが現実、彼はこうして自分が気付くまでこれらを放置してきたようなのだ。その為、皮膚は変色し、骨は歪んで歪な形状とまでなってしまっている。


パッと見える外傷に消毒液をしみ込ませた綿を走らせる。


きっとしみるだろう。しかし彼は身じろぎ一つしない。
動かれなければ動かれないで、そっちの方が有難いのだが、激痛に飛び起きて文句を言って欲しい、と思うのは変だろうか。クスリ、と笑みが漏れた。

骨を矯正するかのようにテーピングを巻きつけて、彼の処置は終わった。
こんな時に医療を少しだけ齧っていたことが功を制すとは思ってもみなかった。体表面の殆どを包帯とテーピングで覆われて怪我など殆ど見えなくなったことに、少しだけほっとする。おざなりに用意された仮眠室の布団を被せる。
それだけで、いつものあどけない寝顔を晒す彼に戻ったかのように見えた。


あまり使われることの無い洗面台に立つ。照明を落としている上、埃やなにやらで曇っている鏡は本来の機能を完全に果たしてはいない。しかし、それでもはっきりと己の首に鬱血の痕が残っているのが確認できた。
皮膚に残った、紫の五指の痕。
なぞるように指を這わせると、フラッシュバックするかのように息苦しさが戻ってきたようだ。



彼の処置は終わった。次は、自分の番だった。
普段よりも異常な怪力を発揮した彼を押さえ込むのは至難の業だった。もし彼が正気であれば非力な自分など壁に叩きつけられてノックアウトされていることだろう。

だけど、彼は――『あの時の彼』は、年齢に見合わない幼子であった。

たどたどしい言葉を吐きながらも拒絶を示し、自分の首に指をかけた。押さえ込めば全身で抵抗し、アンリの身体に打撲・擦過傷を無数に残した。
だがそれだけだ。敵を制圧する為の手腕も、効率に特化した戦略も、次を見据えた予知的な挙動も一切無い。


アンリの知らない、彼。
しかしそれは彼の本質の一側面でもある。

握り締めた拳が鏡を打つ。しかし、消耗し、疲労の蓄積された腕は軽く表面を撫でるだけに終わった。ずるずると滑る腕が洗面台に縋りつくような格好となる。


彼の傷を暴いた。古傷を示し、真実を突きつけ、彼に矛盾の根底を叩きつけた。
しかし肝心なところで彼の合理性は非合理的な摂理に飲み込まれ、もう一人の彼と言うべき『彼』が代わって現れた。

それが堪らなく悔しかった。拒絶だ。体のいい。


僕はどうしたかったのだろうか。
こうして、彼のトラウマを掘り返して、一体何がしたかったのか?
彼の傷を手当して、同情でもしているつもりなのか?

いや、それは完全に否だ。
同情なんて安っぽい感情を、今の今まで彼に抱いたことはない。まだ蔑みの方が上等な感情である。

そのまま脱力するかのように背を洗面台に預けて座り込んだ。
今日はもう、自分の部屋に帰る気力すらない。殆ど私室と化している研究室だが、公私の区別をつける為にも可能な限り睡眠は自室でと決めていた。疲労に飲み込まれるように天井を仰ぐと、煤けた無機質な造りの天井に配管が迷路のように伸びているのが見えた。


彼の指が抉った傷が、殴打した打ち身が、シクシクと痛んだ。
まるで首輪のように、己の首を鎖で繋いでいるかのような感触がある。

こんな傷を負ってまで、本当に、僕はどうしたかったのか。
口の中の鉄錆の味は果たして、どちらの肌を染めた朱であったか。
宥めるためとはいえ、背中に、腕にその意図を持って指を這わせた。そして火傷の程度を見るためとはいえ、口で彼の変色した皮膚をなぞった。

だけど、意図は本当にそこにあったかと言えば、嘘になる。
兎に角、知りたかったのだ。彼の傷も、彼の思いも、彼の経緯も、世界の摂理

を遍く読み解くかのように、彼を知りたかった。
同情も共感もしない。ただ、書物を紐解くように、知るだけ。
それが月白アンリのスタンスである。
己の為にこの世の摂理を武器とし、知識で堅牢な防塞を築き、有象無象を手先に目的を遂行する。そこに無駄な関心や執着はいらない。再びマユに会うためだけに人生を捧げていたのではなかったのか?


「…くだらない。本当に…」


嘘だ。


「僕は君にかかずらっている時間はないんです」


言い訳だ。


「君は僕にとってなんなんですか…?他の人間と、何が違う?」


僕が彼に願っていることなど。願う、など、とうの昔に戯言だと切り捨てたはずなのに。


「ただ、僕は、」



脱力した腕を膝に回し、その間に顔を埋めた。このように縮こまるなど、そんな弱い姿を誰かに晒すことは自分の矜持が許さない。いつだって、世界に向かって忽然と抗い続けてきたはずだった。

なのに、彼は出会った瞬間、己の優位を確信するかのような目つきでこちらを見てきて、それに僕は猛烈に腹を立てて、話し合う、というよりも議論を戦わせることを日常として。

それが退屈だった日々を刺激に富むものにしてくれて。







「……なんですか、簡単、な、ことだった」


要するに、だ。
僕は一人舞台に立ち続けることに倦んでいたのだ。
アーク計画という依代を見つけたとしても、御伽噺に近い偶像は踊り続けるという疲労を隠し切ってくれるものではなかった。むしろその超理論は宗教の教理に近く、酩酊が訪れるには程遠いものであった。

だからこそ、彼を見た時狂喜した。

彼は――この倦怠を理解し、ともに冒すことをよしとしてくれる者なのだと。




膝に力を入れて立ち上がる。疲労感は拭えない、が、少なくとも解を得たおかげで気力だけは漲っていた。


「僕は、君を許さない」


聞こえていないだろう。彼の意識は泥濘の眠りの中にある。
だが構わない。
これは宣誓なのだから。


「僕は君がこんなところで立ち止まるなんてことは許さない。君が高みを目指さずに堕ちゆくことを見逃してなるものか。挫折も妥協も失敗も全てくそくらえだ。君は、僕と一緒のところまで上り詰めてくるべきだ…!」


付いて来い。
僕も、君を目指すだろう。

唇に、指に残ったぬくもりに歯を立てて、眼下の小さくなって眠る彼を見下す。



「僕を、失望させないでくださいよ、グザヴィエ」



眉根を寄せてまで頑なに目を閉ざして眠る彼にそう言い残して、アンリは仮眠

室の扉に鍵をかけた。





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なんという僕得アングザ(゚д゚)

設定としては宥めすかしてグザくんの怪我とかをほじくり返して仕返しにあったり首を絞められた後の、グザくん就寝後欝に入るアンリです。一人で落ち込んだり立ち直ったり忙しいことですww

しかしまだ設定としては練り練り中なのでとりまイメージというかんじで(゚д゚)サーセンしたっ!

「貴方は“彼”の何処に惹かれたんです?」


“彼”という言葉に、目の前の細面の青年は劇的に反応した。
画像が切り替わるように、一瞬で青年の手元にはナイフが握られ、その切っ先は自分に向けられていた。
威嚇―それの意味するところにアンリはある意味背筋が冷たくなる。


「一寸、何嫌な想像働かせているんですか野犬。誤解にもほどがある」


「ふざけないでくださいよアンリ、アナタが先輩のことを考えるだけで先輩が穢れる。速攻で忘れろ。そしてアナタも消えろ」


「どれだけ神聖視しているんですか。気持ち悪い」


心底嫌そうな表情で吐き捨てられたセリフには敵意が満ちている。
しかし、ここまでの嫌悪を露わにする青年―リュカにもアンリは何処吹く風だ。
元々、馴れ合わない関係である。リュカがどんなに気分を害そうともアンリにとっては清々する、以外に感想を持たない。


「単なる学術的興味ですよ。人は何故人に惹かれるのか?思慕、恋慕、愛情、友情、嫌悪、憎悪。そういう意味ではむしろイクト少尉よりも、リュカ、貴方に興味があると言ってもいいでしょう」


「なんですそれ、ギークに興味持たれるとか、寒気しかしないんですけど」


「心配いりませんよ。回答さえ頂ければ貴方への興味なんてすっぱり失せます」


そも、ここに貴方以外いないのですから、疑問を貴方にぶつけるしかない。
そう付け加えると、リュカもアンリ同様憮然とした表情になった。
現在リュカとアンリは第九特殊部隊の作戦行動中である。
部隊長である星影スバルに命じられ、第一種接触禁忌指定アラガミである『スサノオ』の捜索している。といってもスサノオ自体特殊な定向進化を遂げた種だ。個体数自体少なく、スバルも見つかるとは思っていないはずである。

それでも命じられたのは――きっと、数日前支部で起こした神機保管庫半壊の件についてだろう。
上司とは、責任を負うものである。目下リュカとアンリの上司に当たる人物はスバルである。
1+1=2のような簡単な図式によって、しかし上司に逆う権限のない部下として、リュカとアンリは『嘆きの平原』と呼ばれる僻地に双眼鏡一個持たされて飛ばされた。理性的には理不尽を感じないが、感情的には暇すぎて死ねる。
大体ナイフなんか持ち出すリュカが悪い―己の神機のブラストで応戦したことを意図的に忘れて、アンリは心の中でリュカに責任を押し付けた。


「まぁいいか。どうせ暇ですしね。これでアナタが僕から興味失せてくれるなら安い買い物です。あの人はねえ、綺麗なんですよね。しかも黒インクを垂らしたら使い物にならなくなる紙みたいな安っぽいモノじゃない」


リュカが口火を切る。
アンリはリュカの隣に座し、傍聴の姿勢をとった。

「僕が、何度も、何度も穢して貶めて嬲っても全然応えない、犯し尽くしてやっても翌朝にはいつもの目で僕を見ている。あの瞳の、深い藍色が欲情に綺麗に濁っていたのが、すぐに澄んでしまうんだ…ふふ、とっても可愛かった。とても綺麗だった。神聖だ――そしておぞましい」


思い浮かべるように片方しか露出していない目を瞑る。
傍から見たら絵画から抜け出たような美しい青年だ。
しかし、それは中の歪み捻じれた本性を隠すメッキである。
ニィ、と愉悦に口角を歪ませるその表情は、整っていながらも壷惑的で退廃的である。


「きっとあの人は僕も知らない領域で僕よりも醜悪な“なにか”を飼っている。これは推量じゃなくて確信です。本当に綺麗なだけのものってね、すごく壊れやすいんだ。だからあの人は――綺麗に見えるだけで、きっとすごく醜いんだ。僕と同じで、僕と一緒で、僕と共に堕ちている。最高じゃぁないかぁ」


「・・・・・・・・・」


1人悦にはいるリュカを、ジッと見つめる。
一般常識の観点から見ても、彼の執着は異常だ。貪るようにイクトを求め、彼に関わる全てを断ち切ってがんじらめにしようとする。
幼稚な独占欲の塊、と言ってしまえば簡単なのだが、彼にはそこに大人の狡知がプラスされる。向けられる感情は真直ぐで深く、しかし回される手は回りくどい。言うなれば遅効性の毒だ。
成程、犬ではなく蛇であったか。


「ところでリュカ?イクト少尉語りはいいのですが、肝心の僕の質問に答えてないと思うのですが」


「・・・ぁ?そうでしたっけ?答えたような気がするんですけど」


陶酔から醒めたような表情で呟く。



「・・・君が今言ったのは、イクト少尉がいかに綺麗で醜悪か、です。僕の興味の原点は貴方の感情の方向性です。綺麗だから?醜悪だから??・・・わかりませんね。それがどうして人間を選ぶ基準となるのかが、僕には理解できない」


「・・・んだとコラ。もっぺん言ってみろ」


アンリの言葉がリュカのなにかに触れてしまったようだ。
目の色を変えてアンリの胸倉に掴みかかってくる。首筋に宛がわれたナイフは、次にアンリが吐く言葉次第でその頚動脈を横に掻っ切るだろう。
瞳孔の開ききった一つの瞳と、全てを見透かそうとする一対の観察眼が真正面からぶつかる。
主の闘争に臨む意志を感じ取ったのか、傍らの神機が鳴動を始めた。


「綺麗であったら惹かれるのですか?醜悪であったら忌み嫌うのですか??それが人の感情を動かすのですか?それは表面をなぞることとどう違うのです?」


「…だからアナタは温室育ちの甘ちゃんだって言うんですよ。この腐った世界の腐った人間どもの腐った性根をアナタは知らない。あの人がどれだけ希少で、どれだけ綺麗で度し難いものなのか。生きているだけで罪悪となるような人間がいることを、アナタは何も知っちゃいない・・・!」


チキ、とアンリの頚動脈を狙う刃が音を立てる。


「僕を見ろよ、大博士(グランドプロフェッツォル)。穢れた人間の聖域で育った、生粋の罪人さ・・・。人に疎まれ、人に蔑まれた。この世の汚濁を全て見てきた!それが僕だ!綺麗でいる、ということはそれだけで奇跡なんだ!その奇跡を、欲しがって何が悪い!!」


「欲しがる…物欲ですか。なるほど、貴方の場合の引力はそこに帰結する、と」


「ぁ?」


ポソリと聞こえるか聞こえないかの音量で呟かれた言葉に、リュカは疑問の声をあげた。
注意が一瞬だけ、ほんの一刹那反れた瞬間、それを逃さずにアンリが動いた。


いや、正確にはアンリは動かなかった。


「!!」


迫った弾丸に、アンリの神機『アジ=ダハーカ』から発射されたオラクルバレットに、リュカはバックステップを踏むことで回避する。
弾丸はアンリの鼻先数ミリのところを擦過し、彼の前髪を吹き上げた。


「人が人と出会う時、人が何かを為しえた時、人が何かを選択した時、そこには引力が発生し、人はそれに導かれて答えを出す。それを僕は見出したい。見極めたい。この世において何が絶対で、僕が何故『選ばれた』のか、僕は知りたい」


その為に問答は尽きない――アンリの細められた瞳が、リュカを射抜く。
一足飛びで己の神機の元に跳んだリュカと違ってアンリと神機の距離は開いている。
しかし、先に紛れも無くアンリの神機はリュカを攻撃した。それを証明するかのようにアンリが軽く手を振ると神機がフワリと浮き、その手に納まる。


「それがアンリ、アンタの特殊能力?随分と…安っぽいですね」


「誉め言葉をありがとう。貴方との問答でいくつか答えを得ました・・・。その最たる解として、」


唸りを上げて、神機と神機が交叉する。
互いに敵と認めたのか、神機のオラクル細胞が捕食を求めてギチギチと蠢く。
色濃い殺気に二人の姿を視認したアラガミが湧いてくる、が、その場のヒエラルキーを理解したのか、一定以上の距離を保ったまま近づいてくることは無い。


「『貴方と気が合うことはない』……この縁、ここですっぱり切ってしまうのもいいかもしれません」


「奇遇ですね、僕は前々から思ってましたよ……死になよ、アンリ。この世から綺麗に消えてしまえ」





剣戟の音が荒涼とした嘆きの平原に響き渡る。
これがアナグラであったならば、普段の光景とすまされてしまうが、ここは二人以外いない不毛の戦場だ。
どちらが死ぬまでか―あるいは強大なアラガミが現れるまでか。

二匹の獣は食い合いを始めたばかりである。





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まずは土下座から始めようか。

ついったで交流のあるkeiさん家のリュカくんをお借りして悪役部隊話をつくって見ました!!ところどころ際どい描写が入るのはリュカくんが天性の小悪魔だから。断じて僕が調子に乗ったからではない。( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \


それにしてもよそ様のキャラクタを書くのってすごい緊張しますね・・・!まず、キャラの原型をその人以上にわかってないから何か変な解釈してたらどうしよう、とgkbrですし、そもそも僕の技量が拙いし・・・!

keiさんの万分の一でも表現してたらと思いまふ(´ω`)リュイクをもっと読みたいじぇ