アンリの奴が奇妙なものを拾ってきた。
任務中、資源にリサイクルできそうなものを回収するのも僕らの義務の一つだけど、奴は何が気に入ったのか、寺で拾った一振りの刀を再生プラントに送らずに自分の研究室の壁の飾りとした。
見た目は、くすんだ黒い漆塗りに朱と金で複雑な紋様が描かれた鞘に、鉄錆色の束、持ち手は純白の絹の糸と金糸があしらわれた立派なものである――半世紀前までなら。
今やその面影もない、赤茶けた錆と埃にまみれたみずぼらしいもの。それをアンリは宝物を扱うかのようにそっと抱き抱えた。
アンリは神機開発部の若手研究者の中でも群を抜いて特殊で、またずば抜けた才を持った人材だ。
その"兵器゙に関してはスペシャリストな彼が目を付けたものだ。とんでもない価値があるに違いない――そう、僕をはじめ、研究室によく屯している皆は結論づけた。
そう、奇妙なことに確証はなかった。曖昧な結果を避け、理路整然とした結末を好む僕や、小型神機を自身に埋め込み、自身の体機能と引き替えに生体データベースと化したシン君ですら、推測で終わるしかなかった。―その刀は、鞘から抜けなかったのだ。
「いいのですよ、これで」
奴は含むような笑みを浮かべて答える。主語が抜けたこの文章では、何がいいのかすら推測任せだ。そして気に入らないことに、アンリは誰が聞いても同じようにしか答えなかった。まるで、他人の関与をやんわりと避けるかのように、僕らの心にひっかかりを残して。
「……?」
一定のリズムをで吐き出される気泡の音に混じって、何か違和感を感じた。しかし、この感覚は慣れたものだ。作業の静寂に満ちていた研究室に訪れた音、即ち、誰かが入ってきたのだ。図面を引く作業の手を止めて、グザヴィエは立ち上がる。
ドアに近いものが入室者を迎えるという習わしの元、部屋に二人しかいない状態なので、扉の方に目を向ける。扉は開いていた。
だが、半開きのままだ。ん?と眉をしかめた時、その隙間から柔らかな白髪が覗いた――リュカ、だ。
「アンリ、いる?」
「いや、いないけど…」
天衣無縫の彼にしては殊勝な態度だ、と思った瞬間、その彼が勢い良く扉から出てきた。
扉から生えるは黒衣に包まれたすらっとした流線型の足。成程、蹴りだされたようだ。
「っっったぁぁぁぁぁ!何するんですか!!」
「部屋に入るのにぐーたらしてんじゃねぇよ。鍵開いてんならそこは公共の道路だろ」
「あんた無茶苦茶だ!」
そんな会話を聞きながらグザヴィエは、あ、今日はもう作業できないな、と半ば確論的に思った。
リュカ、そしてレヴィル・ダークネス。この二人は個性が強すぎる第九部隊の中でも指折りのきかんぼうだ。
任務放棄は当たり前、待機が義務付けられているアナグラにいることすら少ない。
それでもこうして第九に在籍してられるのは、この部隊が「一つの目的」の為に創立されたものだからにすぎない。
「そうだよ、正規部隊だったら正面から除籍できてたのに…」
「あん?しけたツラしてんじゃねぇよ、グザヴィエ」
「そんなツラさせてるのは誰ですか…」
「そんなの、アンリ以外考えられないんですけど」
確かに。そう思うほどグザヴィエが日常的に衝突するのは彼だったりした。
「で?どうしたんです?アンリはシン君と共に支部長に召集されてエイジスに行きましたが」
「ああ、うん、いないならいない方がいいんです」
「…?」
さらりと流されたことに違和感を感じる。そもそも、この二人がセットで動いているという事態自体何も起こらない可能性のほうが低い。
ニヤニヤと口元にいつもの皮肉気な笑みを浮かべたレヴィルはいつもの特等席で睥睨するかのようにふんぞり返っていた。自然体でそれが似合ってしまうというのが、レヴィル・ダークネスという男である。均整のとれた長い足を交差させて、まるで研究室の主人かのような出で立ちだ。
「あ、これなんかどうです?アンリ特製、謎のオラクルチップ効果は不明!」
「!」
レヴィルに気をとられていると、背後から呑気な声が響いた。
「謎かよ。っつーか、アンリの坊主はオラクルチップの試供品、第九全員に配るじゃねーか。却下だ却下」
「えー、だってアンタ、これ配られた時アナグラにいなかったじゃん」
「それでもだよ。ってか適当に選んでんじゃねーぞ、リュカ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!一体、何の話なの!!」
たまらずに横槍を入れると、キョトンとした瞳が二対、こちらを向いた。
「なにって…なにが?」
「いや、だから…」
「この坊主が俺にボロ負けしたんだよ」
しれっとレヴィルが答えた。
「あれはっ!アンタ、絶対イカサマしてただろーがッ!」
ガルル、と噛み付く勢いでリュカが反論する。
「おうおうガキが。見破れてない時点で俺がイカサマしている証拠はないだろ?そんなことより、俺の玩具になりそうなもん早く献上しな」
「ぐっ…いつか、さしてやる…!」
リュカの怨嗟の声も、どこ吹く風である。
一方、グザヴィエは事の関連を把握しきれず、開いた口が閉まらずにいた。リュカがレヴィルに賭けで負けて?アンリの研究室に来て?部屋を漁っている??何処となく楽しそうに棚を開けるリュカの姿を目にして、ハッとするように叫んだ。
「空き巣じゃないですか!」
「人聞き悪いですねー…借りるだけですよ。借りるだけ」
「いやさっきこの男が献上しろって思いっきり言ってるし!!」
「いやいやグザヴィエ、借りるのはあくまでリュカだ。そして俺はリュカにものを献上されるだけだ」
つまり、結局は物品の横流しじゃないか!レヴィルに拘束されていなければ、グザヴィエは腹の底からそう叫びたかった。レヴィルの長身に押さえ込まれては、グザヴィエの筋力では身動きすらできない。そんなグザヴィエや好き勝手捜索をするリュカを見て、レヴィルは面白がるように口角を歪めた。
彼にとっては今の状況も余興の一つなのであろう。グザヴィエの非難の視線にもニヤニヤ笑うだけだ。
「あっこれなんかどうです?価値ありそうですし」
リュカのはずんだ声が響く。彼の指差す先には、壁に飾られた、古ぼけた刀があった。
「おー?なんだそれ?」
どうやらレヴィルの興味を引くことに成功したようだ。片手でグザヴィエを押さえ込んだまま、刀の方に寄る。完全に見た目はがらくたであるので、レヴィルの額に訝しむ皺が寄った。
「なんかアンリの奴が拾ってきたらしいよ。見た目みずぼらしいけど、あいつのことだから値打ちもんなんじゃない?」
「へぇ、坊主がねぇ…で、なんで疑問系なんだよ」
「だって、本当に業物か、知らないし」
「見りゃわかんだろーがよ」
「だって、抜いたとこ見たことないし。丁度いいや、見てみません?」
アレ。指を差しながら、いいことを思いついたかのようにリュカが言った。
刀を鞘から抜いてみよう。中身がわからないから、見てみる。
それは当然の希求であるのだが、刀を見て満足そうに笑むアンリの姿が何故か浮かび、グザヴィエにはそれが冒しがたいことのように思えた。
「いいじゃねーか、おまえも知りたいだろ?ん?」
抵抗を強めたグザヴィエを易々と押さえ込みながらレヴィルが耳元で囁いた。
確かに、知りたいと思った。彼が何の意図でこの刀を手に取り、何を感じてこの刀を手元においているのか――理解ができなかったから。
埃と錆の触感にリュカが渋い顔をする。がびがびにささくれだった鞘は手袋をしていなければ容易くその柔皮を裂いていただろう。
「…言ってちょっと後悔」
「前言撤回は男らしくねぇぞ」
「わかってますよ…」
打って変わって渋々といった風情になったリュカが鞘と束を握り締める。
ギチン。何かが詰まったような、金属と金属が擦れ合うような音がした。刀は鞘から抜けていない。訝しげにリュカがリトライするが、そのたびに例の音がして、刀はぴくりとも動かない。
「無理。抜けない」
数度の試行錯誤の末、リュカはそう結論づけた。
「おまえの力がよえーんじゃねぇの?貸してみろよ」
「んだと…やってみればァ?」
放物線を描いてリュカからレヴィルに刀が受け渡された。リュカと同じように満身の力をこめて刀を抜きにかかる、が、結果は先程と同じくして抜けなかった。
「ほら見てみろよ!あんただって抜けないじゃないかぁぐっ!!」
「キャッチアンドリリース」
レヴィルの投げた刀がリュカの眉間にクリーンヒットした。あれは痛い。ものすごく痛いだろう。その証拠に、額を押さえながらもリュカはナイフを抜いていた。彼の手癖の悪さは第九では有名すぎることなのだ。
「図に乗るんじゃないですよこのサド野郎…そのオキレイな顔を見れないようなぐっちゃぐちゃに整形してあげましょうか…」
「あー?躾がなってない野良犬が吠えてやがる。玩具にして欲しいのか?ん?」
ゴキン、と手の関節を鳴らしながらレヴィルがゆらりと歩み寄った。
拘束から解放されたグザヴィエだが、この一触即発な空気に、別の意味で身体が固まっていた。なんていうか、ここ室内。アンリの研究室。そんな、ここで、この二人が乱闘でもしはじめたら刀だとかそんなレベルの話ではすまない…!
そうだ、刀…!
――辺りを見渡すと、刀は、じりじりと牽制し合う二人の丁度中間地点あたりに転がっていた。なんて素敵な場所にいるんだ、とある意味感動もしたくなる。こんな殺気だっている二人の間に入るなど、自殺行為だ。
落ち着け、グザヴィエ、おまえの戦略は何の為にあるんだ。アンサー、仲間同士の喧嘩を仲裁する為では決して無い。馬鹿な自問自答が脳裏を駆け巡っているが、もはや泣きたい気分である。気圧されるように床に手を付いたままじりじりとさがる、と、何か細長いものが腕に当たった。
木でできた細長い棒の先端に角の無いとっかかりがついたもの。人はそれを『孫の手』という。老人が自分の孫に肩もみをしてもらうことを夢見て、虚しく自分の肩の凝りをほぐす為のアイテム。それが、何故ここに?
いや、形状からして、これは天啓に他ならない…!普段なら、アンリの奴爺臭い…!と思うところだが、戦略的思考を働かせている今なら立派な武器である。『孫の手』をギュッと引っ掴んで、グザヴィエは這うようにして机と机の間を移動していった。
「…なにやってんだ?グザヴィエ」
レヴィルが呆れたように言った。リュカもなんだか蔑むようにグザヴィエを見ていた。
「…デスヨネー」
横合いから床にしゃがみこんで孫の手を伸ばしているその姿は、間抜け以外何者でもない。
「あっ刀!何横取りしようとしてるんです!僕が最初に目を付けたんですよ!」
「最初はアンリでしょーがっ!」
リュカが刀に駆け寄ろうとするがもう遅い。既にグザヴィエは釣りの態勢に入っていた。束を孫の手の隙間に引っ掛けての一本釣り。場所が場所なら「フィーッシュ!」と叫びたいところである。
しかしリュカの反射神経もさすがであった。臨戦態勢をとっていたこともあって、一気にトップスピードで床を蹴る。同時にレヴィルも動く。長いコンパスを活かしての横殴りの回し蹴り。だがリュカもそれを予想していたかのように低く身を屈めるようにしてその蹴を交わした。
グザヴィエが引き上げかけていた刀にそのまま手を掛ける。孫の手と本物の手では固定力が違う。にや、とリュカが勝利の笑みを浮かべた瞬間、
「フェイントだよ馬鹿」
独楽のように遠心力が加わったレヴィルの下段蹴がリュカを吹き飛ばした。
「あっ…!」
リュカは刀を掴んだままで、グザヴィエも引っ掛けたままで。ぐいと引っ張られるのに対して反射的に孫の手を持つ手に力を入れた。束の具合のいいところにひっかかっていたらしく、孫の手が刀から外れることはなかった。つまり、
ゲギャガガギュギュグゴグッポン
―――ものすごく形容しがたい異音を発して、リュカとレヴィルが満身の力をこめても抜けなかった刀が、突然の事態に目を丸くしている三人の前で、抜けた。
「…なんだぁ?」
初めに我に返ったのはレヴィルであった。歩み寄り、検分するかのようにして、再び理解不能と言うように同じ台詞を繰り返す。次に派手に壁に叩きつけられたリュカも起き上がって、それを見てハァ?と素で呟いた。
最後に我に返ったのは刀に一番近い位置にいたグザヴィエであった。予想しなかったわけではない。思考の範疇にない答えではなかった。
しかし、目の前にそれが現れると、なんだか信じがたかった―――刀は刀身の半ばで折れ、全体が赤茶けた錆で覆われていた。
「…おいリュカ」
「…なに」
「やっぱおまえ椅子になれ。それで今回は許してやるよ」
「ハァ!?ふざけんなよ!?嫌だって言ったじゃ…もがっ」
口をふさがれずるずると引きずられるようにして二人は扉に向かった。我に返っても茫然と刀を見入るグザヴィエをちらりと一瞥して、レヴィルはぽつりと呟いた。
「坊主の考えていることは時々わからんな」
それきり、文句を言うリュカを連れて研究室から消えた。
残されたグザヴィエは――しばらくぼうっと刀を眺めてから、漸くのろのろと研究室の片付けを始めた。
僕と彼は似ているようで違っていて、違うようで似通っている。
彼との論争は別の解を持ちながらも同じ論調でぶつかりあうので、いつも答えが出ることはない。
だからこそ、戸惑った。――アンリが何を考えてこの刀を手に取ったのが。
「刀、抜けたんですか?」
研究室に帰ってきて開口一番、アンリが言った。
「な、な、なんでそれを知ってるの?」
必要以上にドモるグザヴィエに訝しげな顔をしてから、視線を刀に移した。
「なんでって。僕の研究室ですから、変わったことがあればなんでもわかりますよ」
スッと指をさす。その先に視線を向けて、少しギクリとした。
「たとえばそこの孫の手が新品になっているとか、標本用の棚に漁られた形跡があるとか」
「…………」
「まぁ後者は十中八九リュカの仕業でしょうね…相変わらず、ろくな事をしない」
こめかみを揉み解すようにしながらアンリはため息をついた。
「あの、さ…」
「なんです?」
他に何か変わったところが無いかを探しながらおざなりな返事を返すアンリ。
「その、刀のことなんだけど」
「ええ」
あまりに適当な返事に小さな違和感を感じる。
あんなに大切そうにしていたのに、なんだ?
「何をそんな顔しているんです?君らしくもない。言いたいことがあるならはっきりと言えばいいではないですか」
殊勝な顔をしている君は気持ち悪い、と言わんばかりの表情だ。
「いや、だから…ごめん、止められなくて」
「はい…?なんで君が……ああ、なんだか予想が付きました。どうせまたリュカでしょう」
どうやらアンリの脳内では研究室を荒らす輩=九割でリュカとなっているらしい。妥当っちゃあ妥当である。
「いいんですよ。あれたただのゴミですから」
「そう、よかった…って、ゴミィ!!?」
驚愕に目を剥いたグザヴィエが矢継ぎ早に文句を言う前にアンリが投げ遣りに言った。
「正確にはゴミになった、ですかね」
「…え?」
ツカツカとグザヴィエが元の場所に戻した刀のところにいき、大切にしているようにはまったく見えないそふりで刀を掴んだ。そのままグザヴィエの前を通り過ぎ、そして共用の再生プラント直通のダストシュートへ投げ入れた。
「ちょ…!なにやってるの!」
「そっちこそ、何をやろうとしているんです」
ダストシュートに身を乗り出そうとするグザヴィエの腕を掴む。ガランガランと空虚な音を響かせて、刀はダストシュートの闇の中に吸い込まれていった。
目の前で刀を捨てた彼。
刀を見つけたときに瞳を輝かせていた彼。
それがグザヴィエの中でどうにも重ならなくて、ぽつりと呟くように、そして今の今まで封印するかのように頑なに言わなかった一言を、言った。
「なに、考えてるの…?」
その一言にアンリは、一瞬目を丸くして、そして心底嬉しそうな顔で、笑った。
「わからないこと、ですよ」
人気の去った研究室で、照明を絞った薄暗がりの中、ぼんやりと発光する培養ポッドを見つめながら、アンリはつらつらと思索を重ねていた。
考えるべきことはいくらでもある。アジ=ダハーカの改良について。リンカーコアの増殖実験について。ノーヴァの特異点について。終末捕食論の整合性について。しかしそれらはあまりに不確定要素を含んでいて、さすがのアンリも息をするように考え続けるのには倦み疲れてしまっていた。
刀。刀だ。あれはよかった。素材になるかどうか検分しようとしたのだが、まるで鞘と一体化したかのように、抜けない。この刀は錆びているのか?それとも安易に抜けないように仕掛けが施されているのか?過去この刀は誰に振るわれ、何を斬ってきたのか?
思考を押し流すような推測の波に、アンリは自分に満面の笑みが乗るのを感じた。考えることは楽しい。しかし、未来という不確定要素はいつもアンリに不安をもたらす。そんな時、この刀は自分の思考を過去に飛ばしてくれる体の良いものであった。
考古学者は暴くことに快感を感じ研究者はまだ見ぬ聖域に郷愁を感じる。
「猫は死んでいた。観測結果が得られた瞬間、命題は意味の無いものとなるんですよ」
誰に聞かせるわけでもなく何を意味するのでもなく、言葉は闇に消える。ただ、返事をするかのように培養ポッドの中で気泡がと弾けて消えていった。
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ついったで小説を書いてみた。もののまとめです。
文章が切れ切れで手直ししようかと思ったのですがまーいーやーめんどくさーいと思ったのでそのまま投げ込みました(゚д゚)借りちゃった新型諸君には感謝と土下座を捧げますウヒヒ