あっつい。。。
ここ…日陰無いじゃんか。いくら日傘さしてたって、こんな暑いの耐えられないわ。
あいつ、いつもここで待たせるけどさー…なんでこんな所で待たせるかなぁ。
公園のベンチで、日除けも雨樋も屋根も何もない所だよ?
しかも1時間くらい遅れるのもしょっちゅうだし、近場のカフェで待たせてくれないかなー。
でも移動したらあいつケータイの電源切れたり、ケータイ自体忘れてきたりするからなぁ…会えないのは嫌だし…。
彼女は長い長い独り言を脳内で生み出していた。
さすがに声には出さないが、炎天下の公園のイスに座りながら日傘をさし、そして大きなため息…体内からすべてを吐き出すようなため息。
季節は夏。休日の昼下がり…一番暑い時間帯。
蝉の声が鼓膜に響く。響きすぎて、耳の中に蝉がいるんじゃないかと不快な想像をしてしまうくらい。
ああ、イライラする。
彼氏と会うのは月2回くらい。
いつも忙しい彼氏は、会う約束をしていても時間を守れない。いや、守らないのかもしれないが、彼女にとってはそんなことはどうでもいいくらい彼氏に会いたくて仕方ないのだ。
馬鹿だと自覚している。でも幸せ。
…ときめいている自分が好きだから。
と、待ち始めて30分を過ぎた頃、同じベンチに知らない男性が座ってきた。
彼女は一番端までずれ、その男性から距離をとった。
『いやー暑い…』
わりと大きめの声で彼がつぶやく。
彼女は気づかないふりをして、さしている日傘を深くして、彼が視界に入らないようにした。
(かかわらない、かかわらない。。。)
そう思ったのだが、男性はまた言葉を発した。
『あのー・・・暑いですけど、熱中症とか脱水症状とか大丈夫ですか?』
(気づかないフリ、気づかないフリ。。。)
彼女は必死に傘に隠れた。
(もうっ!どっか行って!ここは私の待ち合わせ場所なのーー!!)
しばらくだんまりを決め込んでいると、傘越しに見える人影が動き、ベンチから立ち上がったのがわかった。
(…やっといなくなったよ。)
彼女は心の底からホッとした。
知らない人にかまえていたせいか、ホッとした瞬間めまいがした。
(ああ、やばっ。日傘にも限界あるのかな…)
暑くて汗も出ないくらい体内まで焼けている…そんな気がした。
バッグからハンカチを出す。取り出す瞬間にケータイチェック。とくに彼氏からの連絡は無い。
(やばい。暑すぎて空気を吸うのが苦しい。コンビニでお茶、買って…)
そう思うのだが、体が動かない。立ち上がれない。つらくて目を瞑った瞬間…
『おーいっ!まだ生きてるかー?』
そんな声とおデコにペタリと冷たい感触。
首筋にも堅くてヒンヤリするものを当てられた。
(つめたっ!!)
あまりの冷たさに目を見開く。
と、そこには自分を覗き込む…知らない男。
さっきの男性だった。
(なんだコイツか。)
彼氏ではなかった事に、あからさまに落胆する。
『すいませんねー。待ち人じゃなくて…』
苦笑しながら男性が言った。
(ああ…でも気持ちいい…)
彼女はゆっくり目を閉じる。
『あのさ、お節介かもしんないけど、もう待つのやめたら?死んじゃうよ?』
男性が子供に言い聞かせるように彼女に言った。
その瞬間、彼女が目を開ける。
(初対面なのに失礼な人!何も知らないくせに何この人…)
再び激しい嫌悪感。
『お気遣いどうも。でも大丈夫ですので気にしないでどっか行ってください。』
おデコにペタリとつけられたのは発熱時に使用する冷却シートだった。それをはがす。
首筋にはペットボトルの水。それも彼に返す。
『私も今からコンビニ行こうと思ってたんで。』
半分熱中症のくせに精一杯強がる彼女に彼は言った。
『あー、俺はこんなの必要無いから、これ使ってよ。ここに置いとく。水も飲むなら飲んで、いらないなら捨てといてくれる?お節介して悪かったね。』
それだけ言って彼は立ち去った。
(…あら。ここまで用意してくれるのにけっこうあっさり引いちゃうんだね…。意外だな。新手のナンパかと思ったんだけど…)
彼があまりにサラッと去っていった為、彼女は困惑した。
でも、置いていった水を飲むと負けた気がして、飲みたいのに手が出せない。
しかしすぐに暑さに負ける時が来てしまった。
(もうっ!しょうがない!これはしょうがないの!生命の危機だから飲むの!!)
自分にそう言い聞かせてペットボトルのキャップを思いっきりひねる。
が、1度目…ひねりきれず開かない。
2度目…これまた手に力が入らない。
3度目…あきらめた。
(無理だ。もう限界かも…)
頭がガンガンしている。
水を目の前に、中身を飲めずに終わるのか…
(人生ってあっけない…)
暑さで思考もストップしそう…そしてまた目をつぶろうとした時、
バサッと、誰かに勢いよく日傘を取られた。
まぶしくて思わず目を閉じる。
一瞬、体が中に舞い上がる感覚。
『強情だなー。』
誰かの声。男の声。彼氏かな?…違うな…でも…もう誰でもいいや…。
公園のベンチで崩れ落ちる寸前の女性から日傘を奪う。
そしてぐったりしている彼女をお姫様抱きにして日陰の芝生に運ぶ。
『強情だなー。』
あまりにも強くそう思ったせいで、気持ちが言葉に出てしまった。
マンションから見える公園のベンチには、休日時々女性が座っている。
いつ頃気づいたかは忘れたけど、時々目にする場面。
しばらくベンチに座っているのだが、1~2時間くらいするとチャラそうなライオンみたいな髪型の華奢な男がやってきて、彼女を連れて行く。
彼女はなぜあんなに長い時間待っているのだろうか…不思議で不思議で、窓から彼女の姿を見つけると、公園を散歩しに行って遠巻きに眺めていた。
今日もただ散歩するだけだったのに…なんと声をかけてしまった。
『水だよ。』
彼女の上体を少し起こして開けたペットボトルをその口元に運ぶ。
彼女は目を閉じたまま必死に水のありかを探し、ボトルに口をつける。
ゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲む彼女。
ひとしきり水を飲むと、彼女の首から力が抜けた。
起こした上体を自分の腿に戻しておデコに新しい冷却シートを貼る。
ふとベンチを見やる。
あのライオンヘアーが来た。
ベンチの周囲を見ながら、首を傾げている。
(今日はお前が待て!待って待って倒れろ!)
そう思ったのだが…ライオンヘアーは…暑さに負けてすぐにベンチから離れ始めた。
そしてケータイを取り出してどこかに電話。
…彼女のバッグからは何も音がしないが…だれかと楽しそうに話し始めていなくなった。
しばらく待ったがその後ライオンヘアーがもどってくることは無かった。
『う…』
風が涼しい。
ゆっくり目を開けた彼女は、自分の今の状況を把握するまでにしばらく時間を要した。
覚醒するまで薄目で周りを見やる。
誰かが私を覗き込んでいる。
『大丈夫?』
声が優しい。
さっきまでの出来事を思い出し、はっとする。
『うわあぁぁ!』
勢いよく起き上がると両方のこめかみがガンガンしていて思わず顔をしかめる。
『ライオンヘアー帰ったからね』
さっきの男がさらりとそう言った。
ライオンヘアーって何よ?
『えっ?』
『え?彼氏でしょ?ライオンのたてがみみたいな変な髪型の男』
片膝に肩肘を乗せた状態で彼が笑う。
『ライオンってなによ?ちょっと失礼じゃない?』『あのさー』
まだまだ文句を言い足りない彼女に彼が言葉をかぶせる。
『亀って、助けたお礼したじゃん?浦島太郎に。あんたも俺にお礼してくんないかな?』
冷やかにニヤリと笑いながら彼女の腕をつかむ。
腕をつかむ力が強くて振り払えない。
『へ、変態!?な、何言ってるんですか?…大声出しますよ?』
彼女はキッと睨む。
『なんかいい感じに勘違いしてる?でも・・・いいねその目。ここ芝生だし、俺もべつにいいよ?』
強い勢いに負けた瞬間・・・それは突然だった。
彼女の視界が大きく揺れる。
気づいた時には背中は芝生。
上には知らない男。
・・・押し倒された。
『あのさー、彼氏と別れてくんねー?』
唇が触れ合う直前まで近づいて彼が言う。
彼女は…嫌なはずなのに目を離せない。
視線をそらしたらキスされそうな気がして…
『わ、別れてどうしろっていうのよ?』
彼女が赤面しながら聞くと、彼は彼女の腕を引き上げて起きあがらせた。
『べつに。もしかしてなんかこの後の展開に期待した?俺が口説くとか?』
そう言いながらクスッと笑う彼。
『ち、ちがうわよ!別れたら私にメリットあるのか聞きたかっただけよ!変な誤解しないで!変態!』
恥ずかしくて赤面が止まらない。
『なによ!』
彼女が詰め寄ると、彼が遠くを見ながらはっきりした口調で言う。
『もう、待ちぼうけをくらうこともないだろ?別れたら。』
その言葉に彼女は膝を抱えて座り直してぶーたれながら言った。
『あっそ。…そんなのどーでもいいわよ。もう待たないし。』
彼は意外そうに彼女の顔を覗きこんだ。
『そう?』
『私を殺しかけた男なんて…もうどーでも・・・』
『なんだ、けっこう賢いじゃん?んじゃ、お別れ決定ね。』
彼が彼女をまっすぐに見つめる。
そして彼女の手を握って言う。
『あのさー、今度からさ、俺んちあそこだから公園でなんて待たなくていいよ。直接家に来ていいから。』
彼女がポカンとする。
『は???』
今度は彼がポカンとする。
『え?嫌なの?』
(なにその展開!!全然わかんないんだけど!!)
『嫌じゃないけど、結局口説いてるじゃない!!物事には順序ってものがあるんじゃないの!?こんなんでいいの?』
彼女が立ちあがって強く主張する。
『・・・でも嫌じゃないんでしょ?』
不思議そうに彼が聞く。
『だけどなんか自分勝手じゃない?・・・これいったい誰が得してんのよ?』
『恋愛なんて損得じゃないけど・・・まぁ、俺…かな?』
はにかみながら彼が言ってその場を立ち上がった。
『・・・少し涼んでいく?』
自分のマンションを指さしながら彼が言った。
この時点で、彼女には頷く選択肢しか残っていなかったようだ。
『ちょ、ちょっとだけだからね!今日の今日だし、すぐ帰るから!!』
