2025年6月スキルス胃がんステージ4告知
&抗がん剤治療スタート
SOX+HER療法とティーエスワンによる服用中
8月 3クール目で腹水の癌細胞陰化
&食道癌消滅
ステージ4Aから3Cへグレードダウン
キルトイーダ不適応
9月 胃全摘
&胃との接合部を含め食道も念の為5㌢摘出
首に激痛※癌転移無関係と診断
10月 頸椎ヘルニア&腰椎ヘルニア発症
※癌転移無関係と診断
SOX+HER療法とティーエスワンによる治療再開
11月 腸捻転で十二指腸部分摘出
12月 腰に激痛 糞便詮塞 五十肩発症
8クール目 胃がん術後骨転移
キルトイーダ再検査→適応
脊椎複数箇所転移※11月のCTの骨転移兆候見落とし
放射線治療、頚椎脊椎医療用コルセット着用開始
抗がん剤治療の副作用が突然消える
9クール目右鎖骨にルート留置術
キイトルーダ➕HER➕modifiedFOLFX6療法
抗がん剤10クール目
キイトルーダ➕HER➕modifiedFOLFX6療法
2クール 休薬中
全身筋肉痛
今週は所用で
2泊3日で外泊してました
アドラナリン放出されまくったみたいで
想像以上に動けてしまった
病院に帰ってきたら
緊張の糸が切れたのか
全身筋肉痛で力入らない![]()
子供の頃の話
小学3、4年の頃
夜中寝れない時期がありました
秒針の音を聞くと
死に1秒ずつ向かってるて思って
怖くて布団の中で泣いてました
親にはもちろん話したけど
取り合ってもらえなくて
逆に皆んなの前でネタにされて
大笑いされたんですよね
この母親にはもう何も相談しないでおこう
て思ったのを思い出しました笑
その時に生きるのは
同時に死に向かってるんだ
て感じました
社会に出て子供を産むまでの話
幸せとかも愛情とかもよくわからなくて
好きなこともないし
楽しみもないし
早朝から夜中まで仕事して
4つとか掛け持ちしてて
私なりに家を助けてるつもりだったけど
がんばればがんばるほど
それが当たり前になって
要求ばかり大きくなっていって
それなのに家はやたら厳しくて
全然信頼されてないんだて感じて
兄と妹はやりたいこととかあって
楽しそうで
わたし、生きてて
何の意味があるんだろー
何で生きてるんだろー
死にたいなぁー
でも自殺は怖いから
誰か殺してくれないかなぁて
毎日思ってて
事故で亡くなるニュース見たら
代わってあげたいなぁー
て思ってました
誰かに相談なんてしませんよね笑
できなかったに近いかな
その時は真剣に寄り添ってくれても
暗いだの、陰湿だの
後でネタにされたくなかったし
自分だけがかわいそうだと思ってるのか
なんて説教もされたくなかった
自分より大変な人もいるし
みんな、色々あっても生きてる
家族なりの愛情もあった
てことぐらい分かってたから
みんながそうだから
誰それがそうだから
今でも私の嫌いな言葉
常識とは18歳までに身につけた
偏見のコレクションである
上の子を初めて抱いた時の話
このために生きてきたんだ
て涙が止まらなくて
神様からのギフトだって思いました
愛情てこんな気持ちなんだって
心から幸せを感じました
この子のためなら何でもする
この子のために生きるんだ
やっと生きる意味や喜び
幸せを見つけました
今の話
とは言っても
相変わらず生への強い執着はありませんでした
50歳か60歳ぐらいかなぁー
なんて思ってたり
年齢に意味はないです笑笑
だから、病気しても
いつかは死ぬし
結果論みたいに捉えてました
生に執着すると
自分のメンタルがたもてるのか
不安だったんですよね
もちろん、最後まで諦めるつもりはないけど
生きたい、生きるんだ、生きなきゃ
実はこの外泊中で
そう思える出来事がありました
怖がってる場合じゃない
絶対生きるんだ
癌を克服できるならなんでもしよう
心からそう思いました
ここが本当のスタートライン
30年は生きてやる
闘病中のみんなが快方しますように
健康なみんながこれからも健康でありますように








