ガランスの海

ガランスの海

スケッチとショートストーリーと時々連載

はじめまして。朱辻灰里(あけつじはいり)です。


このブログでは、頭の中のものがたりをそこはかとなく書きつくってゆきたいと思っております。巷にいうBL風味ですので、お嫌いな方は、ブラウザにてお戻りください。


よろしくお願いします。


「スケッチ」 私の身近な風景など。

「赤のキヲク」 赤にまつわる連作。

「本」 好きな本、気になった本、など。


※連載を最初から読んでいただける方へ・・・・


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   猫と雲雀3

 怒りをあらわに、猫氏は雲雀の前に音を立てて座った。口を尖らせてそっぽを向いている。
「んふふふ」
 楽しくて堪らないように、雲雀は席を立って、猫氏の横に座る。雲雀は猫氏の背を撫でながら、柳眉が歪むのをみつめる。
「素直になれば、いいのに。これじゃあ、話もできない」
「あんたと話をするような事はないよ」
 雲雀は猫氏に冷たくされるのがこそばゆいように構えている。
「ハナシできるじゃないか」
 猫氏の眉間にぎゅぎゅっと皺がよる。
「もう、顔も見たくないんだ。本当は」
 独言のように猫氏はそうこぼす。
「そうすれば、いいじゃないか」
「……」
 そうできれば苦労はないと猫氏は頬杖をつく。
 ヨシヨシヨシヨシヨシヨシ
 雲雀は背を撫でていた手を頭にやった。
「君は生意気」
 雲雀は猫氏の少なくとも十(とう)は上のように見えるが、実際猫氏のほうが生きてきた年数はずっと上だ。いちばん偉そうで、いちんばん年下なのである。
「雀(すずめ)はもう十六だよ」
 雀は雲雀の息子だ。
 猫氏はもうそんなに大きくなったのかと思った。まだ雀が幼かった頃、よく遊びにきていた。
 雀が生まれる前は雲雀もこんなにひねくれていなかったし、ふたりの関係も良好だった。
 原因は?と雲雀に聞けば、「悪いのは、貴方だ」と薄ら笑いを張り付かせていうだろう。
 だから猫氏はそのことには触れない。
 津村は自分の所為だと思っている。自分がずっとそばに居たいと望んだからだ。
 猫氏にそれを聞けば、「それは違う」というだろう。だから、津村もそのことについて主(しゅ)に訊かれなければ言わない。
「サバさん、そろそろ出て行ってくれませんか。せっかく、小向さんにも譲ってもらったのに時間がなくなってしまう。今は僕だけのもの、でしょう」
 雲雀の瞳の奥に昏い嫉妬の炎が燃えていた。
「ひばり!」
 猫氏がたしなめるように声をあげた。
「それとも、ここにいるかい? 共有するのは嫌いだけれど。見せつけるのは悪くない」
「帰って、よ」
 泣きそうな細い声で猫氏は言った。
「本当に? 今帰るなら、ずっと来ないですよ」
 猫氏は息をのんだ。
 津村は奥歯を噛み締めた。
「失礼致しました。気がまわりませんで、何かございましたら、お申し付け下さい」
 障子を閉めた後から、息の合わさった音を聞く。津村は目をぎゅっと閉じて、奥に控えた。


猫と雲雀2

「お茶をどうぞ」
 雲雀はそれを美味しそうにすすっている。
 深緑の釉薬がかかった織部に入れた茶は、言葉どおりの粗茶だ。さっき津村が自分のために入れた出がらしを入れたのだから、粗茶以下だ。
 ゆったりと雲雀はソファに腰掛けて猫氏を待つ。優雅に、不遜に……
 ほどなくして、津村を呼び、頬杖をついてちらりと津村を見上げる。
「まだご機嫌はなおらない?」
 顔を合わしてから三十分はたっただろうか。
 雲雀は飽きもせず粗茶をすすっている。
 津村が茶をかえに奥へ行ったとき、いつもの物置の襖を引くと、猫氏が蒲団をかぶりうずくまっていた。ツンと目を逸らして、口もきくものかと引き結んでいたのだ。あと三十分は出てくることすらないだろう。
「ご存知でしょうに。私は小向さんの後からお越しくださいと申しましたが?」
「僕、二番って嫌いなんですよ」
「知りませんよ」
 言うまでもないが、津村も雲雀が好きではない。いちばん厄介で、猫氏をいちばん自由にするからだ。それでも、猫氏の縁者というなくてはならない存在だけに、捨て置けないだけだ。
 津村が気を使って、猫氏と相性のいい小向との約束を取り付けたのにふいにしたのだ。
 猫氏がヘソを曲げてたって取り持つ気はない。
「君にはいちばん分かってもらえると思ったのに。ずっと傍にいることを選んだ我慢強い君には解らないかー」
 津村は粗茶を白湯にかえて、すすめた。
「ごゆっくり」
 津村は慇懃に頭をさげた。そのまま奥に下がろうとした時、雲雀に手を引かれた。
「何をなさるんですか」
「主人が相手ができないなら、従者が代わりに客を楽しませるのが道理だろ? ここに座われよ」
 津村は雲雀の横に座らされる。雲雀はなぶるように津村の全身を見つめ、最後に津村の酷薄な口唇に視線を据えた。
「よく見ると、君。そそるね。上背のある君を組み敷くのも、悪くない。いつもスーツじゃもったいないなぁ。君も和服にすればいい」
 大きな手でひたりと津村の背を撫でる。
「私がお相手したら、お帰り願えると?」
 雲雀の顔が「まさか」と笑った。津村の耳に「それは別腹だよ」吹き込む。
 本当に津村をどうにかしそうな男の色気だった。
 くつくつくつ座敷に低い笑い声が響く。
 それでも津村は超然としていた。
 嫌な男だと津村は心の中で、悪態をつく。
 雲雀は津村の左手首を握り、右手を背中にまわしながら、猫氏が座敷の前までやってきて、襖の裏で津村と自分の様子を窺っているのを感じているのだ。
 津村を餌に、猫氏が掛かるのを愉しんでいる。
「じっとしていろ。さもないと、いつも以上にお前の大事なぬしさまをなぶってやる」
 睦言のように津村に囁き、耳を噛んだ。
「……いっ」
 津村は思わず声を漏らした。
「何やってるんだ!」
 猫氏が青い顔で襖をぴしゃんと開けた。津村と雲雀を目前に見て、立ちすくんでいる。
 雲雀はしたり顔で耳から唇を放す瞬間に耳をあやすようにペロリと舐めた。
 津村は悪寒が走って閉口し、ゴシゴシと袖で痛いほど拭った。心配そうな猫氏の襖を握る手が震えているのを見て、「くそっ」と津村らしからぬ悪態を漏らす。ソファから立ち上がり、「何でもありません」と猫氏の後ろに控えた。
「おや、早かったね」
 好物を食った後のような表情で雲雀は言った。
   猫と雲雀1

 朱が滲んだような空を見つめながら、猫氏は縁側でまったりしていた。猫氏は秋の頃合いが好きだ。
 家でごろごろしているのは何時ものことだが、このひとときは特別だ。
 秋の透明度の高い光が、蕩けるような赤になり、庭木を金色に染めて、闇を滴らせながら陽が暮れゆく。
 ソファに細い躰を斜交いに納め、肘置きに頬づえをついてまんじりともしない。
 猫氏の黒い瞳にも朱が満ち、さやさやとススキの葉擦れが映っている。
 津村は目を細めて、その様子を見守っていた。
 今日の客人は小向氏と狭山氏だったかと、訪れる男たちの顔を津村は思い浮かべる。ほとんどの客人は猫氏を喜ばせることに心を砕くが、歪んだ愛情を臆面なく注ぐものもいる。
 そういう男に限って、大切な取引先や安易に捨て置けない関係のものだったりするから始末におけない。

 秋の夕は釣瓶落としとはよく言ったもので、緞帳がすとんと落とされたように暗くなる。
 庭の夕闇に浸っていた猫氏の瞼もいつのまにか閉じていた。
 微睡みに揺蕩う猫氏を横目に、津村はきびきびと、屋敷を夜の装いに変えていく。
 屏風は白百合に黒猫。昼間鎮座していた虎の屏風を押入れにしまう。
 あとは、猫氏を着替えさせなければ。小向氏ならむずかったりするまい。
 自分の主人を子供扱いしながら、津村は縁側に猫氏を迎えに行く。
 猫氏はソファから体を起こし、眠気眼で冷めた眼で突っ立っている津村を見た。
「装束をお替えになってください。幾時もなくいらっしゃいますよ。庭の灯籠に灯をともして戴かなくては。ほら、もう外は真っ暗になってしまいます」
「はぁ」
 猫氏は悩ましげに眉をよせ、明らかに、うんざりした顔でため息を吐く。
「お客様がいらっしゃったらその顔はおよしになってくださいよ」
「わかってるよ。いつも通り、笑顔でお迎えするよ。今日は何の日?」
「白百合に黒猫です」
「小向さんかぁ。久しぶりだなぁ。黒猫ってなんか不吉だなぁ。他のなかったの。彼奴を思い出すよ。他に百合の屏風なかったっけ」
 黒猫は猫家(ねこけ)の傍系の狭山の隠語だ。猫氏はこの家の家長、雲雀が好きではない。
「わがまま仰らないでください。今からじゃ間に合いません」
 だらだら洋服を脱ぎ捨てていくのを、津村は拾って柳行李に畳んでいく。
 猫氏は褪せた朱色の襦袢を着、衣桁から浅葱色地に白の蝶小紋の着物を黒の前帯で着流した。地模様の黄色いススキが蝶々の死を予感させる。
 津村は猫氏の前に両膝をついて、腰に手をやり襟元をなおしてやる。白い胸元が見え過ぎていたからだ。
 猫氏は頭をかいて、またため息をついた。重い瞼をすいと上げて、ドタドタと縁側へ向かう。
「ぬしさま。外は冷えますよ」
 後ろから津村が追いかけてきて桔梗の紋付き羽織りを猫氏にかけた。猫氏は黙ったまま、袖を通す。
 燭台に和蝋燭を灯して、庭に出た。風はほとんどないが、肌寒い。闇の色も濃くて、蝋燭だけではおぼつかない。石灯籠に一つ一つ明かりを灯していく。庭が幽玄な雰囲気に包まれていく。
 最後に玄関の提灯に火を灯した。玄関先に出て、小向が訪れる海側に続く道をじっと見る。小向は時間の前に来て、顔を真っ赤にして待っている。
「おかしいなぁ。まだかなぁ」
「誰かお待ちなんですか?」
 低くビブラートがかかった色気のある声が高い所から言った。
 猫氏は体をビクリとさせた。嫌ぁ~な奴の声に似ている。おそるおそる振り返ると。案の定、嫌味な程男前な顔に上品な微笑みを浮かべている。狭山雲雀。猫氏の天敵だった。
「僕を待っていてくださったのなら、嬉しいですね」
「まさか、誰が」
「心の声が漏れていますよ」
「聞こえるように言ってるんだ」
「ささ、入りましょうか」
 自然に猫氏の細腰へ手が回される。猫氏はそれをつかさず、叩き落とす。
「わたしは客を待ってるんだ。君に会う暇はないよ」
「小向さんですか? 彼になら代わってもらうようにお願いしましたよ」
「そんなの、知らない。聞いてないっ」
 猫氏は門扉をバチンと閉めて、雲雀を追い出した。
 慌てて飛び出してきた津村と三和土で顔をあわせる。
「サバ! 騙したね」
「ぬしさま、私も先程、小向さんからお電話をいただきまして、存じませんでした」
 玄関をあがって、猫氏は白百合と黒猫の屏風を倒した。
「ぬしさま……」
 奥に行ってしまった猫氏を横目に、津村は雲雀を迎え入れた。