心の傷の治療の先には
再び世間の一般的な価値観の中に当てはまる事が
出来るようになるものだろうとずっと思っていた。
でも
心が治癒された先にあったものは
自分自身を知っているということ、
知った上で自分に必要なものを
選択し続けるという事だと知った。
共に生きる人を選び
属する環境を選び
働き方を選び
生活スタイルを選ぶ。
それは、世間一般の物差しではなく
限りなく自分にとって必要なものとして
自分で選び続けていくということ。
自分の不完全さを知り
必要な助けを選択し続けること。
安心から手を離さずに
安心がないところからは手を離すこと。
被害者にも加害者にも傍観者にもならないということ。
世界に絶望する事なく
自分を世界の一部として
生かし続けていくという事だと知った。
立ち止まって振り返ってみたら
今、私は自分としっかり手を繋いでいた。
もう既に出来ている。
沢山の大きな海を渡っていた。
私が私を
私として生かす事が出来ている限りは
他者である個人がその人自身になろう(であろう)とする事を
きっと讃え続けることが出来るだろうと思う。
自分の手を離さないように
必要な事を積み重ねる。
傷が傷痕になるという事が
どんな感覚であるのかに触れた。
生きている事が私はこんなにも嬉しい。
こんなにも嬉しいのだから
当てはまる必要など
そもそも一つもなかったんだ。
傷が傷痕になって初めて
自分自身と出会えた感覚。
ハロー私。
こんな姿をしていたのね。
君の個性を受け止めるよ。
私はあなたを決して無視しない。