メンタルヘルスって、みんな実際どう感じているんだろう。
気付いたらメンタル不調がずっと共にある私には、一般?の感覚が良く分からないのが正直なところだ。
当たり前に調子が悪い事を友人とシェアするし、それで本当に助けが必要な時は頼るし、できる事をするし、まだ踏ん張れそうな時はいつも友人たちとゲラゲラ笑って乗り越える。
メンタルヘルスに関する話が、気付いたら息するみたいにいつもそばにある。
自分がメンタル不調なのは自認しているけど、
だけどこの世にメンタル健常者って存在するのだろうかと思ったりもしている。
それくらいシームレスで、濃淡はあってもパッキリ分けられるようなものじゃないよねって
思ってる。
でもなんか、「心の病気」って言ったら特別な感じがあって、
触れにくくて、話しにくい。打ち明けにくくて、受け取り方にもとまどう。
みたいな感じ?
これって何だろう。
まぁ、かくいう私も、19年を経てやっと今こんな事をブログに書いているのだが。
もう8年近く、お薬には基本的にお世話になっていない私なのだけど
一過性でやってくるちょっと大きめのストレスに対応できにくい時など
頓服で必要な眠るためのお薬とか
お守りで持っておくお薬(いざという時にコレがある!と思えるだけですごい安心)、
あとは漢方薬。
そんなものを頂きにメンタルクリニックにはお世話になる時が数年に一度くらいある。
(基本的に病院での投薬治療ではなく、心理師による心理療法を受けております。)
最後にメンタルクリニックに訪れたとき、
診察室で先生と大笑いした。
先「お昼の明るい時間帯と、夜の時間帯と、どちらの方が調子を崩しやすいですか?」
私「えー…24時間365日、調子は基本よくないからなぁ~…。昼とか夜とかは関係なくて、まだましって日がたま〜にある感じなんですよね!わはは」
こんな調子だったかな。
実際、調子はずっと良くない。
でも、もう色々分かってるから、
調子が良くないって言いながら、自分の事は笑えたりもするようになった。
もちろんずっとそんなじゃなかったし、
色んな段階を経ているし、
今も全然笑えない瞬間はあるけれど。
でもとにかく、私は大きく笑ったり、何かを楽しんだり、
家で踊ったり歌ったりも出来ていて、
それと同じように、何かにまともに傷ついて大きく泣いたりもして、
それがたまに身体や生活に影響したりするわけです。
少し前まで通っていたカウンセリングを学ぶ民間資格の取得学校で
最後に参加した授業中、指導員の先生に
「ここは健常者が通うところだから。」
と言われた。
おいおいおい。
強烈過ぎるだろ、さすがに。
でもその時、先生は自分の事を健常者だって思ってるんだなぁ…ってぼんやり思った。
心理学をうっすら学ぶ、私のうっすい知識の中にも
ユングやフロイトや色んな心理師の方が「カウンセラーこそカウンセリングを受けるべきだ」と言っているのを知っている。
問題のない人なんて、いないのだ。
それがどんな立場であれ。
だから自分を知る必要があるのだ。
前に担当心理師の方が教えてくれた。
「人間が、人生で一番最初に経験するトラウマは、出産です。」ということ。
すごいビックリした。
確かによく想像してみたら
お母さんのお腹の中で、安全な守られた場所にいたのが
突然狭い道通って苦しい思いして出てこなくちゃいけなくなるって、
確かに赤ちゃんにとっては非常事態でトラウマ級かも!!
目から鱗だったなぁ。
だから赤ちゃんって生まれた瞬間に泣くんだろうか。
あぁ、私に記憶があればと思う。
ちなみに心理療法の中では、このトラウマを解決するために「生まれなおし」をする事もあるらしい。
私はまだ体験したことがないけれど、いつか是非とも体験してみたい。
自分のお世話は自分でしたい。
それは周囲に影響を与えない為だ。
他人の人生を変えてはいけない。
自分の人生も、また。
自分でも気づかないくらい自然な空気で、無自覚に、他者や、或いは自分自身をも傷つけてしまうようなことを、人は誰でも起こし得る。
だから精一杯、自分の事には自覚的でありたいと思う。
自覚的であれば、もし何かしてしまったときに、
まだ精一杯謝ることもできるかもしれない。
傷が深くならずに済むかもしれない。
人間は生き物だ。
"生物ですのでお早めにお召し上がり下さい。"
は出来ないのが人間だから。
心の中で何か発酵し始めちゃって
異臭を放つ前に、
自分で気付いて外に出してやるしかないんだなぁとつくづく思う日々です。
100点を目指すよりは
自分の凸凹を細かく知っておくことを
目指したいなと思っている。
なんか、伊能忠敬みたいだ。
え?