子日く、学びて時に之を習ふ、亦説ばしからずや。朋、遠方より来る有り、亦楽しからずや。
人知らずして恨みず、亦君子ならずや。 by 孔子
『論語』は二十篇ありますが、その第一篇の冒頭です。
お勉強や、生き方についてのあまい夢や
きびしい現実に触れて行けたらと思っています。
小学校や教育者のことを知りたいと思っている大人の方や学生さんに、役に立てたらうれしく思います。
また、お仕事を通じて得た「楽しいこと」「お勉強のこと」なども、伝えることが出来たらいいな、と思っています。
夜は「塾」、お昼は「学校」と、とても大変なんだけど、
「学校」という世界以外で、人と関われることがどんなに心の支えになっているか・・・
私のような生き方を勧めたいとは、思いませんが。![]()
ハケン教師としての日々
子日く、学びて時に之を習ふ、亦説ばしからずや。朋、遠方より来る有り、亦楽しからずや。
人知らずして恨みず、亦君子ならずや。
「子日く、学びて時に之を習ふ、亦説ばしからずや。」
「学んだことをいつも繰り返し習っていると、いつのまにか理解が深まって自分のものとなり、自由に働きを表すようになる。」
お仕事なんかが、こんな感じかでしょうか。
慣れてくると、より自由に自分の思い描いたとおりのことが、たやすく実現できるようになる。そして「お仕事って楽しい」と思えてくる。
小学校の先生のお仕事は、創作と実行の繰り返し。対象(子ども)は、何十年続けていても同じものはないけれど、
経験からアイデアを絞り、日々いろんな手立て(児童への対応、宿題、授業、授業準備など)を創作してゆく。
教師はサービス業、でも「職人の技」が磨かれてゆく。
どんなお仕事でも、「職人の技」が磨かれてゆくようなもので、
それが「お仕事の楽しさ」と、いわれるところだと思います。
「人知らずして恨みず、亦君子ならずや。」
「世人が自分の学徳を認めてくれなくても、不平不満を抱かない人は、なんて学徳の高い、りっぱな人ではないか。」
人によい評価をされるから、やる、やらない、ではなく
人の良い評価などを考えないで
自分のブログなり、人生などを、自分が納得できるように
作り上げて行って下さいな。
・・・ということでしょうかね。
「朋、遠方より来る有り、亦楽しからずや。」
これは、「遠くに住んでいる昔からのお友達」という意味ではなくて、
何かを取り組み続けることによって、出会う
新しい出会いのこと。
「修養と学問は自分の力で出来ても、人との関係は時の巡りあわせで、必ずしも思うようにならないけど、
このように勉強していると、自然に同学同士が遠くから集まって、学問について話し合う。
これは、なんて、楽しいことでしょう!」
私にとっては、今この記事を読んで下さっている方との出会いでございます・・・![]()

