何が欲しいとかの物欲も必要最小限の足りることを知るで十分だ。
ただオレなりの大きな理想はある。だからそのことに一生懸命なオレには、他の些細なことはスルーされる。特に他人の中傷などは最も引っかっからない事のひとつ。ありがと位の感じかなぁ。ここが引っかかれば、まだまだだと自分の反省材料になるし、スルーできれば自分の伸び幅が確認できるからだ。
要するに「まあるい心」であれば傷つける様な言葉は刺さらんってことよ。
ところが自分の心が凸凹してると、この凹んだとこに言葉が刺さる。
だから自分を傷つける相手にこそ「あんがと」ってね。だって自分の凹みを教えてくれるありがたい存在じゃん。
一歩引いて自分をみてると、話の中でもそう・・・ある言葉が出るとカチンときたり、腹が立ったりすることがあるやろ。
その言葉が実は自分が触れて欲しくない部分を教えてくれとる。自分自身がそう思っているからこそそんな言葉が刺さってしまうってことだわ。
「頭ワリー」でグサッ、「話へたくそ」でグサッ、「ブス」でグサグサってね。
くだらん「言葉」だわ。そんな事に関わって同じ土俵に降りていくことしなくていいじゃん。
ましてそれから取っ組み合いなんてさ。
まあ、ここで学ぶことがあるとするなら、自分は何を勘違いしてたのかってことじゃないかな。10人いれば10人に良く思われたいと思っていれば1人の中傷でも凹むやろし、オレみたいに「嫌なら来るな」って感じで別に人がどう思おうと興味がなければ凹みもしない。
まあオレだって若い頃は一緒になってバッタンバッタンやったさ。
ありもしないことが知らんとこで噂になってる。
「○○がガンで余名幾ばくもないそうです」「○○が倒産しそうって情報を知りまして、今のうちに我が社へ・・・」「○○がDrの悪口を行って回っていることご存知でしょうか」などなど・・・。オレの自信のあることのひとつに「全力で誠実」がある。
だからこういうことは「天に向かってつばを吐く」みたいに相手の方が不利になる。
信頼関係の強いDrほど相手の方が出入り禁止になってしまう。一人相撲で自ら自滅してくれるんやから笑けるヮ。
とにかく何時も言うように「営々黙々」頑張ってればどんなことになったって見る人は見ていてくれてるもんよ。ただそれさえも期待せずに「営々黙々」。結果は後からついてくる。
自分が何であるのかを確認しつつ伸びてゆく。
竹の様に節を作って伸びてゆく。だから少々の風などで折れない粘りが出来てゆく。
ハエが寄ってきて自分を「ウンコ」と思えばあなたはウンコでしょうがない。
ハエが寄ってきて自分を愛でに来たと思えばあなたは綺麗な花。
あなたはどちらを望むのでしょう・・・
泥の中から咲く蓮の花がなんで仏教で象徴的に使われているか・・・
蓮が自信を蓮と思わなければ蓮の花は咲かない。
池の中に自ら落ちていく石はお釈迦様でも救いようがない。
「われ思う故にわれあり」自分が思ったようになってゆく。
周りのことは関係ない。幸も不幸も自分の像も決めるのは自分。
まあ、いろいろ内省する事も必要だからどっぷり凹むのもアリかもね。
だからそんな時にこそ、おらがブログ「道化師のソネット」の原点「さだまさし」がお手伝いしてくれます。

オヤジを思い出す曲。。。
オヤジがよく聞いてた曲。。。
さだまさし - 男は大きな河になれ~モルダウより~
♪ せつないことが あったなら
大きく叫んで 雲を呼べ
それでも雲で覆えぬほどの
男は大きな宇宙になれ
嬉しい時は腹から笑え
笑えば嬉しい花が咲く
心を花で埋めて見せろ
女は優しい風になれ
苦しい時こそ意地を張れ
目をそらさずに雨を見ろ
泣かずに雨を集めて そして
男は大きな河になれ
寂しいのは一人だけじゃない
歩けば転ぶ 怪我もする
そこで捨てたなら負けになる
男は大きな夢になれ
喜びは人と分かちあえ
悲しみは人に預けるな
許せる限り受け止めてやれ
女は大きな海になれ
寂しいのは一人だけじゃない
歩けば転ぶ 怪我もする
泣かずに雨を集めて そして
男は大きな河になれ
男は大きな河になれ ♪
【HD】いのちの理由 さだまさし
私が生まれてきた訳は
父と母に出会うため
私が生まれてきた訳は
きょうだいたちに出会うため
私が生まれてきた訳は
友達みんなに出会うため
私が生まれてきた訳は
愛しいあなたに出会うため
春来れば 花自ずから咲くように
秋来れば 葉は自ずから散るように
しあわせになるために 誰もが生まれてきたんだよ
悲しみの花の後からは 喜びの実が実るように
私が生まれてきた訳は
何処かの誰かを傷つけて
私が生まれてきた訳は
何処かの誰かに救われて
私が生まれてきた訳は
何処かの誰かを救うため
夜が来て 闇自ずから染みるよう
朝が来て 光自ずから照らすよう
しあわせになるために 誰もが生きているんだよ
悲しみの海の向こうから 喜びが満ちてくるように
私が生まれてきた訳は
愛しいあなたに出会うため
私が生まれてきた訳は
愛しいあなたを護るため
最後はこのブログのタイトルのこれ。。。