オギャーと母のお腹から出て来た時にはすでに私はゲイだったと思う。

後天性なのか?、先天性?とか騒いでいるが私は絶対に先天性だと思う。

私のゲイの友達に聞いても同じ答え。

すでに母親のお腹にいる時にDNAの中にゲイになる何かあったと思う。

比較的ゲイはアート、ファッション、美容業界サービス業と感覚がストレートの男性よりも遥かに優れていると思う。

ファッションデザイナーは殆どゲイワールド、無くてはならない存在でもある。

私もすでに3-4歳にはすでにその兆候は出ていたと思う。

車のおもちゃや、その他男の子のおもちゃには全く興味がなかった。
私の母も私に赤い色の服とか着せてくれていた。

中学になり思春期を迎えかなり自分自身悩んだ時期があった。とにかく好きになる対象が男性である事もその頃認めた。

バレンタインデートかで沢山女の子達からチョコレートも貰い、何が何だか分からないけどデートしたりもしたが、それだけ!!!!!!!セクシュアル的に全く興味がない事にも気がついた。

そして高校進学、益々自分でコントロール出来なくなる。ゲイの雑誌を密かに読んでいたり。
その頃前にも此のブログに書いたと思うけどその本を母に見つかってしまい、思わぬ母の言葉で自分自身の悩みがぱーっと消えた。それ迄は犬に向かってお前は猫だよと言い含めていたようだった。所詮犬は犬猫は猫!!!何だか変なたとえだけど。ゲイはゲイと言う事ね。

高校卒業音大に進みたくて頑張ったが才能が無かった私、海上自衛隊に入隊、
本当に男ばかりの世界に飛び込んだ私。

ひたすらゲイである事も始めは隠したが、気がつくと回りにゲイの男性が沢山いた事も間違いなかった

その頃初めて新宿2丁目にも行った。
こんなにたくさんのゲイの男性がいた事にも驚きと、安堵感があった。

そして音楽の道から美容業界へと移り変わり現在に至っている。やっと自分の進路が見つかった訳。時間かかったし、回り道を沢山したけどそれが現在に全て役立っている事も忘れていない。

勿論自衛隊にいた事は貴重な私の人生の体験と、色々な特殊免許が取れたり、ゆっくりと自分の進路を考える時間をくれたと思う。

縁があり現在カリフォルニアサンンフランシスコに21年在住、人生何処でどうなるか分からない。

ゲイである事に私はありがたく思う、色々な才能も頂けたし、何も後ろめたい事すら無い。
人それぞれ役目があり生まれそして死んで行く、ゲイであるからこそ出来る事が沢山ある事、
そしてゲイである事でほかの人を助けてあげる事も沢山ある。

しかし、此処ベイエリアにも沢山ゲイの日本人が日本からエスケープして来るが、一つ問題がある。
息苦しい日本からだ出してくるのは良いけど、全く将来設計をせず、唯のんべんだらりと英会話学校に通い続けている人が沢山いる。
そして何時しか学校にも行かずに違法滞在で働いてびくびくしながら住んでいる。

此れでは日本でも此処アメリカでも生きて行けないと思う。

決して逃げては行けない。自分が何をしなければ行けないかと言う事が分かる為に此処に来るのなら良い。

現実問題、日本ではまだまだゲイはタブー此処アメリカも同じ事。
ゲイ丸出しサインフランでもまだ同性結婚も許されていない状態、万が一同性結婚が許されても
永住権は取れない事も現実。

ゲイである事を悩んでも、一向に前に進まない、ゲイであるからこそ出来る事も沢山ある、隠そうが隠すまいがそれは自分次第である。

しかしゲイである事をうまく武器にする事も忘れたは行けない。

ゲイは自分だけだと思っているよりも周りを見てみる、そして同じゲイ仲間にコンタクトしてみるのも良い事。

昔はパソコンなんて考えられなかったし、こうやって私も海外からこんなに簡単にブログが書ける時代だしね。